ひだまり 日常生活 -37ページ目

ひだまり 日常生活

日記を書くことで考えを整理したり、気づいたことを記しています

                

司馬遼太郎さんの「歴史と風土」をようやく読み終えました。
1月はじめくらいから読み始めたので、随分ゆっくりでした。

知らない言葉や事柄、人物について調べながら読めば、
より深く理解出来たのかなぁと思います。

なかでも、「維新のあとしまつ」という随筆では、
日本で健全な野党が育たなかったことや
不満をもっているところをを辿ると
西郷隆盛のあたりまでさかのぼるといった
記述があります。
そのあたりの理解が足りないから、
わたしは今の政治の現状を見ても、
なかなか理解できない点が多いのかもしれません。

「征韓論」ひとつにしても、
言葉は学校で習った記憶がありますが、
この語句の印象が強すぎて、恥ずかしながら
武力で制圧するようなイメージしかありませんでした。

西郷隆盛や勝海舟、島津斉彬らが、
日本、中国、朝鮮が同格で互い連盟を結んで、
西洋の侵略を防ぐ、そして、ともに開花していく、
といったことを考えていたとは・・・

時代の急激な変化に、人々はどのように
対応していったのでしょうか。
国家や政治、法律や市民の権利について、
当時の人々は
どのような概念を持っていたのでしょうか。

今、当たり前のようにある自由や権利について
もう少し考えてみたいと思っています。



この2月はうれしい訪問者が来られました。
芸術家の方で、
権威ある展覧会で初めて特選をいただいたといって、
とても喜んでおられました。

入選は今までは何度かあったものの、
特選となるとなかなか難しいようです。

今年こそは、今年こそは、と思っている時には、
なかなか特選に選ばれず、
そこまで思い入れがなかった今回、
特選に選ばれたという話でした。

いいように力が抜けたのかも?
とおっしゃってましたが、
その作品を絵葉書で拝見したところ、
確かに変なリキミがないように見えました。

作品を作り続けるには、
買っていただける後援者がいないと、
なかなか成り立たないそうです。

アルバイトなどをしながら、
作品を作り続けている方もいらっしゃるという
お話でした。

そう、考えると、
素晴らしい作品だから、後援者がつくのか、
後援者がつくから、素晴らしい作品が出来るのか?

卵が先か、にわとりが先か
みたいな話だなぁと思うのです。


久しぶりの更新です。
気が付けば、2月もあと数日になりました。
また、少しずつ書いていこうと思います。

ひとつは、保険の見直しをしました。

民間保険会社の個人年金をかけていたのですが、
検討した結果、払い込み済みにすることにしたのです。
利率の良いころの保険だったので、
後ろ髪をひかれる思いでした。

個人年金には自動貸付制度といって、
口座から引き落としができなかったりすると、
自動で貸し付けとして処理されます。
また、貯めたお金から借りることもでき、
融通か利くという意味では、便利な制度ですが、
あれよあれよと、この貸付が大きくなり、
利子だけで毎月1万円くらい支払うことになっていました。

それで、検討した結果、
全額返済する・減額する・払い込み済みにする
という選択肢があがりました。

全額返済は厳しいので、まず減額を検討しました。
最低金額として3,000円まで可能ということでしたが、
ところが計算すると、延々と利子を払って
元金(借金)が少しも減らないのです。

そして、残りの選択肢である払い込み済み。
ところが、一定金額以上ないと、
払い込み済みにできないということでした。

今回、預金などを取り崩して、こちらに充てました。
とりあえず、これで、いくらかでも将来、確実に
お金が入るということになります。

問い合わせでは電話のオペレーションを利用しました。
保険商品が多くて、対応する人も大変かもしれませんが、
プロフェッショナルでない印象を受けました。
こちらから、しつこく納得するまで、
聞かないといけません。

実際の手続きは営業の人が来て
手続きするとのことです。

払うのが簡単で、もらうのが難しいのが
保険なのかな?って感じました。




日常に戻って(実家から帰って)10日ほど過ぎました。
戻って間もないのころは、
自分の生活を客観的に観ることが出来ました。
【日々の雑用や支払いに追われて目標を見失いがちだ】
と猛反省したり、
【もっと、部屋を片付けて頭をスッキリさせたい】とか、
いろいろなことに気が付いたのですが、
今は、再び目先に追われる日常に戻りつつあります。

帰ってきたときの感覚を維持したいところですが・・・

部屋を整理していたら、
『中国古典 一日一話』という本が出てきました。

老子・荘子・韓非子・論語などを端的に説明されていますが
ビジネスマン向けに書かれたものですから
どうも翻訳や解釈を現代向けにしていて、
無理のあるところもみうけられます。

最近、老子の道徳経というのをかじっています。

どうしても翻訳者の意図がふくまれるので、
なるべく原文のまま読むとよいということを
聞いたのですが、とても難しいです。

第十三章が気に入ったので、記しておきます。
you tube 朗読↓




心にとめておきたいと思ったのが後半。

そこで、その身を大事にしながら天下のためにする者ならば、
その者に天下を託することができ、
その身をいとおしみながら天下のためにする者ならば、
その者に天下を預けることが出来る。




原文:
寵辱若驚。貴大患若身。何謂寵辱若驚。
寵爲上、辱爲下。得之若驚、失之若驚。是謂寵辱若驚。
何謂貴大患若身。吾所以有大患者、爲吾有身。
及吾無身、吾有何患。
故貴以身爲天下、若可寄天下。
愛以身爲天下、若可託天下。

先週、2日ほど実家へ行きました。実家といっても、
育った家は親が会社をたたむ時売却したので、
現在、親が住んでいるのはアパートです。
そこに引っ越してから随分なりますが、
行くのは初めてでした。
荷物の整理というタテマエでしたが、
実は、【ありがとう】のお礼を言いに行きたかったのです。

実際は面と向かって、
「育ててくれてありがとう」とは、
照れくさくてなかなか言えませんでした。
f^_^;

ありがとうを言いにいこうと思ったのは
閑散期で時間がとれたということもあるのですが、
以前、テレビで医師で元プロボクサーの川島実氏の
ドキュメンタリー番組を見たことがきっかけです。

川島氏は東日本大震災の被災地の病院へ
山形からボランティア医療で通い、
のち常勤医不在の病院でたったひとりで院長として
医療活動に尽力されました。
他の医師を呼び込む活動もされて、
病院の再建にも取り組まれました。

そんなとき、
彼のお父さんが余命いくばくもない状況になり、
苦渋の決断の末、奈良の実家へ帰り、
家族で彼のお父さんと過ごすことにされました。

川島先生のお父さんが
「ありがとうっ言ってもらえてうれしい」
というシーンがあり、
わたしも親に【ありがとう】を伝えておきたい!
そう思ったのです。

実際のところ、好きな人生を歩めて幸せ~
という趣旨のことを言うのが精一杯でした。

川島先生が紹介されているページ↓
[coffeedoctors]
http://coffeedoctors.jp/doctors/1527/