しばらくブログを更新していませんでしたリラックマ

それでも毎日アクセスしてくださる方々、ありがとうございます。



インドネシアで日本語を教えると決まったのは、2008年の2月。

ちょうど2年前。

ドキドキしながら渡航日を待ち、あっという間にインドネシアでの日々は過ぎ、

何事もなかったかのような実家生活、テレビ前で五輪漬けの日々。

こんな生活も来週あたりから少しずつ変わろうとしてます。



というわけで、「インドネシアンな日々」と題して1年半ほど更新してきたこのブログを今日限りで閉鎖しようと思います。



必ずや、また何処かでナゾの人




はるかのインドネシアンな日々

東京・月島のもんじゃ。



一緒に食べたのは、なんとこの人!



はるかのインドネシアンな日々


wiwiちゃん~。

インドネシアはスマトラ島のリアウでわたしが半年間近く同居していたwiwiちゃんです。



5ヶ月ぶりの感動の再会。しかも日本で!!


会って30分は、


「wiwiちゃん」

「はーちゃん」

「wiwiちゃん」

「はーちゃん」


しか言葉が出てこず、ただただ抱き合う2人・・・・。



その後は「食べる」「喋る」「食べる」「喋る」を繰り返しました。



夕食はわたしの姉も交えて三人でイタリアンをば。



キティちゃん 「うちのはーちゃんと一緒に住もうって言ってくれてありがとうね。よくそう決めてくれたね。」


wiwiマイメロ「はい。ちょっとかわいそうだったので・・・。」



リアウに上陸したその日に、学長や副学長のお話を隣で座って通訳してくれたのがwiwiさんでした。


緊張と。不安と。それを取り除ける材料が一つも見当たらなくて。


翌朝wiwiさんが「一緒に住みませんか。」って言ってくれたときのことは今でも覚えています。

どんよりとした心に明るい光が差し込んできたのです。本当に救われた思いがしたんだ。あのとき。



こんなにも大事な存在になるとは思わなかったし、


はるかのインドネシアンな日々

1年後に六本木で一緒に写真を撮っているなんてことも想像できなかった。



インドネシアで出会ったことも、

一緒に住んでいた日々も、

そして今回もんじゃ食べて六本木をぶらぶらしたことも、

すべて1年以内に起こっていること。



未来は予測できない。たった1年後のことでも。



2010年


どんな出会いがある?

どんな話をする?

何を感じる?



生きてるって本当にドラマチック音譜音譜


わずか2ヶ月で届いた。船便もなかなか使えますね。


はるかのインドネシアンな日々

と思いきや、




はるかのインドネシアンな日々


破損。


その正体は、

学生からもらったガラスケースに入った船の置物。

帰国直前にもらったもので、

布とかプチプチに包んでいれたのだけれど、

神戸に着いた時点で粉々だったのだそうな。



さきほど家に来てくださった郵便局員さんは、

何がどう壊れたのか、

その状態と凡その金額などをメモし、写真を数枚撮り、

損害賠償の話をして帰ってゆきました。



神戸に着いた時点で壊れていたのだから、どう考えてもインドネシア側で起きた事故。

盛岡に勤める郵便局員さんはまるで関係ないのだけれど、

わたしよりもずっとずっと残念そうな顔をして、丁重に謝ってくれました。


誰のせいにするでもなく、

お客様の立場に立って仕事をすることが自然と身についている日本人は素晴らしいなぁ。



日本→外国に送ったものが万が一破損していたら、

きっと、「ここに着いた時点で壊れてたよ~」の一言で終わったことでしょう。



そして粉々になったガラスをまとめて新聞紙にくるみビニールで梱包してくださった神戸の郵便局員さんにも感謝です。



この国に生まれてきたことを誇らしく思いました。