認知症のある家族に優しくできない。
ダメってわかっているのに
ついつい 相手を傷つけるような
関わり方をしてしまうという方は
とても悲しんでいるご自身に
気づいてあげてほしいんです。
「ついつい○○してしまったとき
心が傷つくような出来事や
なにかを失うようなできごとは
ありませんでしたか?」
今日のテーマは
認知症のある患者さんとご家族に関わる中で
私がずっと知りたかったものでした。
「なんでこんなに 認知症介護って
みんなボロボロになってしまうんだろう。
救われないし 切なすぎる」
認知症介護でご家族の心身が
ボロボロになってしまう理由について
私の思うところを書きます。
家族介護は大変と言われます。
介護の専門職であっても
家族介護は 仕事とは別もの
と明言されたりします。
私自身も 家族を介護するのは
(特に実母
)私にはムリだと
昔から思っていました。
その理由は 漠然としていて
うまく言語化できませんでしたが
「介護の時間は
悲しみと向き合う時間になる」
だから家族の介護は大変だし
私には無理と思ったんだと
最近気づきました。
こんな悲しみを味わうのかも
認知症になると 少しづつ
これまでのようには生活の様々なことが
うまく行えなくなっていきます。
当然 ご本人はショック・混乱です。
ですがご家族だって
大ショック・混乱なんですよね。
ご家族にしてみれば
頼りにしていたパートナーが
○○だった父が
○○だった母が
「こんなことが できなくなった
」
「こんなことも できなくなった
」
「こんなことすら できなくなった
」
これまではできていた
パートナーを 父を 母を
ゆっくりと喪失していく悲しみ。
頼りにしていたり
尊敬していたり
畏怖の念を抱いていたり。
何かしらの感情を抱いていた対象が
これまでのような
対象ではなくなっていく悲しみ。
自分自身には
そんな存在がいなくなる悲しみ。
家族と過ごす楽しい時間。
これまでのように続くと思っていた日常。
それらが変化し戻らないという悲しみ。
きっと受け止めてくれると思っていた
意識すらしないような家族に対する甘えが
通用しなくなる悲しみ。
悲しみ、傷ついていることに気づく
私の母は 認知症の祖母を
一人で介護していました。
「今日は心穏やかに
一緒にケーキを食べよう」
そう思って買って帰ったケーキを
家について 祖母と向き合った後
叩きつけた みたいな話を
以前してくれたことがあります。
きっと母は 以前のような
祖母との穏やかな関係を求めて
ケーキを持って 家に帰ったものの
願いとはうらはらに
何かを失うような感覚や悲しみを覚え
怒りに転じた悲しみを
ケーキにぶつけたんだろうと思います。
「認知症のある家族に優しくできない。
ダメってわかっているのに
ついつい 相手を傷つけるような
関わり方をしてしまう」
わかっているのに やってしまう。
それは この状況を深く悲しみ
傷ついているご自身が
いらっしゃるからだと思います。
本日も
最後までお読みいただき
ありがとうございました![]()
介護予防と認知症予防のパートナー
