なんだか急に寒くなってきて秋めいてきましたね。
金木犀の香りが街中に溢れてきて、いよいよ芸術の秋です。

今日は上野でオペラ鑑賞。


☆ペーター・シュナイダー/ウィーン国立歌劇場@東京文化会館
・R.シュトラウス:歌劇《サロメ》(ボレスラフ・バルロク演出)

〇キャスト
ヘロデ…ルドルフ・シャシンク
ヘロディアス…イリス・フェルミリオン
サロメ…グン=ブリット・バークミン
ヨカナーン…マルクス・マルカルト
ナラボート…ヘルベルト・リッペルト
小姓…ウルリケ・ヘルツェル
第一のユダヤ人…ヘルヴィッヒ・ペコラーロ
第二のユダヤ人…ペーター・イェロシッツ
第三のユダヤ人…カルロス・オスナ
第四のユダヤ人…ウォルフラム・イゴール・デルントル
第五のユダヤ人…アンドレアス・ヘール
第一のナザレ人…アルマス・スヴィルパ
第二のナザレ人…ミハイル・ドゴナーリ
第一の兵士…アレクサンドル・モイシュク
第二の兵士…ダン・ポール・ドゥミトレスク
カッパドキア人…ヒロ・イジチ
奴隷…ゲルハルト・ライテラー


今日の席は2階下手側のサイド席。舞台の下手が若干死角になってしまいましたが、リハーサルで全容は確認できていたので気になりませんでした。それ以上に舞台との距離が近かったため、歌手の細かい表情や仕草が確認できて面白かったです。

開演に先立ち、ウィーン国立歌劇場総裁・ドミニク・マイヤーより、ウェルザー=メスト降板の経緯が改めて説明され、代役にはペーター・シュナイダーを起用する旨が告げられました。

幕が上がると、舞台上にはクリムトの絵がそのまま三次元化されたかのような世界が。青い照明に照らされた舞台はさながら深海の中にいるかのようで妖しくも美しい。このプロダクションのプレミエは1972年12月22日、カール・ベームの指揮によるものだったそうですが、40年経っても古めかしさは感じず、クリムトの名画の中に引きこまれたかのような錯覚を起こさせる演出でした。衣装も非常に手が込んでいて、オペラが総合芸術といわれる由縁が改めて実感できました。

演奏の方は、さすがウィーンのR.シュトラウスというしかないような極上の演奏。オケは一昨日のリハーサルとは比べようもないほど艶めかしい音を奏で続け、幻想的で官能的な世界へと誘ってくれました。ピットに入ってここまで薫り高く艶っぽいR.シュトラウスを聴かせてくれるオケというのはウィーン以外にはないだろうと思わせてくれるのに十分な出来でした。特に後半、ヘロデがサロメに舞いを求めるあたりから終幕までは、歌手もオケも戦慄を覚えさせるくらいの渾身の音楽でした。ペーター・シュナイダーは現地で何度も振っているだけあって、音楽が生きているかのようでした。流石です。

歌手陣はリハーサルで聴いたときも思いましたが、タイトル・ロールのグン=ブリット・バークミンが傑出して素晴らしかった!ウェルザー=メストがオーディションで惚れ込んで彼女に決めたそうですが、確かにその前評判に違わぬ圧巻の歌唱でした。少女のあどけなさや奔放さを残しながらも、激烈な感情表現で身震いさせ、有名な7つのヴェールの踊りでもしなやかな舞いで釘付けにしてくれました。
脇を固めるヨカナーン役のマルクス・マルカルト、ヘロデ役のルドルフ・シャシンク、ヘロディアス役のイリス・フェルミリオンもそれぞれの役柄にぴったりの素晴らしい歌唱を聴かせてくれました。このレベルまでくると演技力も皆高いです。ヨカナーンの高貴さや神秘さ、ヘロデの威厳や狼狽、ヘロディアスの傲慢さやヒステリックを自分自身であるかのように表現しきっていて、まるで自分も同じ世界でその場面を目の当たりにしているかのうように感じました。

といっても、やはり今日の演奏はバークミンとシュナイダーに尽きるでしょう。シュナイダーは《フィガロ》でも聴けるので、次はどんな音楽を聴かせてくれるのか、今から待ち遠しいです。
今日は午後から半休をいただき、上野へ行ってきました。

仕事を予定通り12時にあがり、近くのモスバーガーで昼食を取り、駅のタリーズでイングリシュトフィーラテを飲んでのんびり。半休は仕事の後もいろいろできるし、一日が長く感じられて好きなんです。

そして京浜東北線に乗り、上野へ。
目的はメトロポリタン美術館展とウィーン国立歌劇場の公開リハーサルです。


まずは東京都美術館。上野動物園の隣に位置するこの美術館は地下が入口になっています。来るのはいつ以来かな。
さすがに平日の昼間だけあって比較的空いていました。社会人になってからは美術館も休日にしか行けなかったので、人の少ない美術館は回りやすかったです。

展示は油彩画、工芸品、銀器に写真など多岐に渡り、時代も紀元前から近現代まで網羅していて、様々な角度から楽しめました。
素敵な作品ばかりでしたが、中でも印象に残った作品は、クロード・ロランの《日の出》、ジュール・ブルトンの《草刈りをする人々》、フランソワ・ポンポンの《シロクマ》、ビル・ブラントの《キュー・ガーデンの夕暮れ》、杉本博司の《ボーデン湖、ウットヴィル》、ウィンスロー・ホーマーの《月光、ウッドアイランド灯台》。太陽や月の光が風景に溶け込む様や、水面に映る情景が写実的に描かれている作品は本当に美しい。


ニューヨークの美術館を堪能したあとは東京文化会館へ。ウィーン国立歌劇場による《サロメ》の公開リハーサルです。プログラムまでもらえるおまけ付きでした。

入場すると早速ピットでオケが練習中(私服姿の練習風景はリハーサルならでは)。席は3階センターで舞台もよく見える席でした。プログラムによるとクラはペーター・シュミードル、ダニエル・オッテンザマー、ノーベルト・トイブルといった錚々たる面々が来日しているようで期待が高まります。コンマスはフォルクハルト・シュトイデとヴェルナー・ヒンク(引退してなかったっけ…)が務めます。

リハーサルは通し稽古として行われたため、舞台装置も衣装も本番使用。演出や演奏については明後日本番を聴いてから書きたいと思いますが、歌手陣はかなり気合いが入っていたように感じました。ただ、オケは6割程度の力だったのかな…。
指揮は代役となったペーター・シュナイダー。演奏を止めた箇所は3~4箇所でしたが、何か短い指示をオケや歌手に出し、演奏を再開した途端に響きや音色が変わったのには驚きました。ウィーン生まれで歌劇場のたたき上げ指揮者というだけあって、やはり団員からの信頼も厚いようです。

通し稽古とはいえ、世界有数の歌劇場のリハーサルを聴けたのは良い経験になりました。
本番どういう風に変わっているのか、楽しみです。


NBSの発表によると、ウィーン国立歌劇場の来日公演を指揮する予定だったフランツ・ウェルザー=メストが右腕の怪我で降板することになったそうです。ウィーンの音楽監督が振る《サロメ》をすごく楽しみにしていただけに残念…。

代役は今回《フィガロ》のみ振ることになっていた重鎮、ペーター・シュナイダー。《サロメ》はウィーンでも経験があり、今シーズンも振る予定だったとのことで、どうやらクオリティが下がる心配は無さそうで一安心。

ウェルザー=メストの怪我の具合が心配ですが、次回の来日公演ではぜひ得意の《ばらの騎士》でも振ってもらいたいですね。
3連休も今日が最終日。ここのところ休日出勤続きだったので、この連休でしっかり身体を休められたのはよかったです。

今日は久々の新国立劇場。去年の《トリスタン》以来です。


☆リチャード・アームストロング/東京フィルハーモニー交響楽団@新国立劇場
・ブリテン:歌劇《ピーター・グライムズ》(ウィリー・デッカー演出)


〇キャスト
ピーター・グライムズ…スチュアート・スケルトン
エレン・オーフォード…スーザン・グリットン
バルストロード船長…ジョナサン・サマーズ
アーンティ…キャサリン・ウィン=ロジャース
姪1…鵜木絵里
姪2…平井香織
ボブ・ボウルズ…糸賀修平
スワロー…久保和範
セドリー夫人…加納悦子
ホレース・アダムス…望月哲也
ネッド・キーン…古川健一
ホブソン…大澤建
合唱…新国立劇場合唱団


このウィリー・デッカーのプロダクションはベルギーのモネ劇場で製作され、イギリスのロイヤル・オペラでも上演されたもの。モネ劇場といえば大野和士が活躍した歴史ある歌劇場ですね。

事前に予習してから行きたかったのですがCDが輸入盤しか買えなかったので、音楽だけ聴いてストーリーはあらすじ程度の理解で臨みましたが、このオペラは初見でもその世界観にぐいぐいと引き込んでいく力を持っています。
東京フィルは立ち上がり若干不安定な箇所もありましたが、総じて高い水準で、登場人物の心情の変化や物語の展開に合わせて深い表現を聴かせてくれました。指揮がイギリス音楽に造詣が深いアームストロングということもあってか、ブリテンの悲劇的な音楽を手中に収めていたように聴こえました。
歌手陣はタイトル・ロールのスケルトン、エレン役のグリットンがやはり別格の働き。救いのないこのオペラの中で徐々に追い詰められていく男女の心情を微細に歌い上げ、歌手としても役者としても素晴らしいものを披露してくれたと思います。新国立劇場の合唱団も相変わらず安定していてしっかりと物語を支えていました。

演出は終始曇天の海岸をイメージさせる風景がスクリーンに投影されていて、村の閉塞感や陰鬱とした雰囲気をうまく伝え、村民の多くに同色・同デザインの衣装を着せることで没個性を表していたように感じました。ピーター・グライムズを悪人と決めつけ、まるでお祭りのように騒ぎ立て無責任に追い込んでいく没個性の村民の様はまさに衆愚。無意味に過剰な舞台装置や表現もなく、人間の本質や感情に重きを置いた素敵な演出でした。3幕ラストの演出はエレンやバルストロード船長でさえも結局はその他大勢の短絡的かつ無責任な村民と変わらないということを伝えたかったのでしょうか。良い意味でショッキングな終わり方でした。


このオペラ、本当に救いのないストーリーなのですが、どことなく《ヴォツェック》に似ている気もして好みの系統です。取り上げているテーマとしても普遍的なもので、いつの時代にも共通する問題が含まれていて、きっと今後も貴重な作品として後世まで残っていく作品であるはずです。上演機会がもっと増えることを願っています。
台風が近づいているとのことでかなり天気が怪しい中、今日はみなとみらいへ。

行きは東横線を途中下車して、横浜のタワレコにて《サロメ》のCDを購入。予習しておかないと。


☆エリアフ・インバル/東京都交響楽団@横浜みなとみらいホール
(インバル=都響 新マーラー・ツィクルス)
・マーラー:交響曲第2番《復活》
Soprano.澤畑恵美
Mezzo-Soprano.竹本節子
Chorus.二期会合唱団

《復活》を生で聴くのは今回が初めて。3番は2回聴いてるのに《復活》はめぐり合わせが悪く、機会に恵まれませんでした。4、7、8、大地の歌も未だに生では聴けていないです。

演奏の方はというと、重厚感がありながらも艶やかな弦セクション、柔らかいハーモニーを奏で続けた木管セクション、今日一番輝いていた安定感抜群の金管セクション(トップ陣が抜群に上手かった!)、どこを取っても素晴らしく、欧米のトップクラスのオケと比較しても遜色ないような出色の出来だったと思います。ソリストも合唱もよかった。
インバルの指揮はオーソドックスな解釈ながらも、緊張感を終始保ちながら手綱を緩めることなく、この大曲を最後まで破綻することなく聴かせてくれました。都響とのコンビは円熟味を感じさせ、両者の相性の良さが伺えます。特に終楽章なんかまさに天上の音楽とも言いたくなるような神がかった音楽でした。
今日の席は音響的にも視覚的にもあまり良い席ではなかったのですが、それでも弱音の美しさや強奏部の大迫力には鳥肌が立ちっぱなしでした。これだけの大編成の曲でも音が濁らないし、都響の水準はかなり高いように思います。6月に同じホールで聴いたフランクフルト放送響より遥かに良かった。

このコンビのマーラー・ツィクルスは再来年3月までかけて9番までやりきる予定だそうなので、5番以降はすべて行けたらいいな。


台風がひどくなってきた…家ががたがた音を立ててる。。