Harmas 二十四節気のつれづれ日記

Harmas 二十四節気のつれづれ日記

一年を二十四等分した節で日々のさまざまな出来事を綴った日記です

大雨をもたらした台風も去り、スッキリとした秋空が広がったのもほんの一日。

今日は朝から曇り空で昼前にはまた雨が降り出してきました。晴れ間の日は長続きしません。

 

今日は二十四節気の“秋分”。

昼と夜の長さが同じになる日。夏至を迎え、一時物凄い暑い日がありましたが、その後不安定な空がずっと続き、ふたを開けてみればもう秋を迎えていました。

この先、またまた不安定な天候で知らぬ間に冬なんてならないこと切に願うばかりです。

 

InstagramとFacebookで展開中の“今日の色”。

今日はブログから発信します。

 

今日は“彼岸花”です。

彼岸の頃に真っ赤な花をつける彼岸花、別名“曼珠沙華(マンジュシャゲ)”とも言われているのはご存じかと思います。この曼珠沙華は仏教に由来しており、「天上の花」としてめでたいものとされています。

 

 

一方、“地獄花”とか“幽霊花”さらには“死人花”とも嫌われる花としても知られています。

なぜかと言うと、この花が彼岸に咲くことだけでなく、アルカロイドを含む毒を持つ植物だからで、誤って食べた人が死ぬ=彼岸を迎える、といった意味合いがあるそうです。

田畑に多く植えられるのはモグラなどの害獣から作物を守るためといわれます。

 

 

 

彼岸花が一斉に花咲く光景は圧巻です。

ぜひ秋梅雨の晴れ間に訪ねてみるのも良いかと思います。この世のものではないと見間違う程美しい光景が広がります。

秋を告げる花が今丁度見頃です。

 

 

 

今日から二十四節気は「白露」になります。

大気が冷えてきて、露が結ぶ頃を指します。

 

暑い夏から一転、雨の日が多く気温もここ数年の「酷暑」もほぼ無い、涼しい日々が続いて8月も終わりました。稲刈りが進んだ地元の田んぼですが、再びの大雨でなかなか進んでいません。

 

早くも秋雨前線により、各地で大雨をもたらしています。

「露」ではなく、「雨粒」が草木に付く毎日です。

 

陰暦七月二十六日の今日、富士山麓に降る雨のことを「御山洗い」といわれています。

清め洗い落とすこの雨を例えた言葉です。

富士山のみならず、各地の霊峰にも当てはめて、この時季に山に降る雨を御山洗いと呼んでいます。

この雨できれいに洗われ、山々はこれから紅葉し始め、山をきらびやかにしていきます。

紅葉前の今、オクモミジハグマの花が咲き始めました。

 

春咲き誇っていたタチツボスミレは果実が開き、種子を撒く時期を迎えています。

 

秋の長雨、早く止んでフィールドに出掛けたい気持ちでいっぱいです。

 

 

 

 

 

未明の地震にはビックリしました。久々の大きい地震で携帯の緊急地震アラームや市の放送が流れ、起きてしまいました。あまり眠れない中で仕事に出ています。

 

今日は二十四節気の「処暑」を迎えました。暑さが少しずつ和らぎ、徐々に暑さも落ち着いてくる時季を指します。

今年の夏は例年の酷暑も少なく、久しぶりに昔の「夏」を感じます。

 

 

近くの田んぼでは早くも稲刈りが始まりました。

 

田植えから約100日過ぎると穂が出始めて、すぐに花が咲かせます。花が咲いている時間は午前中からお昼頃までの二時間から三時間の間で、自家受粉をして種子(お米)を実らせます。

 

古い言い伝えで「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉があります。

これは実ったお米で重くなった稲の様子を人間に例えて、「人格者ほど謙虚になる」という意味です。

また、昔、稲穂が実る時季に雷が多く発生すると、豊作になると言われました。

稲を実らせる大切な伴侶(男女問わず“つま”と呼ばれていました)という意味合いから「稲の夫」、さらに「稲妻」へと変わっていったそうです。

昨年から米騒動で毎日のように報道されていましたが、それはともかく、日本人の主食であるお米が今年もたくさん実って黄金色に染まり始めました。

 

 

里山歩いていると色鮮やかな花や果実が見られるようになりました。

キンミズヒキ

 

ツリガネニンジン

 

ワレモコウ

 

ノブドウの果実

 

まだ夏の暑さは続きますが、朝晩すっかり涼しくなり、秋をほんの少し感じる今日この頃です。

 

 

 

 

今年の夏は暑さが定まらない日が続きます。猛暑を越えて「酷暑」の日があれば30℃を下回る涼しい日もあります。暑くなれば一斉に蝉が時雨の降る音のように鳴き始めます。

 

ミソハギ(盆花)

 

 

今日は二十四節気の「立秋」。暑中見舞いから残暑見舞いへ。

秋の気配が仄かに感じる頃を指しますが、いやいや、まだ夏真っ盛り。

朝晩は相変わらず変わらぬ暑さが日中から続いています。

 

ヤマジノホトトギス

 

そんな中でもフィールドに出掛けると秋の花がちらほら咲き始めています。

梨がお店に並び始めました。

 

秋の七草が咲いていました。

 

キキョウ

 

萩

 

クズ

 

オミナエシ

 

七月に見たウツボグサ

 

ウツボグサ(夏枯草)

先月、紫の可憐な花を咲かせていたウツボグサですが、名前の通り、枯れて果実が出来ていました。

少しだけ夏の終わりを感じる一時でした。

いつもと変わらない休みのない慌ただしいお盆ですが梨でも頂きながら過ごしたいと思います。

 

 

今日から二十四節気は「大暑」を迎えます。

連日の猛暑、今年は一段と気温が高くなり、夜も寝苦しい日々が続いています。

みなさんも身体ご自愛ください。

 

里山では夏の花が真っ盛り。

薄暗い森に一際目立つ白い大輪の花、視覚だけではなく、甘い強い香りを放つヤマユリです。

比較的明るい林床にはリンドウが咲いています。

 

こちらは植栽の和製ハイビスカスの様相をしたムクゲ。

 

夏は色鮮やかな花が多く目を楽しませてくれます。

 

そんな中でも夏の代表の花と言っても過言ではない、ヒマワリの花。

背丈が高く、明るい黄色い花を咲かせるヒマワリはキク科の花です。原産は北アメリカでヨーロッパ経由で17世紀頃日本に入ってきたと言われています。

 

花が太陽のほうに向きながら回る、ということから「ヒマワリ(陽回り)」と呼ばれるようなりました。別名日輪草です。しかし実際太陽のほうに向くのはまだ蕾の頃だけで、花が咲いてから向きを変えることはありません。

 

 

ギリシャ神話にこんな話があります。

太陽の神、アポロンに恋をした妖精がヒマワリに変身しました。

アポロンを常に見ていられるという妖精の儚い恋心の話です。

日本では自由と正義の守護者である弁護士の象徴として太陽を追い続けるヒマワリを記章にしています。

 

真夏の暑さにも負けない大輪の花が今年も彩っています。

大暑に咲くヒマワリの花の小話でした。

 

 

 

 

 

梅雨明け間近になり、日増しに蒸し暑さが強まってきました。

今日から二十四節気は「小暑(しょうしょ)」を迎えます。

 

暑さが本格的になりますのでご自愛のほどを。

 

里山を歩いているとニイニイゼミが鳴いています。

林床にはヤブカンゾウの鮮やかなオレンジ色した花が咲いています。

 

南国の花のようなカラフルな彩りのネムノキ

夜になると葉は閉じてしまいます。

 

こちらも色鮮やかなムクゲ。中国が原産のアオイの仲間ですが、平安時代には日本に渡ってきたと言われる古い樹木です。

 

睡蓮

 

 

ウツボグサ(夏枯草)が咲いています。

花穂の形が矢をいれておく道具の靭(うつぼ)に似ていることから「ウツボグサ(靭草)」。

また、花穂が夏になると枯れて黒くなることから「夏枯草(カゴソウ)」とも言われています。

数cmほどの小さな花です。

 

この花が枯れる頃は夏真っ盛り。暑い暑い夏がやってきます。

 

 

 

 

5月の中旬に訪ねた筑波山。この時、気温がかなり高く初夏を越え、真夏並みになっていました。少し早いと思いながら、筑波山固有種である男体山山頂の「ホシザキユキノシタ」が開花しているのではないかと、行ってみることにしました。

結果はまだ蕾が立ち上がってきたばかり。あと二週間先ぐらいであろうと踏んで後にしました。

6月頭に再び訪ねたものの、山頂のホシザキユキノシタはまだ蕾は固く、予想は外れてしまいました。6月に入って少し気温が下がったせいでしょうか?

唯一、御幸ヶ原から自然研究路に入ったところで一輪だけ咲いていました。

 

 

三度目の正直、その二週間後に訪ねました。

この日は梅雨の中休みで快晴の朝を迎えました。

気温は朝から高くなり、期待が膨らみます。

最近は朝用事を済ませてからの遅い出発のため、真壁側から登山せずに、車で仙郷林道を通り、筑波高原キャンプ場まで入り、そこに車を停めて歩いて行きます。

 

筑波山中腹にあるキャンプ場の回りでは、トリアシショウマが見頃を迎えています。

 

 

早くもヒヨドリバナの蕾が膨らみ始めました。

 

車で来た林道を戻ってユースホステル跡地に向かいます。

ニガイチゴの果実が生っていました。

口に入れると甘い!ですが後味が苦い。その名の通りでした。

 

ニワトコの果実。

 

ヨツバヒヨドリバナの蕾

 

キブシの果実

 

ウリハダカエデの果実

 

ウツギ

 

ユースホステル跡地にあるリョウブはまだ蕾でした。

 

いよいよ御幸ヶ原へと続く登山道へ。

路面は若干ですが、ぬかるんだ状態です。

 

緑が大分濃くなり、陽射しが地面に届かなくなってきました。

林床のユキザサは既に果実ができています。

 

この時期深い緑に覆われた中腹の林床に彩りを添えているのが、ヤマアジサイ。ガクアジサイに似ていますが、全体的に小さく、ガクアジサイのミニチュア版といっても過言ではありません。

回りに大きな青みがかった白いのが装飾花。

 

実際の花は装飾花に囲まれた緑の粒々のその中にある黄色いものが花になります。

 

 

標高をあげていくとエゾハルゼミの合唱が聞こえてきました。

ホトトギスやジュウイチの鳴き声も聞こえます。

中腹では終わりに近づいたコアジサイの花がここでは最盛期。

仄かに香水のような甘い香りが漂います。

 

筑波高原キャンプ場からのんびり一時間で男体山と女体山の狭間にある御幸ヶ原に到着。

前回、前々回と小学校や幼稚園の遠足でごった返していたここは、この日、閑散としていました。

 

加波山や雨引山、さらに遠くまで見渡せました。

 

そして男体山山頂へと向かいます。真っ直ぐ行かずに自然研究路を時計回りに進み、途中から山頂を目指します。

自然研究路入ってすぐにあるホシザキユキノシタはどうなったでしょうか?

前回、一輪だけ咲いていた花でしたが、今回はかなりの花で満たされていました。

 

これほど咲いているので、山頂直下のホシザキユキノシタもさぞかし咲いていることでしょう。早まる気持ちを抑えて、前に進みます。

途中の立身石でお昼休憩。

 

西の下妻方面の眺め

 

宝筴山、土浦そして霞ヶ浦が望めました。

 

女体山山頂。

 

一休みして山頂を目指します。

去年の猛暑に早くから落葉していたブナで、枯れてしまったのかと心配していたのですが、無事のようで立派に今年も葉を繁らせていました。

 

岩場の登山道を超えて山頂へ。筑波山神社男体山の拝殿に到着。

ご挨拶兼ねて参拝。

 

そしていよいよ、三度目の正直。ホシザキユキノシタに会いに行きます。

続く。

 

 

 

今日は二十四節気の夏至から11日目。七十二候の「半夏生」に当たります。

 

以前農作業の目安として、田植えはこの半夏生の前に終わらせてしまう、という習わしがありました。

「半夏半作」といって、この時期以降に田植えを行うと収穫が半分になると恐れられたことからです。

 

そしてちょうどこの時期に見頃を迎えるのが、「ハンゲショウ(半夏生、半化粧)」といわれるドクダミの仲間の植物。別名カタシロクサ(片白草)。

花期になると花序に近い葉を白くすることで、吸蜜のために来る昆虫がより集まりやすくなるといった戦略なのです。花期が終わると再び緑色に戻っていきます。

 

梅雨も終盤を迎え、タチアオイの花も先端の蕾が開いてきました。

 

アサガオが咲き始めました。

 

 

先日訪ねた匝瑳市の飯高檀林跡。杉並木の参道脇に植えられた紫陽花を観に行ってきました。

 

前回のおさらい。

南側の駐車場に車を置いて、田園と台地が連なる里山を歩いていきます。

まず最初に飯高神社にお詣りした後、小生の巨樹巡りの原点となった「天神の森」のスダジイを訪ねて参りました。

そのお隣の台地に目的の「飯高檀林跡」があります。

 

スダジイに再訪の約束を告げたあと、森を出て小高い丘に向かいます。

礼に従い、総門から訪ねていきます。

まだ若葉色したイロハモミジが眩しく感じます。

 

早く紫陽花を観たい気持ちを抑えて、一礼してから門を潜ります。

 

予想通り参道の両側に色とりどりの紫陽花が迎えてくれていました。

 

少しは入ったところから総門を見返る。

紫陽花の下の緑は養生シートではなく、苔が一面に生えています。

人ひとりもいなく、森は静寂に包まれます。

時より、ホトトギスの鳴き声が響き渡るくらい静まり返っています。

 

 

 

人が10人ほど立って入れる程の空洞が出来た朽ちた杉の根元。

今では苔蒸してシダが生えていました。歴史の重みを感じる杉の林です。

 

 

樹齢は何れ位であろうか?真っ直ぐ伸びた杉が立ち並びます。

何年も前に襲った台風で何本もの杉が倒れてしまって、その時は落胆したものでしたが、今、新たにその杉の子供たちが育ち始めています。

杉並木の向こうに講堂が見えてきました。

 

その手前、向かって左に伝八狐を祀る古能葉稲荷神社があります。

 

勉強好きだった狐の伝八は、僧侶に化けて講堂の講義に潜り込み、10年間熱心に教えを聴き続けていました。ある日、上人の入山式が行われ、お祝いに酒宴が開かれました。伝八は酔い潰れて、本当の正体を上人に伝えたのでした。

人一倍勉学に励んだ伝八は上人に認められ、講堂の前庭の一角に、祠(ほこら)をつくり、ここに住まわせた。

そういった言い伝えがあります。

二匹のキツネが狛犬として立っています。苔蒸していました。

 

 

 

こちらの講堂は間口26.72m、奥行16.23mで県内で一番大きい建物と言われています。

NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」などドラマやCMに使われるロケ地でもあります。

ここで6~800人もの学僧が集まったそうで、それは圧巻であったと思います。

 

紫陽花

 

手毬紫陽花や額紫陽花が参道を華やかにしています。

アマガエルが沢山花の上で休んでいました。

 

北側にある駐車場前の紫陽花と愛車を撮って帰路へ。

最後まで観光に訪れた方には会うことなく、飯高檀林を独り占めしてしまいました。

とても素敵な静かな時間を過ごすことが出来て、良い一日でした。

 

 

 

 

 

今年の梅雨は例年と違い、しっかりと雨を降らせて、たまに中休みに太陽が覗くというほんらいの「梅雨」を感じさせてくれています。

 

 

そんな梅雨時期の象徴的な花「紫陽花」を観に車を東へ走らせました。

多古町では道の駅側を流れる栗山川沿いに紫陽花が植えられて、見頃を迎え多くの観光客で賑わっています。また北東に3km弱のところにある「日本寺(にちほんじ)」のあじさい遊歩道はさらに人でごった返していました。

 

どこか人気ない良い場所はないか考えていたら、さらに東の匝瑳市(そうさし)にある飯高檀林跡を思い出しました。

ここは里山が広がる台地の上に造られた、日蓮宗の学問所です。

天正7年(1579年)に僧侶の教育と宗学を研究して極めることを目的として飯高檀林が開設されました。翌年に現在の土地に移っています。日本最古の僧侶の学問所(大学)です。

その後、日本各地に数々の学問所が展開していきます。

明治5年の「学制」発布により、294年続いた学問所は同7年に廃檀となりました。

 

後、この檀林は売却や取り壊しもありましたが、多くの建築(講堂、鐘楼、鼓楼、総門など)が残り、国や県の重要文化財として今に至っています。

総門から講堂に向かう参道脇に立つ立派な杉、そして林床に植えられた紫陽花があります。

 

 

前置きが長くなりましたが、この飯高檀林跡なら人も疎らであろうと勝手に決め込んで向かいました。

早速飯高檀林跡の駐車場に車を停めて歩く準備をします。ラッキーなことに広い駐車場には僅か三台の車しか停まっていません。

折角なので飯高檀林跡の周辺も歩いてみます。

ここはもう10年以上訪ねている場所、何度来ても心洗われる場所です。

 

まずは飯高神社にお詣り。

苔蒸す石の階段、スダジイが生い茂る杜、ホトトギスの鳴き声。

 

長い階段を登り切るとやはり苔蒸した参道の先に飯高神社が現れます。

18世紀後半に建立され、拝殿から本殿を囲むように中国の説話に基づく二十四孝の彫刻が施された玉垣が巡らされています。日本一仙人が集まる神社だそうです。

 

裏手にある山道に回って、次なる場所、「天神の森」へ。

民家の垣根沿いにホタルブクロが咲いていました。

 

台地が入り組んで、田園が広がります。

 

その台地のひとつに天神社が建つ「天神の森」があります。

鳥居は台地の下にあり、急な不揃いな石の階段を111段登ると現れます。

 

鳥居の前でまずご挨拶。ここにも毎年欠かさずお詣りさせていただいています。

階段手前ではテイカカズラの花が甘い香りを放っています。

 

階段を登り切り、いつもの風景が現れます。

 

自分が巨樹に興味を抱きはじめた最初の樹がここにあります。

 

 

スダジイというシイの仲間。幹回りこそまだまだ太いものはありますが、この独特な容姿に心奪われてしまいました。

板状になっているのは幹ではなく根。まるで生き物のような姿は今にも動かんばかりです。長い間この辺りを守ってきた神様のようです。

 

 

この樹をきっかけにあちこちの巨樹巡りをしてきました。訳あって今は少しお休み頂いていますが、この樹だけは毎年欠かさず、ご挨拶しに来ています。

いつの日かまた日本のあちこちを巨樹巡りの旅に出掛けられるようになったと報告ができればと願ってあとにしました。

 

 

スダジイの木々に覆われた「天神の森」のお隣には、今度は樹高のある杉が林立した台地があります。そこが飯高檀林跡になります。

 

その2に続きます。