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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

カトマンズへ向かう日、RBと空港で会うことになっていたので私は夫のバイクで送ってもらい、一時間前にちゃんと空港へ着いたのだが、離陸時間の20分前になってもまだRBは現れない。心配になった私は電話をしようと携帯を取り出すと、ミスコールが9つも来ていた事を知る。RBにかけると彼は空港の前で待っていると言う。私はさっさとチェックインして中に入ってしまっていたのでそんな事はつゆしらずだった。そして9回も電話をかけたのは彼であった事が判明。


10分前になってようやくRBが待合の中に入ってくる。こんなにぎりぎりまでどうして外で待っていたのかと言うと、私の携帯が反応ないので、もしかしたら私が急に具合が悪くなり。緊急入院にでもなったのではないかと心配していたのだ等と言う。私は笑いながら、そんな事あるわけないでしょ、と言ったが、彼は、私がついこの間手術したばかりなのでそのような考えが浮かんだのだと言う。


同じ飛行機には県立病院の院長で外科部長でもあるDr,Yも乗る事になったのだが、彼は私を見つけるとその後大丈夫?と聞かれ、Dr,Yが回診に来た時言った一言で私の退院の日が一日延びたことなどを思い出したのだった。Dr.Yとあと2名のスタッフはカトマンズでHIVの研修を受けに行くところらしかった。


カトマンズ空港に着くと、RBはちょっと心細げに、マダム、今日はどこへ泊まるか決めていますか?と言う。私はRBも多分多くのネパール人のように、カトマンズに親類か友人がいるだろうと予想していたので、自分も友人の所へ転がり込もうと考えていたのだったが、彼はまだ友人と連絡が取れていないらしく、とりあえず今夜のところは私と一緒にどこかのホテルに泊まる事を考えているらしかった。カトマンズの地理に詳しくないRBを一人でほっぽり出すのはなんだか気が引けたし、電話番号を持っていたパタンのホテルに電話すると空いていると言うので二人でタクシーでそこへ向かう。


しかしその部屋を見て、私はえっ、と思う。部屋が狭く、ツインなのだがシングルベッド二つの距離があまりに近く、ここにRBと二人で寝るの?と思うと、どうにも恥ずかしい。着替える時はどうする?寝るときはきっとRBはパンツ一丁になるだろうし。冬場のようにももひきをはいていないので絶対にまちがいない。

自分が着替えるのにも困る。外のトイレに着替えに行くというのもなんだかおかしいし。


で、私はとうとう、急なんだけれど、今晩は友達に呼ばれたんでここに泊まれなくなった、ホテル代は私が払ってオフィスにあとで請求しとくから、と言った。RBはちょっとあきれた様子だったが、一人で泊まる事に納得してくれたようであった。


この辺が私の自分で自分がよくわからないところなのだ。

RBと一つの部屋で泊まりたかったはずなのに、いざそういう事になると、どうにも間が持たないと言うか、恥ずかしくなってしまうのだ。そういうチャンスはそう幾度もないのに。

友人宅で布団に入りながら、一人でホテルで寝ているRBを思い、やっぱり一緒に泊まればよかったな、と後悔する。


もしJumlaでも二人でツインの部屋に泊まるチャンスがあったならば、今度はそうしよう、と心に決めた。





いよいよヘルスコミッティのサポートプラン実施が目前だ。

明日はカトマンズでの関係者会議に向かう。私とRB、すでにJumlaからカトマンズ入りしているChairmanのH氏とで明後日の会議の為の打ち合わせをホテルかどこかで行なう事になっている。偶然、NFHPの二人のコミッティ担当のGとLも同じ飛行機でカトマンズへ向かい、会議にも出席する事がわかった。


これには正直私もほっとした。RBと二人で飛行機からカトマンズのホテルまで間が持たないのでは無いかと案じていたのだ。GとLが一緒のおかげで随分気が楽になる。Gは奥さんがカトマンズにいるのでホテルには泊まらないだろうが、LはもしかしたらRBと一緒に泊まれるかも知れない。そしたら私は少し自由になれ、友人MやNと合う時間を持てる可能性が出てくる。RBを一人ほったらかして友人に会いに行くのはオフィシャルで行く以上やはり気が咎めたのだ。


それにしてもRBの気合の入り方はすごい。今までこれほど気合の入った彼を見たことが無い。

私が何にも言わなくても、会議用に私が作った原稿を読んで、わからないところはすべて私に尋ねてクリアし、プログラムの予算も間違いが無いかチェックし(実はこれが間違いだらけなのだった)、それに訂正を加え、きれいにレイアウトしたのを会議の出席者に配る人数分準備するという作業をいつにない熱心さで行なったのだ。


今日のRBは表情からして違って見えた。

この調子なら、ヘルスコミッティに関してはRBに任せて大丈夫だと思う。私は後押しをするのみで。

カトマンズから帰って3日後にはJumlaへ飛ばなければいけないのだが(やはりRBと二人で)、手術後で少し体力に不安のある私はスケジュールを無事にこなせるかどうか、やや懸念されるところだ。


虫垂炎で入院、手術をして10日仕事を休みほんとは2週間の安静と言われていたにもかかわらず、2日で飽きてしまい、先週の日曜から出勤したのだが、やっぱり少し無理をしてるみたいで夕方になると疲れを感じてしまい、帰宅すると横になってしばらく休む日が続いている。


高温多湿のせいなのかどうなのか、手術の創もメインの傷はきれいに治ってきているが、ドレーンの管が入っていた跡がいつまでも閉じず、ジクジクしているのも心配なので月曜日に担当医の外来で診てもらおうと思う。


Jajarkotに行っていたRBも金曜日に帰って来て、RKがSalyanに行ったのでPHCの部屋で又二人になるが、今は自分の体に余裕がないため、いつもよりは緊張度はましのようだ。

Jajarkotでコレラがアウトブレイクしており、146人死者が出ているので、うちのプロジェクトからも何かしなくてはというわけで、これ以上感染が広がるのを食い止める為に飲み水、食物を介して伝染しない為の啓発ポスターを作る事になった。


金曜日で3時にオフだったのだが、RBはこれを明日までにプリントに出す為に、デザインを仕上げなくてはならず、私の持っていた資料を取りに家に来るという。内心嬉しい私は、何をおやつに出そうかとそればかり考えていた。RBが来て、うちの主人と話を始めたので、オムレツにかぼちゃのつるの炒め物をそえたのにチウラを出そうとしていたら、主人が、かぼちゃのつるは食べない人もいるので聞いてからにしろと言う。幸い彼は食べるそうだ。


おやつを食べながら、3人でなんとなく田舎での飲料水の事や、下痢で亡くなった親類の話を主人が聞かせる。主人は良くしゃべるのでRBに少し恥ずかしい気がしたが、彼は笑っていた。特に、病院に運ばれる途中、道端で死んだと思われていた主人の母の妹の夫が後で息を吹き返してみんな驚いた話をすると半ばあきれてはいたが。ほとんど主人ばかりが話していたのでRBと私は聞いているだけだった。


翌日の土曜日もRBは出勤し、ポスターの仕上げをし、出来たところで私に電話があったのでオフィスへ行ってそれを見る。ポスターは良く出来ていたので少し言葉の部分を訂正するだけだったのだが、それが終わると、RBはやにわにヘルスコミッティのサポートプランを取り出したのだ。

来週からこのプラン作りを完成させ、プランを実行に移すのだが、私が言ってもいないのに、RBは自分から私の作ったドラフトをプリントして家に持ち帰り、読んでチェックをしたらしい。

それについての質問をし始めたので明日やればいいのに、と内心思ったのだがRBの意欲が嬉しくてその場で一緒に考える事にした。


結局1時間以上オフィスにいて、話し合う。だれもいないオフィスでRBと二人きりで、彼の机に二人で座ったのだが、だれの目も気にする必要なく、とても満ち足りた気がした。来週は一緒にカトマンズへ行って来ないといけないし、その後は2週間、Jumlaへやはり同行するのだ。これからしばらくの間。RBとたっぷり一緒にいられる事を考えると嬉しすぎて困ってしまうのだった。