大和を沈めた空母バターンは、1945年4月19日今度は伊44まで仕留めやがったゾ!!の巻 | 第伍章「あっそう、ふ~ん!!」

第伍章「あっそう、ふ~ん!!」

主に戦史について取り上げてますが戦史には諸説ありますので、明らかな誤記以外はご容赦を!!

空母バターンは、インディペンデンス級の8番艦。
 
 
 
CVL-22 インディペンデンス
 
 
 
日本の真珠湾攻撃を受け、空母の必要性を痛感した
 
ルーズベルト大統領は、建造中の軽巡洋艦を
 
空母に改装することを指示します。
 
それがインディペンデンス級の8隻です。
 
商船を改装した“護衛空母”とは
 
排水量や搭載機数は約30機と似ていますが、
 
元が軽巡だけに高速移動が可能です。
 
 
 
CVL-29 バターン
 
 
 
バターンの初陣は1944年4月21日、ニューギニアの戦い。
 
その後トラック・サイパン島の空襲、
 
1944年6月19日~20日のマリアナ沖海戦に参加。
 
1945年に入ると、第58任務部隊として
 
3月から沖縄近海に出没。
 
4月7日には戦艦大和の攻撃に参加、
 
大和の撃沈に貢献しています。
 
 
 
 
 
 
1944年1月末に就役した伊44は、伊40型の5番艦。
 
 
 
同型艦の伊45
 
 
 
1945年2月21日、回天攻撃隊千早隊として
 
伊368・伊370とともに
 
硫黄島海域に向け大津島を出撃。
 
硫黄島南西海域は、敵の哨戒厳にして
 
攻撃を断念し帰投します。
 
 
 
伊368は2月27日、
 
硫黄島西方沖合で護衛空母アンツィオの
 
艦載機の攻撃を受け沈没。
 
 
 
CVE-57 アンツィオ
 
 
 
伊370は2月26日、
 
硫黄島南方沖合で浮上航走中に敵駆逐艦の
 
レーダーで発見され、爆雷とヘッジホッグの攻撃により沈没。
 
 
 
 
 
 
伊44は4月3日、再び大津島を出撃します。
 
 
 
 
 
 
今度は多々良隊として、向かうは沖縄。
 
 
 
 
 
 
4月18日、南大東島北北東海域にて
 
駆逐艦ヒーアマンのレーダーに探知されてしまいます。
 
 
 
DD-532 ヒーアマン
 
 
 
ヒーアマンが爆雷攻撃開始すると
 
「なんやなんや!わても寄せてえなぁ♪」
 
と、ウールマンが爆雷攻撃を実施。
 
 
 
DD-687 ウールマン
 
 
 
そしてここでも“いっちょがみ”のバターンが、
 
トウゾクカモメのごとく獲物を横取りしようと
 
アヴェンジャー雷撃機2機で爆撃。
 
 
 
 
 
 
結局のところ、マーツ・コレットの共同攻撃により
 
伊44はとどめを刺されてしまいました。
 
 
 
DD-691 マーツ
 
DD-730 コレット
 
 
 
これで沖縄海域における日本海軍潜水艦の喪失は
 
8隻に上りました。
 
 
 
 
 
 
硫黄島の戦いの時でさえその周辺海域では
 
接近が困難だったのに、沖縄戦では周囲の海を
 
埋めつくす敵艦船の集団に、より過酷を極める
 
戦いは目に見えてたはず。
 
それをあえて承知で沖縄に赴く潜水艦乗員の思いは
 
やはり大和たちの第一遊撃部隊と同じだったのでしょう。
 
 
 
やられっぱなしで沈むのではなく、
 
せめて魚雷戦でも回天戦でも、
 
敵と刺し違える作戦で逝って欲しかったですね。
 
 
 
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