fuku


           ひらいて

           ゆくたび

           すこしずつ
           魅せられる           
           人になる


トクベツな何かを持っていなくても。
誰にでも見せられるような、自信のある自分じゃなくても。
ひらいてゆけば、すこしずつ魅せられる自分になってゆく。


それは、「言葉にすれば夢は叶う」って法則と、なんとなく、
どこか似ているような気がする。


「見られていれば、魅せられる自分になってゆく」


人は、きっと

誰かの視線を意識することで、成長してゆくものだから。


──魅せられる人になれたら、心はいつも晴れ。


Photo:  by Naomi Okunaka


kaeru


       兵隊あるきの君がきて

       「ママたいちょう!」

       と言うものだから

       隊長らしくこたえましょう

       「何でアリマスカ?」


furimuku


       「なに?」と、ふりむく
       そのまなざしが

       いとおしく
       用もないのに
       呼んでみたり

呼びかけたら、いつもふりむいてくれる人。


まっすぐな、そのまなざしにふれると、
「信頼」って言葉が、

この世界に存在することを、あらためて思う。


──誰かを「信じる」こと。
──誰かに「信じてもらう」こと。


日々の暮らしの中には、ささやかな、

あるいは、ときにずっしりと重みを感じるような、

さまざまな「信頼」があって。

私たちは、そういうものたちでつながりながら、

生きているのだと思う。


ふりむいてもらったり、ふりむいたりしながら。


──ふりむいてくれる人がいれば、心はいつも晴れ。


Photo:  by Naomi Okunaka


do


          ふりだしに           
          戻るための
          とびら。
          「お守り扉」を
          持っている。


どれほどたくさんの扉をひらいても。
どれほど遠い場所まで行ってしまっても。
その一枚をあければ、たちまちふりだしに戻れる。
心のなかには、そんな扉が一枚、あると思う。


それは、「お守り」みたいなもの。

使わないかもしれないけれど、

持っているだけで、安心な気持ちになれる。

つまり、そういう感じの。


道に迷ってしまったとき、

もう、どの方向へも進めないと感じたときは、

その扉をひらいて、自分の原点を確かめてみる。

その扉が、また別のあたらしい扉につながることを

知れば、心はすこし、つよくなる。


ame


          どこを切っても

          まんなかに

          わたしらしい

          わたしが

          出るように


まいにちは、いろんなことが起こる。
笑顔で過ごせるときもあれば、そうじゃないときもあるし、
調子のいいときもあれば、落ち込んでしまうときもある。


でも、どんな自分も、それがそのときの自分だから。
自分の道は、まんなかを歩かなくてはだめ。


うまくいかないときほど、「まんなか」を意識してみよう。

隅っこを歩くのではなく、隠れてしまうのではなく、

私らしいわたしが、自分の真ん中に在るように。