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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

去年の秋ごろからなんとなくいつも胸が張っているように感じだしていた。最初それは生理の周期との関係のやつでもともとあったので気にしないでいたのだが、どうもだんだん胸の大きさ自体が変わってきているように感じるようになったのでこれはもしかしておかしいのではないかと思った。


友人に電話した時、更年期の話になり、お互いそれに当てはまる年齢なので自分の兆候について情報を交換しあったのだが、彼女の場合、周期の不規則ぐらいで胸は何も変化が無いと言う。ネットで調べると確かに更年期の症状のひとつに乳房の張りというのがある。


最も気になるのはガンではないのかという事。叔母が乳がんで8年くらい前に手術をしているのも不安を増す材料である。そこでまず知り合いの産婦人科医に電話して、閉経前にはこういう胸の変化があるのかについて尋ねてみた。彼の返事は、そういうのは心配ないんで、卵胞ホルモンが減って行く過程で黄体ホルモンが相対的に優位になり、そういう症状を起こすのだと言う。でもどうしても心配ならカトマンズのTUTHに乳腺外来があるからそこのDr.PSに診て貰うのが良いだろう、そこにはマンモグラフィーもあるしと言うのであった。


少し安心したがやはりこの際ちょっと詳しく調べてもらう事にし、超音波でもわかるそうなのでまず近くの、虫垂炎のとき超音波を何回か撮ってもらったN医大のRadiologist、Dr.Aに相談する。Aは、今すぐ超音波を撮って良いのかどうか自分はわからないので、外科のDr.Kをまず受診するように言うのだ。私はそれなら仕方がないと、Dr.Kの外来へ行く。院長でもある彼の外来は大変混んでいたが、Dr.Aが直接話をつけてくれたので待たなくて良かった。


Dr.Kはインド人なのにネパール語が上手にしゃべれるのに驚いた。70歳ぐらいにみえるのだがインド人の歳はわかりにくいのでわからない。研修医に触診させてから自分で触れてみて、ああこれはFibroadenosisだ、とすぐに言ったが念のためにリンパの腫れがないかどうかも診た。ガンではないと思うが、それを除外する為にいくつか検査をしようと言う。で、何の検査をの指示が出たかと言うと、乳腺の超音波、胸部レントゲン、血液一般、肝機能、腎機能、それに腫瘍マーカーまで。しめてRs3200。


ああこれだから私立の病院はいやなのだ。診察室に取って返し、Dr.Kに、検査代が高すぎて払えないので最低限必要な検査だけにしてもらえないか?それにレントゲンは被爆するのでなるべく避けたい、と伝えた。するとはたしてKは、血液検査と胸部レントゲンを斜線で消してくれたので結局まず超音波だけを受ける事になった。こういう融通の利くところは良いと思う。


結局RasiologistのAに超音波だけ撮ってもらおうという私の最初の希望どおりになったわけだがもし何も言わなければ膨大な出費になるところだった。Dr.Aに電話すると、明日5時に撮ってあげるから来るように言われ、その結果を持ってDr.Kの外来に行く事になる。

上司Bに、君の任期はあと2ヶ月を残すのみとなったのだから、3月末までの日ごとのスケジュールを早急に作って提出するように、と言い渡された。


私は少し悲しい気持ちでその作成を始めたのだったが、せっかく昨日半日かって作った予定が、早くも今日、訂正しなくてはいけなくなったのだ。原因はPyuthanFCのD君。RBにD君と打ち合わせしてヘルスコミッティのオリエンテーションの日程を確認するよう頼んだのだが、RBは、D君はオフィスへは母が病気だと言ってPyuthanを先日離れており、携帯に電話するがスイッチが切られていると言う。


これだからネパールで予定通りに事を進めるのは不可能に近いのだ。慣れているので驚かないが、もうあまり時間のない私にとっては困った事だ。


仕方なくPyuthan出張の予定をSalyanに変えよう、とRBが言い出す。その頃は私はきっとHIVセクションのスタッフと一緒にDailekhへ行かないといけないと思うよ、と答えたら、RBはちょっと拍子抜けしたように、ふーん、と言ったので、私もSalyanへ同行するのを期待していたのかな、となんだか嬉しくなってしまった。またもや単純な私!でもSalyanへは私は別に行かなくても良いのだった。ヘルスコミッティ関係ではないのだし。


結局RBの提案により、RBがSalyanから戻ってからまず5日間だけPyuthanへ行き、その後Jumlaへの約9日間の出張それから2、3日おいて残りのPyuthanへの11日間の出張と言う事に決まる。


というわけで2月から3月にかけてはRBと3回出張に行く事になり、合計25日くらい寝食を共にすることになりそうである。


最後の思い出だが余りにも濃いスケジュールで後になってから余計に別離の寂しさが増すのではないかと心配だ。

昨日はBardiaへ一日出張だった。行きはRBの、帰りはODのSのバイクの後ろに乗った。オフィスを出てまもなくRBが、手袋を忘れたから下宿に取りに帰る、などという。私はさりげなく(内心うれしく)、いいよと言った。RBの下宿へ着くと彼はじゃあ取ってくるね、あ、中に入る?と私を振り返ったので一瞬えっ、と息を呑んだのだが私のプライドが、いや、私はここで待ってる事にする、と答えたのであった。ああ、せっかくのチャンスだったのになぜ一緒に部屋へ入らなかったのか!と彼を待ちながら思う。でも男の一人暮らしの部屋に入った事なんて一度も無いし、大家さんが見たらまずいのではないかと懸念したのだ。それが普通ではないか。だけど一方で私を振り向いた時の上目遣いのRBの丸い目が忘れられない。


BardiaのDCに着いてミーテイングを予定通り行なう。ここのDCは活発でとてもエンパワーされており、ODのSの言う事によく反応した上に、自分達の考えもしっかり述べ、こうすればさらに良いのでは等という提案などもあり、私は感心したのであった。


ここまでは予定通りの成り行きだったのだが、ミーテイングが終了した後、軽食を取りながら雑談になった頃になり、予想外の展開になったのだ。FCのRさんが、思い切ったように、これまで3年間このプロジェクトで仕事してきたけど、いままで一度も昇進や昇給が無いのはどういう事?同時期に採用されたRKは2回も昇進してPOになっているのに対し、これでは努力はちっとも報われない、しかも私は妊娠中もろくに休暇を取らずに出産前日まで出勤するなど頑張ってきたのに!と一気に言い切ったのだった。最後には涙声になり、部屋を走り出てしまった。


その後はさらにDCの古いボランテイアの一人が、Rは一生懸命やってくれているのにどうしてDirectorはわかってくれないのか?彼女がああいうのはもっともではないのか、と続けた。ODのSは苦笑いしながら、じゃあ自分の事を言わせてもらうが、僕だって順風満帆に来ているわけじゃない、これまで上司Sのせいで2回、栄転のチャンスを潰されてる、一時はとてもつらい時期もあったがそれを自分で乗り越えたんだ、こういうことは人生にはままあることであり、いちいち泣いてたら話にならない、と言ったのだ。


私は聞きながらそっとRBを見やった。RBだってRさんと同じで一度も昇進出来てない口なのだ。しかもRKと同部署で毎日彼の指図で仕事をしなければいけない立場はもっと酷であろう。RBはあきらめているのか、やや投げやりな笑みを浮かべ、腕組みをしてため息をついた。


外に出てからも3人は話を引きずっており、その行き着くところはRKなのだった。上司SがRKには甘く、異常に評価が高いことを3人は指摘し、特にRさんはRKの事を絶対許せないと言うのだった。RBは、RKが人並みはずれてケチであることを強調、こないだなんか仕事中に学生である弟から金をせびる電話をかけていたんだぜ、というのに対しODのSが、それはあいつの家庭内のことなんだから我々の知ったことではない、と言った。それもそうだが、RBが私用電話の内容に聞き耳を立てているのには笑えた。私が夫と電話している時もそういえば彼はしっかり聞いていたな。


その時、DCで飼っているオスの老犬が私達のそばで座っていたのだが、見ると人間がやるように頭をこっくりこっくりしながら寝ているではないか、座ったままで!首が下にがくっとなると目を開くが、又眠気に耐えかねてこっくりするという繰り返し。私はあれ見て!と言おうとすると同時にRBも気付き、携帯で写真を撮ろうとした。あれ笑えるから撮っといて!と言うと残念なことに犬はカメラの気配に気がついて咎めるようにRBを見、とっとと走り去ってしまったのだった。