私たちはベルヴューでトラムを降りた。
ベルヴューは素晴らしい眺め、とでも訳すべきか。
そこから湖は南に広がっているが端は見えない。
ベンチに腰をおろし行きかう船を眺めていると
ひときわ人影の多い一隻をみつけた。
船上結婚式らしい。
かすかに聞きとれる祝福の声。
そのときの私は希望しか見ていなかった。
「夢は?」
「夢なんて、ないよ」
「祖国が内戦状態で夢なんて持てるわけない」
突如、思考ができなくなった。
その悲惨さと苦悩を私は何度となく聞いていたのだ。
人々は出稼ぎの仕送りがないと生活できず、
街は他民族に支配され、路地を歩くことすら危険を伴う。
交戦参加の直前に自分の写真を全て捨てたのは、
遺された家族がそれを見て悲しまない為である。
これほどの、いや、これ以上の事実を知っておきながら、
これらの事実は単なる情報として私の脳で処理されていた。
相手の立場で考えることはおろか理解さえしていなかった。
悲しげな眼は、そんな私を哀れむ眼だったのだ。
あれから、どれくらいなるだろう。
「心情をおもんばかる」
周囲の人々の心境、状況、背景、立場・・・
私には何がわかっているのだろうか。