知恵の初め | ひだまり 日常生活

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日記を書くことで考えを整理したり、気づいたことを記しています

                

今になって、不思議と母校の教育理念が心に浮かびます。
それは、自由 愛と奉仕 です。その中でも、私は以前から自由に対して漠然とした問いがあり、それが心の奥に漂っている、そのような感覚です。

先人は、「自由になるのが、自分の思考だけであることを完全に納得しきった※」はずなのに、その思考さえ何かに影響されているのではないかと疑います。考えてみると、社会において自由自体が作り出す問題やその背景を、私はいかほども理解していません。理解せずして社会が抱える窮状に対し、私は疑念を持ち続けているのです。


INITIUM SPIENETIÆ TIMOR DIMINI
 イニティウム・サピエンティアエ・ティモル・ドミニー
  主を畏れることは知恵の初め

これは母校校舎の礎石に刻まれていた言葉です。私は主の概念を明確に把握していないため、この文がしっくりきません。しかし、主という言葉を森羅万象、自然の摂理と置き換えると納得します。

森羅万象、自然の摂理 
これに畏敬の念を抱くことは知恵の初めである


大きな問いには、このような謙虚な姿勢と冷徹な眼、さらに自分以外の視点という助けを借りる必要があると気づきました。なぜなら理解しようとすることは、予想しているよりもはるかに深いところにあると感じるからです。







※引用 縦書き文庫 : 『方法序説』 (40/118)
 http://tb.antiscroll.com/novels/library/2085?p=39