「事依さし」に関するノート 其の三 | ひだまり 日常生活

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「事依さし」と「言向け」

【國むけ御はかりの段】
此(この)葦原中國(あしはらのなかつくに)は、吾(あ)が御子(みこ)のしらさむ(所知)國と、ことよさし(事依)給(たま)へる國なり、故(かれ)此國(このくに)に、ちはやぶる あら(荒)ぶる國神(くにつかみ)どものさは(多)なるとおもほす(以為)は、いづれ(何)の神をつか(遣)はして言向(ことむけ)なむとのりたまひき、…

「言向く」:言葉で説いて説得して服従させる。平定する。
     言は事であり、向くはこちらを向かせる。(向くは背くの反対)



【大國主ノ神 國さりのくだり】
…おのれ(己)命(みこと)の御子(みこ)天夷鳥命(アメノヒナトリノミコト)に、經津主命(フツヌシノミコト)をそ(副)へて、天降(あまくだ)し遣(つかは)して、あら(荒)ぶる神どもを言向(ことむけ)、國つく(造)らしし大神(おほかみ)をもこび(媚)しづ(静)めて、大八嶋國(おほやしまくに)、うつし事(現ごと)あらはに事(顯ごと)、事さ(こと避)らしめき、故(かれ)大穴牟遲命(オホナムヂノミコト)、大八嶋國(おほやしまくに)事避(ことさり)まつ(奉)りて、己命(おのれみこと)の和御魂(にぎみたま)を、八咫鏡(やたかがみ)にとりつけて(取託)、倭(やまと)の大物主(オホモノヌシ)、櫛𤭖玉命(クシミカタマノミコト)と御名(みな)をたゝ(稱)へて、大美和(おほみわ)の神那備(かみなび)にませて(令坐)、皇御孫命(すめみまのみこと)の近守神(ちかきまもりがみ)と、たてまつり(貢)お(置)きて、八百丹杵築宮(やほにきつきのみや)にしづまりましき(鎭坐)、…


…故(かれ)、建御雷神(タケミカヅチノカミ)、返(かへ)り参(ま)ゐ上(のぼ)り、葦原中國(あしはらのなかつくに)を言向(ことむ)け和(やは)し平(たいら)げつる状(かたち)を復奏(かへりことまを)しき。※


【布都御魂(ふつのみたま)と八咫烏(やたがらす)】
…故(かれ)天の神の御子(みこ)《神倭伊波礼毘古命-神武天皇》、その横刀(たち)を獲(え)し所由(ゆえ)を問ひたまへば、高倉下(タカクラジ)答へまをさく、「己(おの)が夢(いめ)に云はく、天照大御神(アマテラスオホミカミ)・高木神(タカギノカミ)二柱(ふたばしら)の神の命(みこと)以ちて、建御雷神(タケミカヅチノカミ)を召して詔りたまはく、『葦原中國(あしはらのなかつくに)はいたくさやぎてありなり。我が御子等(みこたち)不平(やくさ)みますらし。その葦原中國は、専(もは)ら汝(いまし)の言向けし國なり。故(かれ)、汝(いまし)建御雷神(タケミカヅチノカミ)降(くだ)るべし』とのりたまひき。ここに答へてまをさく、『僕(あ)は降(くだ)らずとも、専(もは)らその國を平(ことむ)けし横刀(たち)あれば、この刀(たち)を降すべし』とまをしき。この刀の名は佐士布都神(サジフツノカミ)と云ひ、亦(また)の名は甕布都神(ミカフツノカミ)と云ひ、亦の名は布都御魂(フツノミタマ)と云ふ。この刀は石上神宮(いそのかみのかむみや)に坐(いま)す。 …

不平(やくさ)み:病気になること
《》内 引用者注



【初國(はつくに)知らしし天皇(すめらみこと)】(崇神天皇)
…ここを以ちて各遣はさえし國の政(まつりごと)を平(ことむ)け和(やは)して覆奏(かへりことまをしき)。ここに天(あめ)の下 太平(たひら)けく、人民(たみ)富み栄えき。…

上の二段落は『神代正語』より、※の段落以下は『神代正語』には記述されていないため、一般書籍の『古事記』より引用。



▼思うこと
古代は「事」と「言」が分かれおらず、事(コト)は言(コト)であり、言は事であると言われています。「言向け」「言向け和(やは)し」「平(ことむ)け」「平け和し」と微妙に表現が変わっていって、実に考えられて言葉を選んで記されている様が窺えます。

天神(あまつかみ)がその御子に事依さす、一方、國神(くにつかみ)には言向けます。「依さす」と「向ける」。この表現の違い、意味の違いなどを考えるとき、生き生きとした『古事記』の世界が蘇るのだと思います。