ひだまり 日常生活 -26ページ目

ひだまり 日常生活

日記を書くことで考えを整理したり、気づいたことを記しています

                

*無理して頑張って得たことへの執着

一般に頑張って得たことへの執着に財産や名誉がありますが、私の場合は職業技術です。
職人の世界では「仕事は眼で見て覚えよ」、そういう発想でろくすっぽ説明もしてもらえません。
今は分りませんが、私の頃はまだそういった考えが残っていました。

習得するのに3年だ8年だのと言いたがるのですが、実際には下積みも含めた期間で、具体的にプロセスを踏んで教えてもらうと、意外と早く体得できるものだと思います。
手品のタネあかしみたいで、教えるとすぐに追いつかれることもあってか、業界の職人気質は寛容さが失われ、保守的な思考で威勢を張りたがる傾向がありました。

一度社会に出た後、専門学校を経て入った私にとって、職人の世界はカルチャーショックでした。
近い将来、機械に代わってしまう仕事を見限って転職を決めたので、意地もありましたから職場では上の人にへつらったり我慢もしました。



ちょっと知り合いになると軽い気持ちでこの職業技術を教えて~と言ってくる方がいらっしゃいます。
私はものすごく偏狭な気持ちになって、利害が生じるわけでもないのにそう簡単に教えてたまるかと思うのです。

また、この仕事について「生活必需品ではないから」と言われたことが、とても悔しくて頭に残っています。
「生活必需品ではないから、生計を立てていけない」と暗に言われた気でいるのです。
この一言は職業のみならず、自分の人生をも全否定されたように受け取ってしまいました。
しかし、よく考えてみると、それは物事の一面をとらえた発言であって、何もその職業や私、まして人生を否定されたわけではないと、今さらながら思いなおしました。

無理して頑張って得たものは自分にとって大切ですから、失ったり否定されたくないものだと思います。
その気持ちが過剰に働くと強い執着心となって、先ほどのように全否定されたという間違った解釈をしてしまったのかなと振り返るのであります。

今までの私は簡単な手品を必死に盗られまい、壊されまいとしていたのかもしれません。




聞くところによると、私の住む自治体には空き家が4000軒近くあるそうです。
ちょっと辺りを見ただけでも、この集落で空き家またはほぼ空き家が10軒ほどあり、住んでいるところより空き家のほうが多いのが現状です。
空き家活用とか言ってますけど、仕事がなければ活用のしようがありません。
これから経済状況が厳しくなると固定資産税が払えない人も出てくるでしょう。
そういう私もいつまで固定資産税が支払えるやらわかりませんが、支払えなくて追い出されると、もう空き家だらけになるというわけです。

さて、個人的には住居が家でなければならないと執着しているわけではありませんが、住める場所の確保に執着があります。
というのも、小学生の頃、赤紙を貼られて家を追い出された経験があるからです。
ある晩寝ていると、大人達が言い争いをしている怒号が聞こえてきました。
そして、怒鳴り声を出しているのに、私が寝ているはずがないというのです。
寝ているふりをしていた私はたたき起こされ、その後あるおじさんのアパートの一室で生活しました。
わたしにとっては、その暗くて湿っぽいアパートも嫌でしたが、何より寝たふりしていると非難されたことのほうがよっぽど嫌でした。

そんな経験もあるせいか、私の中では家を追い出されることと怒号が一緒になって記憶されているので、余計に家から追い出されること(強制退去)に恐怖を感じているのかなぁと自己分析するのであります。


昨夜は漠然とした不安を感じました。

そして、いつもより早く目が覚めると
その不安感はおさまっていました。



もう、柳の綿毛が飛ぶ季節です。

上を向くと



たらの芽は手の届かない高いところに。

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勿忘草は、植え替えても植え替えても、
自分の咲きたいところで咲きます。


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感傷的になるのは緑が眩しいからでしょうか。



あたりまえだと思っていた自然の営みを
奇跡と感じたからかもしれません。


 市の広報を何気なく見ていたら、ある地域(旧○○村)の人口が300人余りになっていました。
これでは、コミュニティの維持もままならないのではないでしょうか。

平成の大合併で私の住んでいる地域で吸収合併された町村は10前後です。
今では人口の3分の2が旧市内の中心部に集中しています。

最近は駅前開発や観光で市の中心部だけに注力している感があり、他の旧町村は立ち遅れているのではと思っていました。
私の住んでいる地域の観光にも力を入れて欲しいと思っていて、私は他の地域も同じ感覚のような気でいました。

それが、この300人という数字を見て、この地域の人たちはそれどころではないのではないかと気づいたのです。
最低限の行政サービスを受けられることが関心事かもしれませんし、観光だけでなく農業が関心事かもしれません。

私は自分の感覚だけで物事を考えていたことに気付きました。

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最近知った言葉に「イドラ」があります。

フランシスベーコンの言葉で、
先入観や偏った物の見方という意味で幻影と翻訳されます。

・種族のイドラ(自然性質によるイドラ)
・洞窟のイドラ(個人経験によるイドラ)
・市場のイドラ(伝聞によるイドラ)
・劇場のイドラ(権威によるイドラ)

なかでも「洞窟のイドラ」 それは、・・狭い洞窟の中から世界を見ているかのような、各個人がもつ誤りのこと・・
という意味だそうです。(ウィキペィアより)

私が他の旧町村の人も同じ感覚でいると思っていたのは、
まさに「洞窟のイドラ」では?と自覚したのであります。

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洞窟から出て現状をありのまま認識できるようになりたいなぁ

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今朝、散歩の帰りにわらびを発見しました。
何かみつけた時は嬉しいものですね。
人間そんなふうに出来ているのかもしれません。

雨が降って桜も散り始め、
春が駆け足で去って行きそうです。

数日前、お客様からある指摘をうけました。
今までは、こころに余裕がなく、
指摘に耳をふさいでいましたが、
今回は素直に耳を傾ける事が出来ました。

最近の世の中、誰が相手のことを思って
指摘をしてくれましょう。
指摘されるってありがたいなぁって
そう思った次第です。




今までは指摘と厭味を混同していたような。
余裕があるとそれを見分けられる!
私なりの発見です。

そして、今日も他の方から別の指摘をうけました。
素直に受け入れられるのは、こころの余裕とともに
ある程度信頼関係があるからかもしれませんね。

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いつも自画自賛のブログにお付き合いくださいまして
ありがとうございます。
お仕事の方も、お休みの方も
素敵なゴールデンウィークをお過ごしください。

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