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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

不快指数の高い日が続いている。5月になってから先月までのドライヒートに加え、湿度が増した為、気温は同じでも体感する暑さ、不快さは明らかに増したようである。

職場でも体調を崩す人が続出。私は先週腹痛で休んだがそれが治った今は地元の人から我々より元気そうだ等と言われるが、汗はすごい量かいてるし、水は2ー3リットル飲まないとやっていられない。


この暑いのにRBは今日もおかずを作って持ってきており、みんなに配っていた。着ている服は何日も着たきりすずめなのだが、食事にはまめなのか。でもこの暑い日々でシャワーもしないでいられるというのはどういう神経なのかわからない。下宿は共同の井戸で行水するらしいのだが、Jumlaでも共同水場で体を洗うのは恥ずかしいと言ってしなかったので、きっと好きではないのであろう。


そのおかずは前と同様美味しかったのだが、ジャガイモが親指の先くらいしかないやつばかりで、よくこれを一つ一つ皮をむいたものだ、と感心した。私にはできない。皮のまま調理してしまうだろう。

それと驚いたのは弁当箱。ステンレスのふたがずれないよう留め金つきの四角いやつで、中にふた付きのおかず入れが入っている。ネパールでこのタイプを見たのは初めてだった。私はどこで買ったのか聞いた。経理のAさんもこれに関心を示し、値段を聞いたりしていた。


一見無骨にみえるRBだが、本当はRKなどよりもずっと繊細なのではないかと思ったりする。やる事と、外見があまりにも一致しないのだ。そこがますます魅力なのかもしれないなと思う。

私は、明日は自分も作って行こうと思った。

Salyanから戻り、腹痛の為2日仕事を休んでいると、2日目にRBより家に電話をもらう。

RBより一日長くSalyanにいた私は、彼がSalyanから直接実家のBardiaに帰ることを知っていた。実家へ帰る用事があるというので私は彼を一日早く返したのだ。ところがRBはそれを前もって上司Bに言っておらず、実家に帰ってしまってから病欠と言う形で上司に電話で休暇の願いを出したのだ。休んでいたのでそんな事を知らずにいた私は、RBからの電話でどうしたのかと尋ねられ、Salyanからの帰りから腹痛にみまわれ、バスパークから病院へ直行した事、その後もましにはなっているがまだ完全には快くなっていない事を話した。

すると彼は、自分も体調が悪かったのだと言うではないか。うそ言え、と私は思った。電話はオフィスからかけており、オフィスでは上司がRBの病欠をメールで流していたのでみんなの手前、そういわざるを得なかったとみえるのだが、この辺がRBのずるい所なのである。有給休暇が減るのでうそついて病欠を取るというのはODのSなども時々使っている手ではあるが。でも今日職場へ行って経理のAさんに、病気だったの?そういえばRBも病気で休んでいたよね?と言われた時、とっさに、違うよ、RBは実家へ帰るんで休暇を取ると私には言っていたので病欠じゃないと思うよ、と言ってしまった。このように私がしゃべれば彼のウソはすぐ職場にばれてしまうのに。うかつと言うか、気にしてないというのか。

この日のおやつにRBは初めておかずを作って持ってきていた。ニガウリとオクラにジャガイモを混ぜた炒め物でなかなか美味しかった。HIVセクションのB君はRBは料理が上手いんだね、マダム、今度一緒に彼の家にご馳走になりに行こう、などと言う。そうできたらいいけど実際は無理なのはわかっている。でも本当におかずは美味しく味付けがしてあって、マサラと塩味も控えめなのも私の好みに合っている。私は彼が作っているところを想像した。


B君は、明日からみんなおかずを作って持って来るようにしよう、それを交換し合って食べようではないか、と言う。でもRBは黙っていた。単身赴任の彼が毎日おかずを持参するのは奥さんが作ってくれる他の面々とは違い、難しいのではないかと思った。


Phalawangのヘルスコミッティのトレーニングに私とRBが参加する。同じトレーニングを6月にJumlaで私達が実施しないといけないのでその勉強の為なのだ。すべてネパール語で行なわれるのでRBが頼りなのであった。私のボキャブラリーではすべての内容を理解するには無理がある。


会場であるヘルスポストはとても設備が良く、その日からの3日間、夜もスタッフの寄宿棟に泊めてもらうことになった。ヘルスポストのANM、Lさんの娘は私の娘と同い年なのだが、とても活発でちっともじっとしていない。勉強は出来るらしく、言う事が大人顔負けなのだった。私はこういうこまっしゃくれた子供は好きではないのだったが、RBは一目で大変気に入ったらしく、しきりにちょっかいを出しては気を引こうとしていた。そのわけは後でわかったのだが、その子はRBの9歳の娘にそっくりなのだった。RBが携帯に保存していた彼の娘の写真を見せてくれた時、私は少し驚いた。彼の娘は父親に似ていなく、どちらかというとブラーマンのような顔立ちで愛くるしいのだった。私はその時彼の妻はブラーマンなのではないかと、ふと思った。RBは娘はとても利発で、2年生から4年生にプロモーションさせてしかるべきだと言っていたが、私は自分のできの悪い娘の事を思い、ため息が出たのだった。一方、RBの12歳になる息子の方はあまり出来ないらしく、今年4年に上がれず、3年に落第だと言っていたが、これもなんだか信じられない。12歳なのに3年生では余りに遅すぎるのではないのか。それを人に平然と言うところにも驚いた。一体どういう神経をしているのだろう。


トレーニングの内容は思ったとおりちょっと私には難しいところがあったのだが、RBはよく理解できたらしく、講師を補助する発言などもして、参加者が理解できるよう、助けていた。私はそれを見てとても頼りがいがあると感じた。


夕方、DHOのYさんと今夜のおかずについてヘルスポストの庭に出て話している時、RBがやって来た。スンプの見事な株があったので、これは美味しそうだから今夜のおかずに食べてみよう、とYさんに言ったら、RBが、マダム、今まで食べた事の無い物は食べないようにしよう、と少し苦笑いしながら言うのだった。あっと思った私は、Jumlaで食べた魚の卵の事を思い出し、私も可笑しくなり、Yさんに、私達二人はJumlaの魚の卵にあたってえらい目に会ったんだよ、あれは地元の人の言う事には素直に耳を傾けるべきだという教訓だね、と言った。翌朝、ANMのLさんのキッチンにやってきた時もRBはLさんに魚の卵にあたった話をしていた。私はRBにあなたと私のコンビはちょっと危ないコンビのようだから気をつけないといけない、と言った。二人とも冒険好きなところがあり、人の忠告に従わない時が多々あるからだ。


3日間のトレーニングが終わり、RBにどうだった?と聞くと、マダム、これなら一人でも出来ると思うよ、自信ができた、と言う。あなたが自信を持つ事が出来たと言うのならそれが一番大事なのだから今回ここへ来た甲斐があったのだ、と言い、勤めて冷静にじっと彼の顔を見た。彼も私をまっすぐに見ていた。