思考と判断の根底を探して(1)~失言と理解~ | ひだまり 日常生活

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日記を書くことで考えを整理したり、気づいたことを記しています

                

私たちはベルヴューでトラムを降りた。
ベルヴューは素晴らしい眺め、とでも訳すべきか。
そこから湖は南に広がっているが端は見えない。

ベンチに腰をおろし行きかう船を眺めていると
ひときわ人影の多い一隻をみつけた。
船上結婚式らしい。

かすかに聞きとれる祝福の声。
そのときの私は希望しか見ていなかった。

「夢は?」

「夢なんて、ないよ」
「祖国が内戦状態で夢なんて持てるわけない」

突如、思考ができなくなった。
その悲惨さと苦悩を私は何度となく聞いていたのだ。

人々は出稼ぎの仕送りがないと生活できず、
街は他民族に支配され、路地を歩くことすら危険を伴う。
交戦参加の直前に自分の写真を全て捨てたのは、
遺された家族がそれを見て悲しまない為である。

これほどの、いや、これ以上の事実を知っておきながら、
これらの事実は単なる情報として私の脳で処理されていた。

相手の立場で考えることはおろか理解さえしていなかった。
悲しげな眼は、そんな私を哀れむ眼だったのだ。
あれから、どれくらいなるだろう。

「心情をおもんばかる」

周囲の人々の心境、状況、背景、立場・・・
私には何がわかっているのだろうか。