今日は、大好きな古事記の話しを少し
日本や自然の神々をたくさん生んだ
夫婦の神様イザナミとイザナギが
黄泉比良坂(よもつひらさか)で
道反之大神(ちがえしのおおかみ:おっきな岩)を境に
袂を分かつとき
あの世とこの世を分けました
イザナミが
この世の人々を1日に1000人殺すといい
イザナギは
ならば1500人の産屋を建てるといい
ここに、人の生死(しょうじ)が誕生します
あの世とこの世の境ができたことで
人の生死ができたのですね
逆にいえば、それまでは
明確な境がなかったのです
そして、イザナギは黄泉の国から帰り
けがれ(気枯れ)を落とすために
禊(身をそそぐ)
水で身体を清めます
すると
アマテラス、ツクヨミ、スサノオの
尊い三柱の神様が生まれ
それぞれ、太陽、月、海を司ります
(スサノオはマザコン問題児で
海おさめませんけれどもw)
太陽も月も海も
太陽も月も海も
すべてが私たちに尊いエネルギー(氣)を
与えてくれる存在
特に太陽神アマテラス(伊勢神宮の主祭神)の
特に太陽神アマテラス(伊勢神宮の主祭神)の
エネルギーがなければ
地球のほとんどの生命は生きていけません
太陽の光で植物が育ち
食物連鎖がはじまります
ひかりと水
これがこの世で生きるための基盤です。
生命の基盤
ふだん忘れてしまいがちな
ひかりと水
これがこの世で生きるための基盤です。
生命の基盤
ふだん忘れてしまいがちな
生命の根源
もし、生きていることを
もし、生きていることを
うまく感じられないのなら
日向ぼっこして
純粋な水を飲めば
枯渇していた氣がもどってくるかもしれません
太陽に水に大地に感謝
水が液体として存在するのは奇跡的
太陽に水に大地に感謝
水が液体として存在するのは奇跡的
水の惑星、地球なのです
奇跡だから、有り難い
奇跡だから、有り難い
感謝ですね
わたしが古事記を好きなのは
わたしが古事記を好きなのは
生命の基礎はアニミズム(自然信仰)であることを
伝えてくれるから
そして、そのせかいの中で
生きる人間たちのルーツを
新しい生命の誕生を祝して
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吉川里奈のパーソナルセッション
ヒプノセラピー・アストロロジー
メメントモリ
死を身近に感じながら
生きること
現代は、病院死がほとんどで
死を忌み嫌うものとして
遠ざける傾向にありますが
昔は、自宅でみとられて
亡くなるのがほとんどでした
誰しもが
親族や近所の人の
死に向かっていく姿をみて育っていきます
よく、入院して、お見舞いにいったら
よく、入院して、お見舞いにいったら
あんなに変わってしまってって言いますよね
それは日常をともに過ごしていないから
死は非日常ではなく
日常の延長線にあるひとコマ
本来、死は自然の摂理
人の死から
人の死から
何かを感じ
学び
生かしていく
死を、ただ恐ろしいと捉えるのではなく
死を、ただ恐ろしいと捉えるのではなく
生命の循環として受け入れ
後の世代にバトンを繋いで
地球に還り
大気に溶けることをよしとする
七世代前から七世代後までを
七世代前から七世代後までを
考えて生きるという
ネイティブアメリカンの詩に
今日は死ぬのにもってこいの日
というものがあります
日本もご先祖様をお参りしますね
バトンを繋ぐ意識
死が身近にあると
死が身近にあると
自然とそんな風に考えられるようになる
地球へ回帰する
巡り続けるわたしたちは
全のエネルギー
壮大かもしれないけど、それが真実
さらに、宇宙レベルの真理もまだ先にある
生きているって、なんて凄い
それは死があるから感じられること
吉川里奈のパーソナルセッション
ヒプノセラピー・アストロロジー
ヒプノセラピー・アストロロジー
70億の人間が
何かを想い、話し、動いている
この波動の響き合いが
世界を創っている
生きとし生けるもの
みえるものみえぬもの全て
その波動の響き合いが
森羅万象を動かしている
無数の星々と銀河
宇宙の壮大な計画
かの波動の響き合いが
無限の変化を創っている
あなたの生命も
その響き合いのなかに
煌めいているのです
美しい音色を奏でる和音
共に響き合う倍音
すべてがひとつのなかの
それぞれの役を承りて
ジブリ映画、高畑勲監督の
『かぐや姫の物語』
大晦日に観てきました
また観にいこうと思っていますが
私なりの感想を書いてみたいと思います
内容も語りますから
気になる方は観てから読んでくださいね
ここから
ネタバレ注意!!
キャッチコピーとなっている
~姫の犯した罪と罰~
パンフレットで高畑監督が明らかにしていますが
監督自身の推測による解釈が
誰もが知っているかぐや姫のストーリーに加えて
この映画では前提にあります
それは、月の世界で
かぐや姫が地上に降りたことのある侍女の記憶を
呼び覚ましたことが罪であり
その罰として地上に降ろされるのですが
姫は話しに聞いた地上を
とても楽しみにして降りる
(しかも月の王はサポートいっぱいしちゃうw)
降りて生まれると
月の記憶はなくなり
人間として生まれ育つけれど
月の王との約束で
姫が死を望んだときに
全てを思い出し、迎えがくるというもの
ちなみに、この裏設定がわかっていなくても
ちなみに、この裏設定がわかっていなくても
十分、面白くわかりやすい映画ですよ
わたしも、パンフで読んだのは後ですし
映画本編で、まず印象的なのが
映画本編で、まず印象的なのが
四季の花や自然の風景の描写
そこに生きる生命の力の躍動
そして何よりも愛おしく懐かしい
そして何よりも愛おしく懐かしい
子供たちが歌う、劇中歌『わらべ唄』
♪鳥 虫 けもの 草 木 花♪
姫が幼少期を過ごす
♪鳥 虫 けもの 草 木 花♪
姫が幼少期を過ごす
自然とともに暮らす四季の描写が美しい
心の通いあった山の生活
転じて
転じて
きらびやかで、文化的な、都の生活
でも、人の心のエゴや醜さ
形式だけの関係性に
少しずつ姫は心を閉ざしてしまう
まるで現代社会ですね
桜のお花見のシーンは印象的でした
桜のお花見のシーンは印象的でした
美しい桜に
姫が心を取り戻したかにみえたのに
心を閉ざし、帝の元にいくことを拒み
心を閉ざし、帝の元にいくことを拒み
死を望んだことで、全てを思い出し
お迎えが来るという選択をしてしまったことに
後悔する姫
月の世界で憧れたのは
美しい自然の恵みと厳しさ
人の苦しみとそれを補うやさしさ(情)のなかに
【生きる】というよろこびがあること
「捨丸にいちゃんとなら
「捨丸にいちゃんとなら
幸せに生きれたかもしれない」
という魂の交流シーンで語られる、姫の気づき
姫のその気づきが
姫のその気づきが
地球と共に暮らした人々との
別離のラストシーンで
【生きる】ことを選んで生まれてきた
わたしたちの魂にうったえかけてくれる
生きなさい、と
比較的同時期のジブリ映画
生きなさい、と
比較的同時期のジブリ映画
宮崎駿監督の『風立ちぬ』と同じテーマが
同じ日本という舞台で
時代が違えど変わらぬことを教えてくれます
エンディング「いのちの記憶」の歌詞が
エンディング「いのちの記憶」の歌詞が
姫の切ない心を
劇中歌「わらべ唄」の歌詞が
地球の生命のバトンの営みを
深く深くあらわしていて
言葉が魂に染みていきます
でも、私がもうひとつ思うことがあります
でも、私がもうひとつ思うことがあります
姫は、たとえ都の生活が辛くても
心を閉ざしたままではいけなかった
閉ざさずに傷ついても
しっかりと見据えることができたなら
そこには新しい触れ合いや変化が必ずあったはず
捨丸にいちゃんとなら、ではなく
捨丸にいちゃんとなら、ではなく
もしかしたら、帝であっても
受け入れ、心を開き
相手の変容を待ち
共に生きようとする努力はできたのではないかと
誰しもが、一度は死を考えることもある
誰しもが、一度は死を考えることもある
月の人である姫は
その一度の過ちにより
戻されることになるけれど
人間の本質は
その辛苦や過ちや失敗を何度も何度も繰り返し
その先にある愛や歓びや自由を知り
学び成長していくこと
それが、生きるということ
姫はそれを地上で体験したかったはずなんだ
姫が同じことをもう一度できるなら
田舎暮らしを選ぶことも
都で心を開くこともできるとして
魂の学びは後者にあるのかもしれません
現代に生きる私たちも
現代に生きる私たちも
それぞれの選択をしながら
生きていく、ということの奇跡を大切にして
一瞬一瞬にちゃんと向き合っていきたいと思う
地球
四季
大いなるもの
生きること
私の伝えたいことが詰まった映画
さすがジブリ









