今日は、お世話になっている

カウンセラーの先生主催の

ワークショップに参加してきました。


ゲシュタルト同様、参加者間では

お互いの事を絶対にマイナス評価な事は

(思ってしまうのは仕方ないけど)口に出しては

ならない、というルールのもと、

参加者それぞれが、最近の心境、

つらいこと、変化、など自由に

発言していきます。


その中で、夢についてのトピックになりました。


僕は、昔から、よく見る夢があります。

それは、

舌が取れてしまい、母親の所にいって

つけてくれ、と頼んで(夢なので舌が無くても喋れる)

つけてもらう、という内容です。

この夢を、小学校くらいの時から

繰り返しみている、という事を話しました。


自分としては、夢判断にかんする本などから

きっと、舌がとれるというのは、自分が

喋るのに苦手意識があって人付き合いも苦手だ、

という普段の考えが

夢にも現れているんだろうな、と

これまで解釈して、自分の中では

納得していました。


しかし、今日は別の見方を教えてもらいました。


まず、僕が夢の中で、舌をつけてくれ、と

頼んだ時の、母親はどういう風だったか?ときかれ

新聞を読んでいて、ちょっとめんどくさそうに

つけてくれた。

では、その母親の応対について、僕自身は

どう感じるか?

めんどくさがらずに、もっと心配してほしい、と答えました。



これこそが、僕の、心の声ではないか?という事です。

舌が取れた = 僕にとっては重大な事

つけてくれと頼む = 母親に助けを求める

めんどくさそうにつけてくれる = もっとかまって欲しい、心配してほしい

何度も同じ夢をみる = 満たされていない


という事です。


このやりとりは、なんというか

本当にしっくりときました。



正直、親との関係を

ここまで意識したことはあまり有りませんでした

(うまくいっていないのが僕にとっては当たり前だから)。


ですが、実は、心の奥では

このように感じている可能性があるのです。



ですから、今後生きていく上で

親との関係を、ちょっと見方を変えて

いけたら、もっと素直に生きられるような

きがしています。






今年に入ってから

なにか、新しい事をしようと決意し

なるべくなら仕事につながるような事がいいなと

考え、

もともと英語が好きだったので、

別の言語をやってみようと思い

初めて、ポルトガル語をやっています。



ブラジルでも話されている言葉です。

僕は音楽がすきで、サンバとかボサノバも聞くので

なんとなく馴染みはあります。



まだ、やっているといっても

超基本の入門書を読んでいるだけですが


文を見ても、一切、何を意味するのかが

分からなかった状態から、

だんだん、文法、意味を覚えてきて

すこしずつ分かってきているのが

なんというか

前に進んでいる感じがして

大げさですが

生きている実感のようなものを

感じています。



今までは、家からほとんど出ていなかったのですが


毎朝、図書館に通っており

ここから生活のリズムを

取り戻せていけたらなと

思っています。



ゆくゆくは、仕事に繋がるような

たとえば翻訳など出来るレベルを

目指してます!







NHKの番組(仕事ハッケン伝)で、




俳優、高橋光臣さんがNYに進出した




ラーメン屋で一週間の仕事を経験した。




その中で、心を開くってこういう事なのかな、と




思うところがあったので紹介します。








彼は体育会系な感じで、男前、ガツガツしていて




例えば僕が一緒に居たとしたら




喋る前から引け目を感じてしまうような感じの人。






接客をはじめると、案の定、




でかい声で元気なかんじで接客をこなしていた。




やっぱかっこいいやつはなんでも出来るんだな。


見ていてそう感じていました。





その数日後、新しい仕事として




フードフェスに出品するラーメンを




開発するという仕事を与えられる。






提案を考え、店長や社長にプレゼンするが




コンセプトは面白いがアイデアを




詰め込みすぎて、これではお客さんには




伝わらないから、練り直し、と




言われる。






そして彼は、一人でまたアイデアを練り直す。




そんな彼を見ていた料理長が




おれに、こんなラーメン作ってくれ、




頼んでくれば、俺が作ってみて、




また新しい物をつくっていけばいいのに。




それがチームなんだけどな、と漏らす。








本人は、確かに体育会系だが




学生時代4年間をずっと一緒にすごして、やっと




チームメイトに本音が喋れるようになったと思っている。






ドラマ現場へのインタビューでよく




仲良くやってますかときかれても、




3ヶ月で仲良くなるなんてどういうこと?




という風に思っていた。






たった一週間だけ




俺がこのNYのラーメンの世界に入って




簡単に敵う世界じゃないんだよな、と悩む。






負けたくない、なめられたくない、と思って




働いていた。






その夜、彼は仲間たちと飲み、翌日、




やっとふっきれたような感じで




もっと辛みを加えたいんだ、という、




実は言えていなかった本音を相談する。






フードフェスは成功に終わり、




お別れのとき。




周りに仲間がたくさん居たのに気づいてなかった。




なめられたくないという気持ちだけで




周りが見えていなかった。と涙する。




というような内容でした。






果たして、例えば自分が普段、




人と何かをしようとする時、




いや、何をする訳でもなくても




自尊心が低いからか、ばかにされたくない、




なめられたくない、という思いばかりに




自分の心を奪われていて




いつも寂しいとか




なんで俺には仲間が居ないんだとか




思って生きてきましたが




俺が引け目を感じてしまうような




ガツガツした感じの人でも




似たような事を思う事もあるんだなと




当たり前の事かもしれませんが




少し、生きるヒントを貰った気がします。