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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

今日、11日目だったが、ヒンズー今日祭祀バフンと相談の上、義母の葬式の終了儀式をお寺で行なう事になった。


やれやれ、これでやっと一日一食から開放されるし、肉や魚は45日目まで駄目だが塩も自由に取ってよくなる。田舎からは電話であと二日は一食を守らないといけないと言って来たが、黙っていればわからないのでOK。隣の人もそう言った。


ちょうど良い事に明日から2日、Bardiaへフィールド行きだ。フィールドに出て一日一食や塩抜きなんてやってられない。45度の暑さの中、それこそ倒れてしまう。

肉を出されて食べられないのはちょっとつらい気はするががまんしよう。


Bardiaへはバイクで行くのだが、5人どうやって乗り合わせて行くか話し合う。RKは、RBのバイクの後ろに私が乗るように指示したので朝、RBと待ち合わせないといけないのだが、どこで落ち合うかRBと話しているうち、ふいに彼が「マダム、明日8時に朝ご飯をご馳走になりに行くことにするから。8時までにご飯、用意しといて。」なんて言うではないか!あまり急に一気に言われたのでえっ!と思ったが驚きを顔に出さず私は「いいよ、8時には出来てるようにするから、心配しないで。」と答えた。


やったー!ついにRBを食事によべるぞ。それも私が誘ったのではなく向こうから言ったので一人だけに声をかけたみたいには思われないので都合がいい。


明日は何を作ろうか、今からあれこれ考える私であった。RBの先週買ったばかりのピカピカのバイク(まだ奥さんも乗せていない)に乗れるのも楽しみだった。



夫の母が亡くなり、今、兄弟達は全員田舎の実家でキリヤという葬儀の真っ最中である。


ヒンズー教で人が死んだら行なわれるのこれは、13日間続く。

夫の父が3年前に亡くなった時もこれを行なったので私はそれがどういうものかわかっていた。


で、義母がもう長くないとわかってからは内心、これはえらい事になった、又あの時のような体験をするはめになるのか、と気が気ではなかった。なんとか生き延びてもらわないと自分が大変な目に会うのだ。


しかしその願いもむなしく、私はまたもや父の時と同じくこれを免れない事となった。


亡くなったその日は、砂糖水と果物意外、口にしてはならない。次の日から一日一回米のご飯を炊き、それにギーだけを混ぜて食べる。おかずは原則としてなしで、人によってはほうれん草などをサンフラワーオイルで炒めたのを塩無しで添えても良いという。ゆでた又は炒めたジャガイモを添えるという人も居る。とにかく塩は絶対にくちにしてはならない。あと牛乳もだめだ。ダヒ(ヨーグルト)は許されると言う人も居る。果物はいつ食べても良いとされる。

これが13日間続くのである。


私は今回は家族と一緒に田舎へ行くのは止すことに決めた。来月手術を控えている事もあって体力の維持に努めなければならないこともあったし。


それで、ネパールガンジで食事の決め事は一人で実行する、という約束で仕事に戻った。


この食事をしながら仕事をやるというのは、思ったよりつらい事がわかった。

朝、米飯をとり、仕事に行ってもおかずもダルも食べていないのですぐにお腹がすき、元気がなくなる。果物は持って行っているが、それを食べたところで一時しのぎにしかならず、一日中体に力が入らない。

仕事でミーテイングの時など、少ししゃべると疲れ、頭がくらくらしそうになる。歩くと息切れがする。

夕方帰って来ても夕飯はご飯はなく、ジャガイモのゆでたのに、青菜炒めを添えるだけである。毎日とても

疲労感が強いので8時半とか9時にベッドに入る。


今日で10日。あと3日の辛抱だ。


おやつの時間にRKがロテイとおかずを持参して来ていたが私はみんなが食べている横でだまって見ていた。

RBは食べなかった。どうやら私に気を遣っているらしかった。テクニシャンのR君がチャットを買ってきた時も彼は食べなかった。それに最近は以前のようにおかずを持って来ることは無かった。私がキリヤに入ってから、彼は私の前でおやつを食べる事はせず、どうやら外出して外で済ませて来るらしかった。

その配慮が私には嬉しかった。


食事のほかにもいろいろ守らなければならないことがある。毎朝水浴びをし、衣服は新しく買った木綿のサリーだけを下着も何も着けずに直に身にまとう。

これは職場に行っている私にはできないので、家に居る時だけこのサリーを着る。上半身は要するに裸で、胸だけは布のはしを肩にかけるところで隠すようにしないといけないのだが、どうも慣れないせいかうまく着られない。

胸があらわになってしまいそうになったり、サリーのひだを取ったところがはだけて落ちてしまったりする。


でもこれを着るのはちょっと快適なのだった。木綿なので着心地よく、背中は開けっ放しなので涼しい事この上ない。寝るのにも楽である。鏡を見て、やせぎすの私は、なんだかガンジーみたいだな、と苦笑いしたのだった。




暑い!


今日も最高が45度くらいであったのではなかろうかと思われる。温度計を持っていないのだがシャワーを浴びる時の水、いやお湯の温度でわかる。屋上のタンクから降りてくるお湯は熱く、水でうめなければ行水できない。でも井戸水をバケツに汲んで来るというのも面倒。結局なんとか我慢して熱過ぎるシャワーを浴びた。幸いやけどはしなかったが腰のあたりの柔らかい皮膚の部分が真っ赤になっていた。明日は雨が降って欲しいのだが降らないだろう。雨季がとうに始まっているべきなのに今年は一体どうしたことか。


ここネパールガンジの夏で唯一楽しめるのはマンゴー。今安くなりだした頃で、一キロ30ルピーくらいが相場。でもインドほど種類は多くなく、私の好きな酸味の強い種類がなかなか手に入らない。今日やっと見つけて買う。インドで食べたあの味だ。たまらなく美味しい。これは人にあげられない。家でも娘にすら分け与えたくない。独り占めして食べる。一日1キロ平らげるのは軽い。ほんの一ヶ月ほどしかこのマンゴーの旬は続かないのでせいぜいたらふく食ってやろうと思う。


職場でもRK、RBともにさすがにこの暑さにはまいっており、RBは夜下宿で暑くて寝られない、とこぼしていた。数日中にRBもRKもフィールドに出るのはわかっているのであんた達はラッキーだ。私は逃げようがない。8月にJumlaへ行くまであと1ヶ月余りどうしてしのごうか?Bardiaへ行く用事はあるが、あそこもネパールガンジと変わらず暑いのでましてこの炎天下を移動する事を考えると、オフィスでクーラーにへばりついていたほうがましである。


ああ、明日こそは雨が降って欲しい。無理だとはわかっているが。