自分の住んでいる地域を客観視したくて、先月、私は日帰りで、ある温泉地の視察に出かけました。
環境や交通のアクセスなど双方の特性を認識できて、課題も明確になったので行ってよかったと思っています。
視察したところは近隣に景勝地がないため、そこには旅行者の楽しめる工夫が随所にありました。
展示施設や文化的な催しのほか、足湯の整備にも力が入っていたのです。
これらを見て、私の地域は景勝地の恩恵に頼りすぎて、旅行者に楽しんでもらう姿勢が足りないと感じました。
視察地で気になったのが展示施設や連日開催されるイベント、足湯管理などの費用です。
これらには相当の資金が費やされていると思います。
そして、一定の資金が継続的に供給されなければ維持できません。
私が住んでいる温泉地には、その資金がないのです。

そうなると金銭では為し得ないことに眼を向けなければならないという発想が出てきます。
例えばサービスの向上、情報共有やその的確性、鄙の情緒をアピールしたり、不便さを逆手にとることなどです。
どれもすぐに効果が得られるものではなく、目に見えた分かりやすさもありません。
「このようなことを言っている段階ではない」そう言われれば御尤もです。
実際に観光協会の会費はこの2年ほどで未収金が500万円にもなり、すぐに効果のあるものをと多くの人が考えています。
しかし、資金を費やして目先の効果を得たとしても、広告費用は定期的に必要ですし、展示や催しも資金を投入し続けなければすぐに飽きられてしまいます。
それよりは、ひとの活力(人力)でやっていく方向に焦点を絞って、旅行者の単なる満足感だけではなく、自然の中のささやかな楽しみ、都会と違った価値観や、非日常の体験など精神的なものにシフトしていくほうがよいと思うのです。
それをした段階でメディア戦略やスポンサー企業への交渉を図る、私の勝手な空想ですけど。
「そんなこと言っている場合じゃない、何をするにも資金が必要だ」と嘲笑されればそれまでで、そこで議論は終わってしまいます。
資金(補助金)に頼りたい人が多く、その資金は供給され続けなければならないこと、さらに、人々が分かりやすい満足感やお得感を求めているところに難しさがあるのかなと思います。
そして、金銭では為し得ないことは労力が必要で、さりとてすぐに効果が出ず、誰もがその結果を待ってられないのです。
視察以来、観光地(温泉地)の活路について検討しましたが、私は何度考えても結局、『ひとの活力(人力)』に行き着いてしまいます。
