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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

宿に戻るとすぐ又二人はコンピューターで作業を始めた。パワーポイントを完成させる為である。すでに8時を回っていたのだが夕食を食べてしまうと眠くなってしまうので、その前に済ませてしまおうというつもりらしかった。


私も彼らに付き合ってアドバイスしたりしていた。不思議とお腹は空いていなかった。それほど緊迫した雰囲気だったのだ。これがうまく出来ないと明日のプレゼンテーションが駄目になってしまい、せっかくの丸一日の苦労が台無しになるからだ。いつになく私達は熱心に作業をした。これまでで一番、真剣に取り組んだ時だった気がする。オフィスでもこれほど長時間にわたって集中してやった事は無かった。


10時前になりやっとパワーポイントが完成される。私達は夕食をとる為階下の食堂に入るが、RBはなぜか奥のブースにDと入って行く。


席について、RBが、さて、何を頼もうか?と、ちょっと目を光らせながら私とDをを見た。それがご飯を意味しているのでなく、酒を指しているのはすぐわかったので私は、私はローカルしか飲まないんだけどそれ、ここに置いてる?と聞いた。RBが主を呼んで確認すると家で作ったやつがあるという。で、3人ともそれを飲むことにした。RBが飲めるのは知っていたが、Dとは初めてだったので彼が飲むのかどうか半信半疑だったが今日でわかった。まあタルー族だし飲んで不思議はないのだが。


近頃めっきり弱くなってしまった私は、なみなみと注がれたグラスを見て、私には量がすぎるよ、もしここでひっくり返ったら誰が2階までかついで行ってくれるの?と言うとRBが小さい声で僕がおぶっていくから大丈夫だよ、と言った。一瞬私はそうなったら願ったりかなったりなのに…と思った。


酒が入ると私達3人はリラックスしていろんな話をした。健康上の理由で肉をやめているRBも私とDにおいしそうな焼肉が運ばれて来ると、ちょっとちょうだい、と私の皿に手を伸ばした。それからその健康上の理由と言うのが普段人前では言わないのだが実は痔をわずらっていると言う事を私達二人の前で告白したのだ。しかもさらに驚いた事に、Dもまた同じ問題を過去に持っており、薬で治療してから良くなったのだということがわかった。いつになく真剣にそれについてDに尋ねるRBだった。


夕飯をとったのが11時、寝たのは結局12時を回っていた。

次の日は打ち合わせの為DHOオフィスを訪ねる。NFHP、PyuthanのT氏も一緒に。DHOのDr.KCとDPHOのS氏はあいにく明日から3日間Nutrition関係のトレーニングが入っており、我々のプログラムに参加出来ないかも知れないなどと言う。さらに困った事にはプログラムVDCのSHP、HPインチャージもそのトレーニングに参加しなければならないという事を知る。


メインの参加者が来ないのではせっかくミーテイングをしても効果がないことになってしまう。ネパールガンジからそんなに度々は来れないのに。RBは露骨にがっかりした表情をした。私は今回が最後のフィールド行きなのでさらにがっかりしていた。


ともかく前日にRBが作ったパワーポイントに必要なPublic Healthのデータを入力する為、DHOのデータオフィスへ向かう。オフィスは屋上にあり、小さくてなんとも暑い部屋なのだった。扇風機が一つあったがまもなく停電してしまい、DDのDとRBは汗をかきながらの作業となった。しかもデータがちゃんと順番どおりになっていなく、いちいち探さなければならないのでDはぶつぶつ文句を言いながら拾っていた。


3時間が経過したが、それでも予定の4分の1も来ていなく、RBとDはああ疲れた、と言った顔をした。私は訪問すべきところが合ったので二人には悪いが彼らを残し、部屋を出た。VCT訪問を終えてRBの携帯に電話すると、場所をホテルに移動したというので私もホテルへ向かう。そこで3人で焼きそばを食べてから又二人は入力の続きを始めた。私は二人が疲れ果ててしまわないか心配だったが自分の部屋へ戻り、半時間ほどベッドで休んでいるとついうとうとしてしまい、起きたらもう5時前になっていた。


隣の部屋をのぞくと、RBが振り向いて、頭が働かなくなったのでちょっと休んでるんだ、と言う。Dも疲れた顔で携帯の音楽を聴いている。私は、もう入力はやめにしよう、と言うと、RBが、でも去年一年分しか出来てないよ、というので、私は一年のデータを見せればそれで十分と思う、今日疲れて明日の本番に体調崩したらどうするの?と言った。


入力は終わったがそれだけでは済まない。目的達成度をパーセントで表示しなければならない。これにさらに時間を要した。DはHAなのでこういう作業は昔から慣れているはずなのだがそれでもけっこう時間がかかってしまう。RBはこのような作業ははじめてのはずだったが、よくやっていた。私は彼が統計にかなり強いのを知った。


7時にやっと計算が終わったところでその結果をDHOとDPHOに見せに行こう、とRBが言い出した。まだ夕飯にはちょっと時間があったので運動をかねて3人で出かける事にした。DHOの寮は病院の後ろの山のてっぺんにあり、結構エクササイズになるのだが私達はその日ここを3往復した。

DHOは仕事を終えてくつろいでいる所で、そこへDPHOと統計係が加わった。


統計係はデータが良くないのを必死で言い訳しようとしていた。でも私達が突っ込みを入れるのでそれができない。途中で私はこのように政府のやっている事の誤りを突きつけているのでDHOとDPHOが気を悪くしないかとちょっとはらはらした。でもDがなんとかフォローしたので険悪な雰囲気は免れたのだった。


日がとっぷり暮れた後、私達3人は山を下った。明日は果たして何人来てくれるだろうと思いながら。

Pyuthan行きの日、NFHPのオフィスへ着くとなんとRBとDDのDがすでにR氏と一緒にコンピューターに向かって作業中であった。RBは下宿近くの道から乗ると言っていたのだがR氏からの電話により急遽朝8時半にNFHPにやって来て作業をしていると言う。R氏はなんと朝6時から来ていると言うから驚きだがこれは彼の日常なのだそうだ。日本人の勤勉に学ぶことが多いと言っているハードワーキングのR氏らしいと思う。


それにしても今回のRBの気合の入れようは目を見張るものがあり、前日のNFHPのRM,B氏への相談、R氏からのアドバイスを得る事なども自ら率先してやり、B氏からは、RBの作成したパワーポイントの発表原稿は大変よく出来ていたというし、R氏も最近はうちのオフィスでは私よりもRBをFPと思ってくれている。これは私の悲願がかなったと言ってよい。


R氏との作業がやや長引き、11時にやっとNFHPを出発。でもローカルバスでないので6、7時間で着く事が出来るだろう。途中、P氏が朝ごはんを食べていなかったのでドライブインで食事の為に停車したがその後はスムーズに走り続け、特に山道に入ってから驚いた事に舗装されているのを発見。前回12月に来たときにはまだだったので本当にびっくりした。そのせいでスピードで飛ばす事が出来た為か4時過ぎにはBijuarに到着。でも曲がりくねった山道をスピードで走ったせいか酔ってしまったが。


茶店でラーメンなどを食べている時に、その店の水をみんな飲んでしまってから、私が、この水、大丈夫?と聞いたので、P氏が、飲んじゃってから言わないでよ、でもみんなネパール人だから大丈夫。あ、あなたもネパールの嫁さんなんだから平気のはずだよね、などと言う。それから食べ物で当たったりした話になり、案の定、RBがJumlaで魚の卵を食べて具合が悪くなった話を披露したので私もそれに追加してその話をした。


宿はすでにP氏が予約してくれており、私は一人別室になったが文句は言えなかった。しょうがない。

明日からの仕事に専念しろということなのだろう。