子供の頃は北海道にいた為、京都の雅な和菓子の味を知りませんでした。
十勝にあった和菓子屋さんと言えば、お団子屋さんのみで、一部、和菓子を作っているものばかりでした。
十勝は、洋菓子王国だったこともあり、和菓子より、洋菓子屋さんが多かったのです。
十勝平野と言えば、牛乳などの良質な乳製品や、良い小麦が手に入ります。
六花亭や柳月《りゅうげつ》と言った、有名な洋菓子屋さんが多く、各地のデパートの北海道展で人気です。
しかし、デパートの北海道展には出て来ない、小さな和菓子屋さんも、とても美味しいのです。
前にも書きましたが、十勝平野は、小豆の産地です。
豆成金が多く生まれ……地元では、良質な小豆が安く手に入るのです。
十勝平野では、
「うどんは蕎麦屋に、和菓子は団子屋に……」と、相場が決まっているものです。
お団子屋さんは、みたらし団子をメインに販売していました。
しかし、この「みたらし団子」……本物の、みたらし団子とは、少し雰囲気が違っていました。
団子4つに、甘いみたらしのタレがついた物を、みたらし団子と呼んでいました。
関西の人なら分かると思いますが……東京から東日本では、団子が4つの物を、おおむね、みたらし団子と呼んでいるようです。
しかし、これは、みたらし団子ではありません。
正しい「みたらし団子」は、団子が4つの上に、もうひとつ、少し離れて、お団子が乗っているのです。
この形は、五体を表しているそうです。
しかも、京都の下鴨神社のみたらしの池の、お祭りの為に作られた団子を、その起源としています。
さて、話は戻りますが……美味しいにも関わらず、あまり大きくないお団子屋さんたちには、オリジナルの和菓子ではなく、桜餅や、大福などの、普通の和菓子を作っていました。
もちろん、時代が時代ですので、機械ではなく、すべて手作りですた。
それがまた、とても、美味しかったのですが……。
なお、このブログは「播磨陰陽師の独り言」の第45話を再編集したものです。
