「ママ、それ
この前も同じこと言ってたよ?」
「え?ほんと?(全然記憶に無いんだけど)」
ここ1年くらいの
私と娘の会話ですが 酷いときは
週1ペースで交わされています![]()
50歳まであと少しですが
認知症のある方と同じような症状を
リアルに再現していると感じます。
認知症のある方も きっと
誰かに こう返されたときは
キツネにつままれたような
感覚なんじゃないかなあと思ったり。
でも まあいっかと
深く気にも留めなくなるんですよね![]()
さて 今日は
「認知症患者さんあるある」な
繰り返される訴えについて
私がイライラしたときのことを書きます。
なんか前にも似たようなことを
書いたかもしれません![]()
初めて書いてるつもりですが
シチュエーションも同じ内容かもです![]()
イライラの理由は人それぞれ
認知症のある方の繰り返される発言。
それに応じたことがある方は
イライラしたことがあったか
思い出してみてほしいのですが
イライラの理由や度合いって
人により違いませんか?
たとえば 私には
アルツハイマー型認知症の家族がいて
くり返し 気になることを
尋ねてくることがあります。
私の娘たちは
イライラしたりはしないようです。
ただただ 困惑しています。
理由は
「どう答えれば
理解(記憶)されるのか
分からないから」だそう。
同じ家族に対して
夫は また違います。
「なんで わからないんだ?」とイライラ。
パッと見は
シンプルな質問を繰り返されることに
イライラしているように見えます。
夫のイライラの原因はこっちかなと
![]()
私は悲観的な訴えのくり返しにイライラし始める
私は
家族の繰り返される質問には
まだイライラしたことはないのですが
職場で担当する患者さんの
繰り返される悲観的な訴えの場合
次第にイライラしてきます。
「苦しい。助けて~。死にたい」
患者さんは本当に苦しそうに
切なそうに訴えているのに。
ひどいでしょう?
イライラするのは無力感を覚えるから!?
認知症のある方は
周りの誰かを困らせようとして
くり返し同じことを
言ってるわけではない。
という大前提を
認知症のある人に関わる人は
元々持っていると私は思っています。
だからこそ
認知症のある方に関わる人は誠実に
繰り返される訴えや会話に
向き合うんですよね
最初のうちは。
でも 認知症のある方が
関わっても変わらない とか
「もっと不安・不穏になってきた」
と感じたとき
無力感(悲しさ)を覚えて
イライラという形で
出てくるんだと思うんです。
自分と相手を嫌わずにすむ考え方
先日も 私は
「苦しい。助けて~。死にたい」
とツラそうに訴えを繰り返す
患者さんに向き合ううちに
イライラしてきて
心の中で毒づきました。
心の中ででも
毒づいた自分って
すっごく嫌なものです。
以前の私なら
「本当に いつまでたっても
私ときたら」 と
自分のことも
そう思わせる患者さんのことも
嫌いになっていました。
でも 先日は、違いました。
「あ 私。
この患者さんの力になれなくて
すごくがっかりしたんだな」
と イライラの理由を
別の角度から捉えることができ
自分にも患者さんにも
優しくなれたんです。
患者さんの力になれなくて
すごくがっかりした自分に気づき
本当は力になりたかったんだと
改めてわかった私は
「ごめんね。
苦しいのに力になれなくて」
と 心からの声をかけて
安全を確保した上でその場を離れました。
肝心の患者さんの様子が
その時どうだったか
まるで思い出せないのですが![]()
見方ひとつで だいぶ違う。
私は現場で くり返し思い出し
般若化を阻止しているこの頃です![]()
本日も
最後までお読みいただき
ありがとうございました![]()
介護予防と認知症予防のパートナー

