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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

ステアリングコミッティのミーテイングが遅くなり、9時前に帰宅した私は、ミーテイング中携帯にSalyan のFC、Vからのコールが入っているのを知る。コールバックすると、延び延びになっていたヘルスコミッティのトレーニングの日程が急に決まり、あさってからの3日間行なわれるのだと言う。私はその時、明日、早朝Salyan へ発たねばならない事を悟る。VはRBへも連絡しようとしたがいまだに電話がつながらないというので急いでRBに電話する。私は明朝Salyan へ5時のバスで向かわねばならないと告げると彼は自分も一緒に行かないといけないのか、と尋ねてきた。上司Bの判断によるので連絡を取るように言い、Vへもコールバックするように言う。


30分ほどしてRBから返事があり、上司は自分も同行するよう言ったそうで、VとSalyan の関係者Yにも連絡を取ったRBはもうすっかり行く気分になっていた。すでに10時を回っていたので翌朝私がリキシャを拾って行くのでいつも合流する医大の手前の角で4時半に待っているように言う。


翌朝リキシャに乗ってから電話するとまだ寝ているようなRBの声に少し不安になり、もう医大前のすぐそばまで来ている事を告げた。ところが5分たってもRBはそこへ来ないのだ。バスが出てしまうのでは、と不安になった私があせりを感じ始めた頃、RBがリキシャに乗り込む。あいさつも出来ないほど息を切らしているのは走って来たのだろう。RBが走るなんて見たこと無いがそれを想像するとなんだか可笑しくなった。RBの荷物を見ると、リュックはぺしゃんこなので、これは彼は何も持って来ていないのでは?と思われた。でも香水だけはいつものやつをしっかり付けて来ている。まだ暗い道を二人とも無言でバスパークまで揺られて行く。


いつもの事だが、RBと二人だけだと間が持たないのでこの先のバスの10時間かかる道中を思うと、うれしい反面、不安なのだったが、救われた事には、つい先日会ったSalyan のDHOに配属のPさんが偶然同じバスに乗り込んで来てくれたので私は正直ほっとした。RBにPさんを紹介する。途中の食事の休憩の時もPさんを囲んで話が出来たので良かった。ご飯の質にこだわるRBはここのレストランの飯はまずいので食べない、と言う。私は別の店で焼きそばを食べる事にしたのだがRBはどこへ行ったのか付いて来なかった。お腹がすくだろうと思い、卵を2つ買ってバスへ戻る。


そこから先の道はガタガタの山道になり、土ぼこりもものすごく、一人では全くうんざりなのだったがRBとピッタリ寄り添ってバスに座っているのはなかなかそうある機会ではないのでルンルンなのだった。長袖を着て来た私は良かったと思った。二の腕が直にRBの腕に触れたのでは私も彼もちょっと困っただろう。バスが大きく揺れた際、居眠りをしていた私は彼の肩に頭をあやうく乗っけてしまいそうになり、あわてて体勢を立て直す始末だった。すぐに又うとうとしてしまい、今度は膝から下の足が彼の足にピッタシくっついているのに気づき、その時彼は眠っているようだったのでそのままにしておいた。 そんなわけで10時間のバスの旅もRBと一緒だと苦痛ではなかった。降り場所は、昨年12月にやはりRBと来た時と同じ場所でホテルも同じだった。あの時は部屋が空いてなくて初めてRBとツインに泊まったのだった。その時の事がまざまざと思い出された。その頃はRBを良く知らなかったし、今みたいに一緒にいてすごく緊張する事も無かったのだ。


RBは、今朝あわただしく出て来たので持って来るべきものをほとんど持って来ていない、とか言い、服の替えを一つしか持って来ていないのでシャワーは出来ず、頭だけ洗っていた。着て来たTシャツもつんつるてんで背中が見えてしまう上、それは3日前から職場で着ていたやつなのだった。ズボンも埃で真っ白だった。このまま明日からのトレーニングに出席するのか?と私は少しあきれていた。バスで全身埃まみれだった私はシャワーをすると言うと、RBはじゃあ向こうへ行ってるから、と部屋の中へ入っていった。服を脱ぎ、ペチコートを着けながら私は去年12月に川で行水した時の事を思い出した。あの時はRBと二人きりで、朝日の中、きれいな川でとても冷たい水だった、と。


シャワーはホテルの外にあったのだが、突然FCのVがマダム、ナマステ、と現れたのには驚いた。私はペチコート一枚のところを誰に見られたところで慣れてしまっているせいか別に恥ずかしくはないのだが、あまりにVが突然来たのでびっくりしたのだ。


この夜は私はちょうど同宿していたDHOのYさんと一緒に部屋をシェアする事になり。RBはVや他の男性客と一緒に屋上で寝る事になった。でも夜はタライと違って冷え込むのだ。布団をかぶって寝たとは言っていたが、山の朝は冷え込むので明け方はきっと寒いに違いなかった。


暑い。デリーの夏をクーラー及びエアコン無しで過ごせた私は暑さに対して自信があったのだが今日の暑さはかなり限界に近い感じだ。おそらく43度ないしは45度くらいか。


PHCの部屋にもついにクーラー登場。もっとも水冷式クーラーという原始的なタイプでエアコンのように温度を下げるまでは行かず、ちょっとヒヤッとした風を吹き出すのでその前に座っている者には扇風機の熱い風に吹かれるより快適だと言うだけの話なのである。

タライ生まれのスタッフが多いせいか去年まではクーラー無しで乗り切れていたらしいが、今年は私が入ったせいもあるのか、導入された。RBもタライ生まれなのだが昨日くらいからかなり暑さがこたえているようで、クーラーが来てとても嬉しそうである。


今日、ちょっと驚いたことがあった。サニテーションウイークにラジオで放送する短いドラマのシナリオをRBが作っていたのだが、それを見ると、妻と夫の会話で、妻が夫に敬語を使っていないのだ。私はネパールでは妻は夫に対し普通敬語で話すものだと思っていたので、これはおかしいんじゃないか、敬語を使わないカップルも中にはいるかも知れないけど敬語にした方がより一般的なのでは?と言った。RBとHIVのBが聞いていたのだが、二人とも、敬語を使わないカップルもたくさん居る、という。私はおそらく二人の家では奥さんは彼らに敬語を使っていないのだろうと言う事がわかったのだったが、深く追求するのは止した。RBが居なくてBだけだったならあなたは奥さんに敬語を使われていないでしょう?と言えたのだが、RBに対してはそれは言えなかった。


ドラマの出来からするとそこは敬語でない方が聴いていて楽しいのだが、特に年配のリスナーだとほとんどが妻は敬語を使っているだろうから、敬語にしたほうが良いと私は思ったのである。

日本でも今どきの夫婦なら妻が敬語を使っているケースは少ないだろうが、私の親の年代だと敬語が多かったのだろうと思う。それは小説などを見てもわかる。


私は敬語に直すように二人に言った時のRBの顔が忘れられない。半ば照れたような笑みを浮かべていた彼は、私に深く追求されることを恐れているようにも見えた。

今日、バルデイアのFC、Rさんがオフィスへ来る。

彼女は2ヶ月前、子供を出産したのだが明日からオフィスへ復帰するという。RBはRさんと親しいので出産後初めて会う彼女を見て話しに来た。Rさんは初めての子供なのでいろいろ心配などあるらしく私達に赤ちゃんの世話について尋ねたりしていたのだがRBは2人の子供の父親とはいえ、授乳の仕方など世話について細かい事まで知っていて驚かされた。いつも思うのだがRBもRさんも同じバルデイアの出身だからか、Rさんはうちのスタッフの中でも特にRBと親しいのだ。

今日は私のコントラクトの中間レビューのミーテイングをやることになっていた、R

Bはこのミーテイングの為におかずを作っていたのだが持って来るのを忘れたと言っていた。何のおかずだったのか尋ねると、ひょうたんとささげを使ったやつだという。きっと美味しかったのだろうが仕方が無い。又今度作って来たときに食べるね、と言ったのだが、なんだか又作って来いと催促したようでちょっと恥ずかしかった。


それに結局このミーテイングはODのSが急用で家に帰った為、延期になってしまった。明日は木曜、金曜が祝日なので又2連休なのだ。RKは明日帰って来るというので連休明けからはRBと二人きりではなくなる。5月の予定を見ると、RBとRKがフィールドへ行く用事がいくつかあったので又しばらく会えない日が続く事も予想された。


Jumlaのヘルスコミッティの方は、まだChairmanがネパールガンジに居て、Jumla へ戻っていないのでDHOのレターがNHTCに送られるのが遅くなりはしないかと懸念されていた。このところの多発する山火事のせいで視界が悪くなり飛行機が飛べないのだ。


明日からRBは実家へl帰るので今日が夕食に呼べる最後のチャンスだったのだが、Salyan のPさんを家に呼ぼうかと考えているうちに電話は切れてしまい、又してもRBを夕食に呼ぶチャンスを逸した。