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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

翌朝6時に目覚める。Lamraへバスで行くので7時にバスパークに着かないといけないのだが、RBを見るとまだ良く眠っている。昨夜のアップルブランデーが効いたのかいつも6時前には起きてヨガなどする彼にしては珍しい。かといって起こすのもためらわれ、部屋を出たり入ったりしていた。


7時前になり、ようやく彼は起き出す。そこへDCのチェアマンS氏より電話。バスで行くはずだったが、ちょうど急にタトパニで病人が出た為、DCの救急車が出動する事になり、それに私達3人が乗れる事になる。RBは救急車なんて乗った事が無いし、病人でもないのに乗るのは違反じゃないか、とか言ってびびっている。おかしな事を気にするんだと思う。


ジープみたいな救急車が来て乗るが、道がでこぼこの上、スピードを出すので乗り心地は最悪。またしても私は酔ってしまい、15分ほどだったと思うが気分が悪くなる。Lamraのヘルスポストに着き、SCのチェアマンとヘルスポストのインチャージに迎えられる。インチャージは私が3月に来た時、魚の卵を食べて中毒になり、ミーテイングにも出られずヘルスポストの診察台のベッドにずっと寝ていたことを良く憶えており、一番にそれを言われ、あの時は本当にあせったけど、その後、外部から来たドクター一人とナース一人がやはり私と同じく魚の卵に当たり、具合が悪くなった事を話した。ここの魚の卵に当たる人は結構多いらしい。


トレーニングが始まり、VDCサチーフ、DCのS氏、SCのサワパティ、DHO配属でNFHPのM、それにヘルスポストのインチャージが挨拶をする。こういう始めの挨拶がネパールではどんな小さな催し事でも大変重視される。私は幸い今回、はじめには何もしゃべらなくて良いようにしてもらっていた。こういう所でしゃべるのは大の苦手で、こういうのが得意でしゃべり好きなネパール人がいつもうらやましく思う。


初日こそコミッティの女性メンバー3人が恥ずかしがってか発言が少なかったのだが、彼女らも理解していないわけではなく、二日目からはちゃんと自分からも発言出来るようになったので良かった。ここのコミッティのレベルは高い方だと思われた。時間的にもきっちり行なわれ、予定の項目を無事終了する事が出来た。


二日目は私はTaliumの方へ移動したのだが、DHOのM氏とRBの二人がうまくトレーニングをこなしてくれたらしく、とても実のある、良いセッションになったとRBが後で語っていた。


一方Taliumのほうはというと、参加者が14人と多い事もあり、自己紹介に時間がかかりすぎ、しかもちょっと油断するとヘルスポストのインチャージと他のメンバーの間で言い争いが起こりそうになるのではらはらする。長年、両者の間の関係は良くなく、会うととかく口論になりやすいようで、この日もお互いを非難する場面が何度も見られた。DCのS氏がその都度止めに入り、話を軌道に乗せ直し、トレーニングをなんとか続行させる。これは二日目まで続いた。



DCのオフィスへ着く頃には気分は良くなっていた。そこで現地FCのH君、DHOからのM氏等と明日からのトレーニングの打ち合わせをする。


その後、前回も泊まったSホテルへ移動。この日H君はホテルに一緒に泊まらず家へ帰るというのでRBと二人になる。部屋は今回2階だったがここで良いかと見せられると、ベッドが二つくっつけてある。ホテルの主人はベッドはこのままにしておこうか、それとも離そうか、と聞くので、離してもらうように頼む。言いながら私は宿の主人の無神経さに少々あきれていた。


RBは外のテラスに座ってなにやらお金の計算をしており、なかなか部屋に入って来なかった。私に気を使っているのかも知れなかった。荷物の整理をしたりしているうち少し暗くなってきてようやく彼は入ってくる。私と二人で間が持たない事を恐れてか、宿の主人のパソコンを持って来ていた。


私は一人でTVのインドのチャンネルをあれこれ変えていたのだが、RBはパソコンをいじり始めた。

でも私の観ているTVが気になるらしく時々一緒に画面を見る。


ふとRBは、マダム、りんご酒飲みます?と聞くのでうなづくとオーダーしに行った。しばらくして酒と山羊肉、サラダが運ばれる。RBがグラスを取り上げ、健康を祈って乾杯、と言ったので私も自分のグラスを合わせる。山羊肉は固いので、私は歯が調子悪く噛めないだろうと言うと彼は、骨付きの硬いところを自分の皿へ移すように言い、自分の皿のやわらかい肉を私にくれた。


TVでは人気のあるインド映画の一つを上映していた。Bollywoodものはセクシーなシーンとか結構多いのでそういったものは一緒に見るのは恥ずかしいと思ったのだが幸いこの日のやつは男の友情をテーマにしていてからみのシーンはほとんど無くてほっとする。RBはその映画を一度観ているのですじがわかっており、私に解説してくれる。こんな風にRBと二人で酒を飲みながら映画を観るのは初めてであったがすごく楽しい。素面とは違ってリラックスできるのも良かった。インド映画は随分観ているのかと聞くと、彼は、昔はかなり観た、といっても映画館に行ける訳じゃないので自宅のTVで観てるとすぐ眠くなってしまうんだと。


明日からのトレーニング上手くいくといいな、と私はRBの寝息を聞きながら思った。

止むを得ない事情で延期になっていた残りの二つのVDCでのヘルスコミッティのトレーニングを行う為、私とRBはJumlaへ飛ぶ事になっていたのだが、弱小エアラインであるSエアーの2機しかないプロペラ機のうち一機が数日前、着陸に失敗して大破し、2、3ヶ月は復帰できない模様とわかり、さらに悪い事に残りの一機もマイナーなトラブルで一日前から飛んでいないという知らせをRB経由で受ける。



RBはSエアラインのトップと知り合いになっているのでこういう場合もコネが利くのだが、その彼が電話してきて、マダム、今度のJumla行きは駄目になりそうだ、と残念そうに言う。

私も、2つとも飛行機が壊れている以上、もう見込みは無いか、と暗い気持ちになっていた。私達二人が行こうが行くまいが、トレーニングはもう中止にはできないので、私達抜きで行なわれる。DHOとDC Jumlaによって。私の任期は4月初めまでなのでもうRBと一緒にJumlaへ行く事は無くなると思われた。



日曜日、オフィスへ行くと、残念だがJumlaの残り2つのトレーニングに行けない事を上司Bや他のスタッフ達と話していた。RBは、今まで待ってたけどSエアーのボスから連絡が無いので今回はあきらめざるをえないだろう、と言った。



ところが、その10分後だったか、RBにSエアーから電話。急に飛行機が飛ぶ事になったのですぐにエアポートへ来い、と。



上司Bに、それを告げ、私は正直言って飛び立ってから又故障でもされたら、と思うと不安があったが、Bが、君は生命保険には入ってるんだろう?と少し笑いながら言うのをきいて、RBと心中とかなったらそれこそ大変だがそれでも他の誰かとよりは大好きなRBとならまあいいか、などと馬鹿なことを考えたりした。



急いで職場の車で自宅に取って返し、荷物を持ってRBの下宿へ行って彼をピックアップし、空港に向かう。空港は誰一人客がおらず、がらんとしていた。

その時、私達が乗るのは貨物機のチャーター機だと知る。またもや乗客はRBと私の二人だけなのだった。ネパール西部の小さな空港の滑走路にちっちゃなトンボのようなプロペラ機がぽつんと待っている。これに二人で乗っていくのだ。機内に乗り込むと前の方は座席がすべてはずされ、荷物がぎっしり積まれており、私達は最後部の3つの座席に座る。私の右隣にRB,左はスチュワーデスが座る。


午後のフライトは風が強い為、揺れる事が多く、私は少し心配だった。飛び立って間もなく、案の定揺れ始めた。20分ほどの短いフライトなのだが揺れはなかなか治まらない。RBを見ると全然平気である。額に冷汗がにじんで来る。揺れは一向に治まらず、つかまる所がないので自分の椅子の背を持つ。本当はRBの腕にしがみつきたかったのだが勇気が無くて出来ない。後で考えたら腕をつかめるなんてめったに無いチャンスなのに惜しい事をしたと思う。


気分がかなり悪くなって来たのであと5分ほどだがもつかどうかわからない。スチュワーデスの足元の箱にはビニール袋が入っているのを見て、吐きそうになったらあれを使おう、と思う。でもまだRBには気分が悪いと言えず、黙ってがまんしていた。


いつも着陸の際、飛行機はぐるっと迂回するのだが、それがたまらなく気持ち悪い。どうにか着陸まで吐かずに我慢したが、飛行機が止まってすぐ私はRBに、飛行機に酔ってしまったと告げる。彼は別に大して驚くことなく、大丈夫だよ、などという。


空港の前にある茶店でお茶を飲んで行こう、とRBが言ったのですぐにDCのオフィスまで歩く元気が無かった私は付いて入る。お茶やラーメンを勧められたが、どうにも気分が悪くて首を振り、RBがお茶を飲んでいる間、テーブルにひじをついて休んでいた。


RBがお茶を飲み終わる頃私はやっと気分が少しましになったので二人で歩き出す。荷物持とうか、と言ってくれたが、彼もすでにトレーニングマニュアル等持っていて手がふさがっているし、なんとか歩けそうなのでいいと言う。