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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

今回のJumlaは会議が主な目的だったので、コミュ二テイへは行かなくて良かったのだがせっかくなのでこの機会に二つのVDCのPHCセッションを指導することにした。

まずTaliumでHIV、TatopaniでFCHVのセッションを行なう。Taliumへはジープかバスで行くはずだったがなぜかどちらもつかまらず、歩く。いつもなら2時間ほどのウオーキングは苦にならないのだが、やはり手術をしているせいか早く歩けないのだ。男性群との間があいてしまう。HIVのMさんが私に付き合ってゆっくり歩いてくれる。


Taliumの後、Tatopaniへも歩かなければならないかと心配だったが、運良くバスがつかまる。Tatopaniの宿に着くと前回泊まった時のおかみが私を覚えていてくれたのはうれしい。宿の階段を上がりながらRBが、前に泊まった時の事を思い出した、と言うのであの夜あなたは具合悪くなったんだよね、魚の卵を食べたせいで、と言うと決まり悪そうに笑っていた。FCのH君も笑いながら、夜通しトイレに通って大変だったんだよね、と言った。今度もH君と3人で泊まるのだと思っていたら、彼は家に帰るという。結局RBと二人で泊まる事になる。宿の部屋は4人が寝れるほどの長さの板で作った粗末なベッドなのだが、そこへ薄いマットレスを敷く。最初RBが二つのマットレスをくっつけて敷いたがこんなにくっついて寝るのは恥ずかしいので、ここは段差になっていて寝にくいからと言って1mほど離す。RBと二人なので間が持つのかとても心配。


私は温泉に行く事にし、部屋を出る。温泉の場所までは歩いて2分ほどなので都合が良い。硫黄泉なのだがここの泉質は良く、いろんな病気に効くと言われており、遠くからも湯治に来るのだそうだ。私も手術の創が治りきっていないのでここの湯につかれば早く治るのではないかと思ったのだ。湯が落ちてくるパイプは5箇所作ってあり、どれも囲いが無く、丸見えである。ネパールの人は行水する時は恥ずかしがらない。下半身は布で覆うが胸は見せていて平気である。日本は全部ぬいで入浴するが共同湯で恥ずかしくないのと同じなのだろう。私は最初タンクトップで胸を隠していたのだが、地元の人に、それは脱いだ方が良い、と指摘され、そうする。湯の温度もちょうど良く、湯船は無いのだが落ちてくる湯を全身で受けながら5分ほどそのままそうしていた。


夕飯までに時間があったが、近くに住むCFのBさんがメラに行こう、と誘ってくれたのでRBと行く。田舎では時々ある、神様を祭る儀式で、地元の若者の輪になって行なうこの地方独特の伝統的な踊りも見ることが出来た。宿へ戻ると9時前になており、食事をするとすぐにベッドに入る。いつもの事だがRBはシャツとズボンを無造作に脱いでランニングシャツとパンツだけになり、布団をかぶると5分もしないうちに寝入ってしまった。私はというと、RBと二人で同じ部屋に寝るのはもう4、5回目なのだが、何度経験しても慣れず、特に今日のように飲んでいない場合はどうも気になってしまい、夜通し熟睡できない。これがH君又はRKと二人だったら全然平気だと思うのだが。しかしまだRB意外と二人だけで泊まった経験がない。これも偶然にしてはすごいと思う。上司Bが知ったら、私がなんでRBとばかり出張するのか、追求されるかもしれない。



今回のJumla、予定では3日で帰るはずだった。しかしこの天気。飛行機が飛ばなければ何日でもJumlaにとどまる事を余儀なくされるのである。実際のところ4泊5日いる羽目になった。


一日目は郡の中心にてRed Crossの郡支部でミーテイング出席。これはほとんど聞いているだけ。その後、CF6人とプログラムの進行状況及び新しく来月から始まるヘルスコミッティのトレーニングについて話し合う。私は余りしゃべらずにできるだけRBにやらせていた。彼はヘルスコミッティの件に関してはいまや私より頼りになるので任せて大丈夫である。DCのフォーカルパースンS氏も頭が切れる人なのでよく趣旨を理解してくれており、やり易い。


一日目の宿は少々高めの所だったのだが、ツインを私とRB、FCのH君でシェアする事に。 H君が一緒のおかげで私も助かる。RBと二人だと間が持たなくて困るので。5時ごろチェックインしたのだが、RBとH君は、テクニシャンのD君やらと多分飲みに行くのではないかと私は想像していたが果たしてそのとおりで、RBは、マダム、ちょっと外出して来るから、と言い置いてそそくさと出て行った。


ところが8時ごろになっても帰ってこない。お腹はすくのだが一人で食べるのもなんだし、待っている事にする。ちょうど同じ宿に泊まっている、ロータリークラブのプロジェクトから来ている2人とベランダで出会い、お互いのプロジェクトの話を交換しあう。同じ分野で活動している者同士なので話がはずむ。 こういう機会は面白く、かつ思わぬアイデアを得られたりするので貴重である。


9時前になってようやく二人が戻る。RBは遅く帰って来たことでややあせっていて、マダム、まだ夕飯食べてないのですか?と聞く。私は、同宿の彼らと話す機会を楽しんでいたので待っている事の退屈や苛立ちは全く無かったのだがRBは気にしていたようだ。


夕食を食べに食堂に入り、テーブルに着くと、RBが、マダムは今飲んでも大丈夫なのですか?と聞く。もちろんアルコールの事だが、手術後である私が飲む事で創に影響しないかを心配しているらしかった。前回JumlaでDHOとの親睦会の時、私が飲む事をRBはすでに知り、憶えていたので今日も私が飲むようなら自分達も一緒に飲むつもりらしかった。H君とRBはすでに外で飲んで来ていたのだが、又食事をしながら飲みたいのだろう。本当は出張時の飲酒は自粛するようにとのことがうちのオフィスでは決まりになっていた(それほど厳格ではないにしても)ので上司Bに知れるのはあまり良い事ではないのだった。その辺は皆わかっているのでここで飲んだことはオフィスには内緒である。


Jumlaのアップルブランデーが絶品である事は前回でわかっていたのでそれ以外は飲むつもりは無かったのだが、RBもなぜか私の意向をわかっていて、私には聞かずに迷わずそれを一瓶注文した。3人で乾杯し、それを楽しんだのだが、もう少し追加しようと言う事になり、今度は半分だけ注文する。何度味わってもこれは美味しい。H君が水で割ろうとしていたので、こんな美味しくて、質の良い酒を水で割るなんてやっちゃ駄目だと言った。


食後、部屋に帰ってくつろいでいる時も、3人ともアルコールが入ったせいもあり、リラックスして会話する。RBは蜂にさされた時の体験談を事細かに話し、それを聞いていたH君も私もそれを楽しんでシェアする。明日はタトパニで泊まるのだが今日よりもっと面白いかも知れない等と考えるとワクワクするのだった。



今日、RBが蜂に刺される。スズメバチだったらしく、右のこめかみを刺されたのだが大きく腫れ、眼鏡もかけられない状態。 刺されてすぐ病院へ行ったが、注射一本打たれただけで帰されたそうだ。痛み止めだと思うがもう少ししかるべき手当てをしてくれても良いように思う。日本だと刺された箇所を見て、針が残っていないかとかチェックしたり、薬を塗ったり、ヒスタミン剤を処方したりすると思うのだが。


昼を過ぎる頃から首や胸の辺りにまで毒がまわって来たのか、真っ赤になっており、熱は出ていないようだが全身に広がるかも知れないと思わせた。顔も朝よりももっと腫れあがってしまっている。日本では刺された所から心臓に近い部分の腕や足をしばる事もするのでそう言ったら、顔なのでまさか首を縛るわけにもいかず、RBが首に手をやったのを見て私はこらえきれず笑ってしまった。


実は朝、RBが蜂に刺されたと聞いてすぐなんだか可笑しくてしかたがなかったのだが、痛がっている本人を前にして笑うのも気の毒で我慢していたのだったが、一度笑い出すともう止まらない。悪いと思いつつ思いっきり笑ってしまった。

RBのすることはいつもどこか間が抜けているようで笑いを誘ってしまう。本人は別にそうしようと思ってやっているわけではないのだが。


明日から2日間、二人でJumlaへ出張なのだがRBの調子が少し心配。それほどひどくはならないとは思うがもし発熱とかすれば朝6時に空港へ行くのはつらいに違いない。夫に聞いた話で、昔、田舎の年配のおじさんが8から10匹の蜂に刺され、3日後に亡くなったそうだ。この話をRBにしてやったらどんな反応をするだろうか?