思考と判断の根底を探して(2)~民族性~ | ひだまり 日常生活

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抑圧から逃れてきたその国の人々は
田舎に住む祖父母のような懐かしさがあった。

人が元来持っている素の人間味とでもいおうか。
懐かしさに民族の特性、血のようなものを感じた。

これとは別に、その国の人々が独立や戦況、
指導者の話をするときもまた、民族の血であった。
このとき、私が傍観者なのは言うまでもない。

話が始まると、いつ終わるか検討がつかない。
二時間三時間は常で、議論が熱くなり
席を立って帰ってしまう人もいた。

他民族と国境を接していない日本人には理解し得ない
何かがそこにはあった。

   



民族とは共通観念や共通認識のもと、心と心の間で絶え間なく共鳴し、呼応されているもののように思う。それが形となって現れたのが言語や風習、文化ではないだろうか。形ではないが「思考の特徴」は土台に近い。日本人の思考の特徴とは如何なるものか。仮に日本が島国ではなかったら、私はどのような思考と判断をし、どんな人生を送っていただろう。私はこれを書きながら日本の地理的な必然性から生まれた我々の奥にある「危機感の欠如」を危惧している。