昨日、

仕事で電話してて。

 

1週間前くらいからの続き案件なんだけども。

 

対応してるヤローの態度というか

モノのいい方というか

 

そういうものに私は、むかついてた。

 

 

昨日も話して

 

イラッ!

 

とした。

 

 

 

イラッ!としたが

 

会社対会社なので

ぐっとこらえて話しをする。

(でも、きっとばれてるよね)

 

 

そして

その人に言われた事を

会社の担当の人に伝えて

 

一緒にむかついてもらって、笑。

 

 

 

そのあとも

忙しかったので

 

夜遅くまで仕事して帰って

疲れ果てて寝て

 

朝、起きたんだけど。

 

 

 

 

お昼ご飯を食べたあと

 

ふと、そいつのことを思い出して

またイラッ!!

とした。

 

 

 

イラッとする傍ら

 

冷静に

「おや?まだイラッとしてるなぁ。

感情を感じきってなかったか?」

 

と分析しているもう一人の私の声に

 

そうか

と思った私は

 

 

ふざけんな、てめー。

ばかやろ!

 

と毒づいたあと。

 

 

イヤな気分になって

悲しい。

あんなこと言われて傷ついた。

 

というインナーチャイルド的な自分に

 

 

悲しかったよね、

傷付いたよね、

ひどい事言われてショックだったよね、

 

と

慰めた。

 

 

 

 

そのあと、一仕事して

家に帰ってきたんだけど。

 

 

あれ?

そいつのことを思っても

イライラしない?

悲しい気分にもなってない?

 

という不思議現象が起きていて

 

へぇ〜〜〜。

 

という感じです。

 

 

たしかひどい事言われたと

思ってたはずだけど

 

うん、確かにひどい事言われたと思ってたけど

 

 

 

 

今は、

 

そんなこともあったかもねー

 

という

すっかり過去になっている感覚。

 

わお♪

ふっしぎ〜〜〜。

 

 

 

 

感情によりそう

って

感情を出し切る

って

 

 

すごぉぉぉい!!

 

 

と

ちょっと興奮気味な私ですが

 

忘れたくなくて

ブログに残す事にしました。

 

 

今日は

なかなか面白い実験結果報告ができて

良かったです☆

 

 

 

 

これは、

 

私が今朝見た夢の中で語っていたこと

なんだけど。

 

 

夢の中で

友達と電話してて。

 

 

その友達に以前の自分について話してた。

 

 

「切ない気持ちを味わいたくて

私はその現実を利用したんだ」

 

 

 

目が覚めて

 

へーーー!って思った。

 

 

確かにそんな側面あるかも、って。

 

 

 

現実に起きていること

と

それについての解釈は実は人ぞれぞれ。

 

 

多くの人が同じ反応をすれば

それはなんとなく常識となり

 

それ以外の反応をすると

「変な人」「変わった人」

と言われるかも、笑。

 

 

私が

大事にしたいと思っているのは

 

背景、かな。

 

 

例えば

 

挨拶しても挨拶仕返してもらえなかったとき

 

 

無視された

 

と思うかもしれないけど。

 

 

なにかに悩んでいて

頭がいっぱいいっぱいだっただけ、かもしれないし

 

 

その前にあったナニカのせいで

気分がすこぶる悪く

挨拶できる状態でなかった、かもしれない。

 

 

無視された

 

と被害者になるのもいいけど

 

なにかあったのかな?

 

と

その行動をとった背景を

少しだけ想像してみたら

 

解釈も変わるかもしれない。

 

 

 

私は、いろいろ考えるのが

めんどくさいので

 

ちょっとムッとして

 

その瞬間湧いた

イヤな気分を味わって

 

味わいきったら

気分を良くするなにかを見たり聞いたりする。

 

ということを意識的によくしてる。

 

 

他人の誰かの行動のせいで

自分の気分がいつまでも悪いのはごめんなの。

 

 

 

うまくいかないときもあるけどね。

 

 

 

でも、今朝の夢の中で

自分が話していたこと

 

 

「切ない気持ちを味わいたくて

私はその現実を利用したんだ」

 

には

 

我ながら

なるほどーと思った。

 

 

ま、

なんでもいいけどね。

 

 

人生は

楽しんだもん勝ちだ爆  笑

 

 

 

 

 

 

とある若い子を見ていて、
とある若い子と接して、思う。


遠慮してんなぁ。
もう自分を諦めて
堂々と生きればいいのに。





なんか知らんけど
やたら差し入れが多い職場で。


先日も
とっても美味しそうなスイーツが差し入れされてた。

それに気づいた私は
その子を呼んで

「どれ食べる?」って聞いたんだ。


そしたら

「え?いいんですか?」
ってすごく申し訳なさそうに言ってね。

私もそれ聞いて遠慮しそうになったわ、笑。



ちょっと考えて
その差し入れを受け取ったであろう人に

「食べてもいいですか?
疲れたから甘いものが欲しくて」
と聞いたんです。



そしたら

「いいよー」とのこと。


許可をいただいたので
その子も安心して選んで食べてました。爆笑ニコニコニコニコ




聞きもしないで食べようとする私も
どうかと思うが、笑

聞きもしないで遠慮する彼女のこともどうかと思うんだ。


だって、本当は食べたいんだから。

そうやって本音を隠して
遠慮して食べなかった時
だれかが遠慮せずに食べてるのを見て
イラッとしたり、もやっとしたりする。

で、
遠慮せずにあっさり食べちゃうその人に嫉妬したり
文句言ったりすんだよ、きっと。




嫉妬された側、文句言われた側にしてみれば
良い迷惑。

やつあたりもいいとこ。


もし、直接文句言ったら
その人はきっとこういうだろう。


食べたいなら食べれば良いじゃん。


爆笑爆笑爆笑爆笑






遠慮して「食べたい」というホンネを隠しているその子は

一言でいえば
自分を隠している。


「食べたい」とか言ったら

例えば
嫌われる、とか
軽蔑される、とか
嫌味言われる、とか

ようは
嫌な気分、損する気分を味わうことになるかもしれないから
言わないんだろう、と思う。


その気持ちはよーーく分かる。

私も1ミリも損したくない人だから。爆笑爆笑





しかし、だ。


自分の本音を隠して、なかったことにして

別の誰かがしれっと目の前でそれを食べているのを見た時、

ざわつかないか?


それっていやな気分、損した気分
なのでは?



本音を隠して
遠慮して生きていると
遅かれ早かれ

いやな気分、損した気分になる気がする。




ならば。

堂々と自分の本音で生きた方が楽チンなのでないかしらん?


恐い自分を普段隠してても
とっさの時には出ちゃうから
そのギャップが逆に怖いし、


本音を隠して
遠慮するから
ざわついて嫌な気分になって
八つ当たり気味になるくらいなら


最初から
自分に降参して

これが私です

こんなどーしようもないのが私です、

と


いい意味で開き直って

欠点だらけの自分を
さらけ出して
堂々と生きた方が

自分も周りも楽チンなのではないかな?



と、
ここまで書いて


あ、自分宛のメッセージだな笑い泣きガーンびっくり

と思った
爆笑爆笑爆笑



私も
自分のポンコツな部分を隠さずに

自分に降参して
自分に諦めて

自分の本音を
堂々を生きていくようにしようと

改めて
そんなことを思いました。


本音は世界を変える
本音は世界を救う


そんな気がしています。



よんでくれてありがとう!




4月から新入社員が入って来てるんだけど。

新人なので、
窓口に座らせてるので

入って来られる方が一番先に声をかける
場所にいるんだけど。


例えば郵便局さん。

郵便物を渡されて、帰っていく。


例えば宅配業者さん。

荷物がないかと御用聞きにくる。


例えば町内さん。

請求書や広報誌を置いて帰っていく。


ただ渡されたものを受け取るだけ
ただボックスにある荷物を渡すだけ
では
ちょっと困ることがあるので

「だれか来られたらすぐ帰らせずに

例えば郵便局さんが来られたら
郵便物ないですか?
とみんなに聞いて欲しい。

宅配業者さんが来られたら
ちょっとまってくださいと言って
出すものないですか?と聞いて欲しい。

町内さんが請求書持ってきた時も
ただ受け取るんじゃなくて

これを持って来られましたが?
と聞いて欲しい」

と言いました。


そしたらその子、素直なので
すぐ実践してくれて。

郵便局さん来られてますが、御用ないですか?
宅配業者さん来られてますが荷物ないですか?
◯◯さんがこれを持って来られてますが、受け取るだけでいいですか?

といちいち聞いてくれるようになりました。


そしたらね。

なんか仕事ができる人に見える!
という事実に気づいて衝撃!

気配りができる人
気遣いができる人

という印象を持ったのよ、私。



実は私も
いちいち聞く人なんだけど


で、自分でいうのもナンだけど

仕事ができる人にみえるらしくて、
私的には不思議だったの。

でも、
私のアドバイスというかお願いというか
を聞いて
いちいち周りに声かけるようになったその子のことを

気遣いができる、
気配りができる、
仕事ができる印象を持って


なるほどーー

と

納得した次第。



私が声かけるようになったのは

多分
子供の使いのように
渡されたものをただ受け取ってその人が帰った後に
それをいわれたひとに渡した時

話あったのに
とかなんとか言われて

これからは
用がないか聞いてからにしようと思って
それからはいちいち声をかけるようになった、
ような気がするのね。

そしたら
喜ばれたりするし、
がっかりさせることもなくなって

声かけてよかったと思うことが増えて行って
ますます周りに声をかけるようになる
という循環ができてたんだと思うんだ。

あと、単純に
怒られたくなかったから、笑。



ということで

私的仕事ができる人に見える方法。


誰かがなにかを持って来た時
いちいち周りに声をかける


でした〜。










私は
前の会社のとき

よく恐いと言われていて。
(今もか?笑)

自分では、恐い部分は出してないつもりだったから

なんで恐いと言われるのかわからなかったんだけど。


今、仕事の引き継ぎをしていて
あ、もしかしたらこーゆーこと?と
感じることがある。

その子は
ホワンとして
話し方もゆっくりしてで
一見優しいだけの人
に見えるんだけど

時々
(いや、かなり頻繁に)
鋭い目つきになったり
びし!っと切れ味のいい質問をしたりする。

普段ほわんとしているから
こちらも油断(笑)してるじゃない?

だから
いつもでない鋭い視線や質問に

こわ

って思うんだよね、私。


で、

あ、もしかして私もそうだったのかな?
と思った。



そんな日々を過ごしていて
今日は

「恐くてもいい」
とつぶやいてみた。

私の場合は
優しいいのが良くて
恐いのは良くないことだ

と
どこかで思っていたから

自分の中の
恐い部分や鋭い部分を
普段は隠していて

余裕がないときや
イライラしているときなんかは

それがふっと出てくるんだと思う。

その差に人が
怖さを感じていたんだろうな、と言う気がしたのと




その子に

「あなたに恐い部分があるの、隠すのやめたら?」
と言いたくなった時

自分もか

と自分に突っ込んで笑った。




私は恐い人です。

私はすぐイライラする人です。

私は鋭い人です。

これらを受け入れてしまおうと思った。


そもそも隠してたのは

恐いのは良くないことだ

という偏った価値観を持っていたからで


恐いのは本当に良くないことなのか?
と自問したとき


そーでもないなと。






恐くてもいいじゃん。


って思えた。


私の中の恐い部分は
ずっと私の偏った価値観のせいで

ずっと
地下の牢獄に
存在すらも隠されていて

きっと辛い想いをしていた。




そこから出してあげよう。

光を浴びさせてあげよう。




そのための呪文は

「恐くてもいいよ」
だ。


恐くてもいいよ。
怖くていもいいよ。

体が緩むまで
何度も何度もつぶやいてみる。

自己受容する。

自己受容は
世界を変える。




世界というのは
わたしの世界のこと。

私の視点の事。


恐いことは良くない事だ
恐いことはいけない事だ

と思って過ごす世界と

恐いことは良くないことではない
恐くてもいいよ

と思って過ごす世界は

きっと違う世界だと思う。





怖くてもいい
怖くてもいい


私は怖くてもいいんだ。