今年の梅雨は例年と違い、しっかりと雨を降らせて、たまに中休みに太陽が覗くというほんらいの「梅雨」を感じさせてくれています。

そんな梅雨時期の象徴的な花「紫陽花」を観に車を東へ走らせました。
多古町では道の駅側を流れる栗山川沿いに紫陽花が植えられて、見頃を迎え多くの観光客で賑わっています。また北東に3km弱のところにある「日本寺(にちほんじ)」のあじさい遊歩道はさらに人でごった返していました。
どこか人気ない良い場所はないか考えていたら、さらに東の匝瑳市(そうさし)にある飯高檀林跡を思い出しました。
ここは里山が広がる台地の上に造られた、日蓮宗の学問所です。
天正7年(1579年)に僧侶の教育と宗学を研究して極めることを目的として飯高檀林が開設されました。翌年に現在の土地に移っています。日本最古の僧侶の学問所(大学)です。
その後、日本各地に数々の学問所が展開していきます。
明治5年の「学制」発布により、294年続いた学問所は同7年に廃檀となりました。
後、この檀林は売却や取り壊しもありましたが、多くの建築(講堂、鐘楼、鼓楼、総門など)が残り、国や県の重要文化財として今に至っています。
総門から講堂に向かう参道脇に立つ立派な杉、そして林床に植えられた紫陽花があります。
前置きが長くなりましたが、この飯高檀林跡なら人も疎らであろうと勝手に決め込んで向かいました。
早速飯高檀林跡の駐車場に車を停めて歩く準備をします。ラッキーなことに広い駐車場には僅か三台の車しか停まっていません。
折角なので飯高檀林跡の周辺も歩いてみます。
ここはもう10年以上訪ねている場所、何度来ても心洗われる場所です。
まずは飯高神社にお詣り。
苔蒸す石の階段、スダジイが生い茂る杜、ホトトギスの鳴き声。

長い階段を登り切るとやはり苔蒸した参道の先に飯高神社が現れます。

18世紀後半に建立され、拝殿から本殿を囲むように中国の説話に基づく二十四孝の彫刻が施された玉垣が巡らされています。日本一仙人が集まる神社だそうです。
裏手にある山道に回って、次なる場所、「天神の森」へ。
民家の垣根沿いにホタルブクロが咲いていました。

台地が入り組んで、田園が広がります。

その台地のひとつに天神社が建つ「天神の森」があります。
鳥居は台地の下にあり、急な不揃いな石の階段を111段登ると現れます。
鳥居の前でまずご挨拶。ここにも毎年欠かさずお詣りさせていただいています。
階段手前ではテイカカズラの花が甘い香りを放っています。

階段を登り切り、いつもの風景が現れます。

自分が巨樹に興味を抱きはじめた最初の樹がここにあります。

スダジイというシイの仲間。幹回りこそまだまだ太いものはありますが、この独特な容姿に心奪われてしまいました。
板状になっているのは幹ではなく根。まるで生き物のような姿は今にも動かんばかりです。長い間この辺りを守ってきた神様のようです。

この樹をきっかけにあちこちの巨樹巡りをしてきました。訳あって今は少しお休み頂いていますが、この樹だけは毎年欠かさず、ご挨拶しに来ています。
いつの日かまた日本のあちこちを巨樹巡りの旅に出掛けられるようになったと報告ができればと願ってあとにしました。

スダジイの木々に覆われた「天神の森」のお隣には、今度は樹高のある杉が林立した台地があります。そこが飯高檀林跡になります。

その2に続きます。