また、摂取するだけで痩せるというダイエットサプリやお酒を飲んでも大丈夫という触れ込みのものも、結果だけを求めた商品だと思います。
そして、過度な金融政策(金融緩和)も素人目に見て、数字だけを求めすぎているように思えてなりません。
いずれも外圧がかかって、本筋を見失っているかのようです。
一方、実際に結果を出さないとやっていけないことも現実なので、私はこの現実をどうとらえてよいのかわかりません。
結果だけを求める人、結果のみを見て批判する人、結果に翻弄される人・・
そういう私も実際、結果しか見えないときがあり、それだけを見て判断や批判し、結果に一喜一憂したりします。
ただ、最近少し考え直したことがあります。
それは、今までは自分がおこなったことに対して「それ見たことか」と、そしりを受けるのが嫌だったのですが、結果だけを見て批判する人に言われたところで、その批判は検討に値しないなと思うようになりました。
=「模倣と独立」『漱石文明論集』より抜粋=
「・・・その遣方(やりかた)の善し悪しなどは見ないで、唯結果ばかり見て批評をする。それであの人は成功したとか失敗したとかいうけれども、私の成功というのはそういう単純な意味ではない。仮令(たとい)その結果は失敗に終っても、その遣ることが善いことを行い、それが同情に値いし、敬服に値いする観念を起させれば、それは成功である。そういう意味の成功を私は成功といいたい。・・・」
この文章の前には、学校騒動を改革する校長先生の話のほか、親鸞や明治維新(原文では明治改革)を例に挙げ、“その遣ること”は人々が共感し、相応の根拠(根柢)が必要である、このようなことも記されています。
自分が為そうとすることの根拠があやふやで、明確に説明出来ないから批判を恐れてしまうのではないか、今、私はそう考えています。

「模倣と独立」は、漱石が第一高等学校にて学生を対象とした講演です。
終始ほとんど、「模倣」をイミテーション(imitation)、「独立」をインデペンデント(independent)と英語で表現されています。
・人は模倣する ・独立自尊の傾向をもっている
一人の人がどちらも持っているこの両面の分析・洞察が講演の主題です。
この時代(大正二年)では、イミテーションもインデペンデントも両方が大切だと述べられていますが、どちらかというと自分から何かしたいとするインデペンデントのほうが当時の日本の状況からいえば大切であると終盤結ばれています。
※抜粋=p.168~169 「模倣と独立」『漱石文明論集』岩波文庫