嬉しすぎて忘れないうちに書いておく。
時々登場する部長。
先日、私は部長に対して
モーレツに腹が立った。
怒りで体が震えた。
ブチ切れそうだった。
こんな会社やめてやる!
って気分になった。
やる気をなくしながらも
8時くらいまで仕事して
家に帰った。
怒りと悲しみでいっぱいだった。
そんな気持ちでいながらも
わたしは
「こんなに男の人にむかついたの久しぶりだな」
と思った。
「いつぶりだっけ?」
と考えて。
あ、と想い当たった。
それはちょうど2年前のこと。
そのときも6月だったから
本当にちょうど2年前。
私は
ある男性に言われた事に
怒りで体が震えた。
怒りで体が震えたあと。
やたら目にする言葉があった。
それは
「負けよう」と言う言葉。
あまりにも目にするので
これは私へのメッセージかもしれないと思って
「負ける事」を意識して過ごしてみた。
勝ち負けの世界で生きて来て
勝ち負けの概念が体に染み付いてしまっていた私は
とっさに勝とうとしてしまうことにまず気づいた。
その都度修正。
負けても良い
負けても良い、とつぶやいて
さっさと負ける
積極的に負ける
喜んで負けよう
進んで負けよう
と
とにかく勝とうとしないことを頑張った。
それを続けて。
いつだったかな?
そんなに前じゃないんだけど
「私、勝ち負けの世界から抜けたかも」
って思った事があったんだよ。
今回、
2年前と似た怒りを感じて
それを書いてみたとき
「卒業テスト」
という言葉が浮かんだ。
一連の事を
友達にぐちったら
「卒業テスト合格おめでとう♪」
と言ってくれて
その時は
「そうなのかな?
わからんけど、そう言う事にしとこうかな?」
と思ったから
「ありがと
」
と返して寝た。
そしたら翌日。
あれ?
首周りが軽い?
いつもは
首や肩が凝って
コキコキして
首回すたびにいたーいとか思うのに
めっちゃ軽い♪
マッサージ行った後みたい![]()
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嬉しい!
体が軽いと気持ちもかるくなるじゃない?
朝から軽やかな気分になって
「本当に卒業テスト合格したみたい☆」
って嬉しくなった
と同時に
勝ち負けの概念って
首や肩にめっちゃ重いんだと実感した。
別に勝ち負けの世界や概念を否定してるわけじゃないよ。
ただ
わたしには重たかったんだなって
体の軽さを感じて思っただけ。
体が軽くなって
身も心も喜んでるのが分かるから
わたしには
抜けた世界のほうが合ってるみたいです。
読んでくれてありがとう。
今ここに生きる
考える時代ではなく
感じる
感性の時代への移行
自分の感覚を信じ
それと共に在る
たおやかに
揺らめいて
ただ愛とともにここにたたずむ
慈しむ心
微笑み
全てを愛し
全てを赦す
世界はすべてわたしでできている
世界はどこまでいってもわたしでできている
**
今朝のふと。
お布団のなかで
ふと降りて来た言葉。
起きてその意味を頭で考えてみた。
世界(現実)は
私のものの見方や解釈や思い込みで構成されている。
わたしが誰かを意地悪な人と思えば
その人は意地悪な人として私の世界に存在する。
私は最近
ある人のことを
「穏やかで器の大きい人」
と思っていたのに
「ヘタレ」
と見方を変えた、笑。
いままでわたしの世界で
「穏やかで器の大きい人」
として
存在していたその人自体は
まったく変わっていないのに
私がその人への見方を変えたために
今は
「ヘタレ」
として現れている。
かわいそう!笑
(失礼な私)
おそらくだが。
その人は
穏やかな人であり
器の大きい人であり
ヘタレな人である
(ほかにもあるだろう)。
つまり
いろんな側面を持った複合体で
ヘタレ一色な訳ではないということ。
私が
ヘタレな部分にスポットライトを当てているがために
ヘタレという見方をされているだけ。
月がいい例かも。
三日月は
本当は丸いのに
光の当たり方と地球からの見え方のせいで
三日月と呼ばれる。
本当は丸いのに。
あの人三日月な人ね
(あの人はヘタレね)
は
私の光の当て方が偏っているから。
正面から当てれば
丸いことに気づくはすなのに。
でも、「丸」もまだ不正解だよね。
本当は「球」だから。
いろんな角度から観察しないと
本当の事は分からないんだろうね、きっと。
ということで改めて書くと。
世界はすべてわたし(の解釈)でできている。
世界はどこまでいってもわたし(の見方)でできている。
でも、
これすらも、私の世界で見えていること。
あなたの世界からみたあなたの世界は
いったいどんな世界なんだろう?