今夜からジグゾーパズルを始めた。

パズルをしながら思ったことをつぶやいていきたい。




はるかのインドネシアンな日々

さあ、できるところから始めよう。

必要のないピースなど何もない。

5年前、日本語教師1年生だったわたしが初めて任された授業は、「作文」だった。


対象は、中国長春の高校3年生。

中国語の分からない新米日本人日本語教師が教壇に一人で立たされたわけだが、

幸運なことに、このときの高校3年生は学校創立以来最も優秀な学年とされていて、

中国国内の全国スピーチ大会での優勝者を輩出したのもこの年だった。

よって、授業態度もすこぶる良く、作文の質も極めて高かったことは言うまでもない。



当時、わたしが行っていた授業というと、

ある作文のテーマを与え、その作文を書くために使うと思われる文法項目を説明し、作文を書かせる。

これを1コマ45分の授業で行い、授業後提出された作文を自宅でひたすら添削。次の授業時に返却、

という流れ。


日本の日本語学校に勤めていたときも『「作文」の授業は、授業中は楽(学生が書いているとき、ただ見回っているだけ)だけど、授業後の添削が大変よね~』と同僚の先生たちは話していた。

おそらく、「作文」の授業を文法理解の延長、発展型、と捉えていたと思う。


はるかのインドネシアンな日々
ピア・ラーニング入門 ―創造的な学びのデザインのために 池田玲子・舘岡洋子著(ひつじ書房 2007)


ピア・ラーニングとは文字通り。ピア(peer:仲間)と協力してラーン(learn:学ぶ)方法。

言葉を媒介として、学習者同士が協力して学習課題を遂行していくその過程自体こそが学びである、ということである。


書いた作文を教師に提出し、教師が学生に返却するという従来の方法は、教師と学生の1対1のやりとりのみで、さらに大抵の場合教師が自宅で添削していることから、学生は教師と自分の作文について対話ができず、教師→学生の一方的なものになりがちである。これは赤ペンで修正された教師の文字に沿って書き換えるしかない状況に追いやってしまうことになる。

教師は、間違いを修正してあげたいという思いで時間をかけて添削をするわけだが、実際赤ペンだらけの作文が手元に返ってきたときの学生の気持ちはどうだろう。教師添削を受けた学習者インタビューの結果は次のようなものだ。


・先生はいつも自分の知らないきれいなことばで直してくれた。それはとてもいやだった。(イギリス人学習者)

・先生が赤ペンでチェックしたものが自分はたくさんある。「なんか自分はだめだな」と感じたんです。(韓国人学習者)


教師添削における教師の時間と労力は見事なほど報われていない。。。



今期の担当授業の中に「作文」があるので、ピア・ラーニングを試してみたい、、、でも成功するか分からない、、と不安があったが、TT(ティームティーチング)で一緒に授業に入っている現地の先生に相談してみたところ、

「面白そうですね~やってみましょうか。」とのこと。

昨日の授業で早速取り入れてみた。



①3人グループを作る。

②グループの2人の(先週書き終えた)作文を読んで、日本語でコメントを書く。

  (コメントの内容は、いいところ、直したほうがいいところ、質問など。)

③コメントカードを渡す際、インドネシア語でもいいので、ディスカッションして、考えを深める。

④現地教師と日本人教師(わたし)が事前に作文を読んで書いておいたコメントカードをそれぞれに渡す。


宿題:今日の授業やコメントカードを参考にして、もう一度作文を書きなおしてみること。



全てのグループの対話を聞いたわけではないので、なんとも言えないのだが、

非常にいいムードで90分の授業が進んだ。

ネイティブのわたしが気がつかなかった漢字の誤りを指摘しあったり、

一つの文法表現についてかなりエキサイトしたディスカッションが行われているグループもあった。

ピア・ラ―二ングの「過程こそ学び」とはこのことかな、と。

初めての試みにしては、まあまあの充実感を得ている。これぞリアウマジック

わたしは自分の学生をべた褒めしてしまっているが、

どんな活動をしても、こちらの意図を捉えとにかく一生懸命取り組んでくれるのがリアウ大学の学生である。

こちらの腕が上がったのではないかと錯覚してしまうほど。


確かに5年前、わたしの作文授業をとっていた学生には深くお詫びを申したい気持ちでいっぱいである。

さらに、5年後、リアウ大学の学生にお詫び申したい、と思っているかもしれない。

とりあえず、今は目の前のことに全力投球野球



長々と読んでいただいてありがとうございました。

ホリエもんのブログを意識してみました。


ザ・歌謡曲 という感じのTune。



Cari Jodoh

http://www.youtube.com/watch?v=44dC-GjFMzc&feature=related




この曲、歌詞がすごいんです。

【サビの部分】


Ibu-Ibu Bapak-Bapak siapa yang Bilang aku aku yang tengah mal

(子供がいるというお父さん、お母さん方、 わたしは今恥ずかしいんです。)


Sama taman-taman aku kerena cuma diriku yang tak laku-laku

(友達の中でわたしだけ、恋人がいないんです。)



このあと、誰か恋人探すの手伝ってください~というような意味の歌詞が続きます。


かなり切羽詰まっているようです(((( ;°Д°))))





このサビの曲に合わせて、


「子供がいるお父さん、お母さん  誰か紹介してください。

 わたしだけ恋人がいません。誰かいませんか~音譜


と勝手に日本語訳を作って歌っていたら、



Cari Jodohの日本語版を歌えるらしい・・・という噂がどうやら広まったらしく、

結構な数の学生に、携帯電話の動画機能を使って録音されました(・Θ・;)



帰国したあと、学生の携帯に、

「わたしだけ恋人がいません。誰かいませんか~。」とわたしの声が残るのかと思うと・・・しょぼん