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Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

Dr.I Dに紹介された超音波クリニックでエコーを撮りに行く。

麻酔医のDr.Mが家と同じ方向だということで自分の車で送ってくれた。

超音波はすぐに撮ってもらえ、結果もすぐに渡された。

そこまでは良かったのだが、またしてもその結果に異常所見が。


2個ある子宮筋腫の大きさは変わってなく(2センチと1.5センチ)、卵巣も両方とも正常。ここまでは良かったのだが、おなかの中に腹水が中等量溜まっているという。

思いがけない結果に唖然とする。腹水がたまるというのは、癌の場合があるというのをすぐに思い出し、いったい私のおなかの中はどうなっているのだろう?と。腹水でしばしば見つかる卵巣がんについてはこの超音波を見る限り卵巣には異常は見られない。だとすると何処?


次に思い浮かんだのが、半年前に手術した虫垂だ。あれの病理組織検査はしていなかった。もしあの中に癌があったとして、手術した時にはすでに腹腔内に散らばり、腹膜転移を起こしていたとしたらどうだろうか?

そこまで考えると私は充分パニックになった。


あれを病理検査してもらおう。ネパールやインドじゃ駄目だ。日本で。それにはどうしたらいいか?まず標本だけを送る事を考えた。ホルマリン漬けにしてあるので日本国内だと宅急便で送れるだろう。問題は国際便で、ネパールから国際宅急便で送れるかどうか疑わしい。友人に電話してみたら、ちょうど一人日本人の旅行者が来週の月曜日に日本へ帰国すると言う。その人に頼んでみてあげるという。


良かった。あとは病理検査をしてくれる人(病理医または検査技師)を探す事だが、とりあえずネパールでも働いていたことのあるDr.Kに相談する事にし、メールを出す。さて、返事はいかに…

ラクノウのKG医大へ一人で行く。まずはN医大のDr.Aの部署で働く事務のTの従兄弟であり、放射線科の部長Dr.Pの部屋へ行き、Dr.IDへ紹介状を書いてもらおうと思った。N医大ではDr.Sに紹介がすでにされていたのだが、私はどうしても乳癌の専門であるIDに診て貰いたかった。


Dr.Pの部屋はすぐにわかった。秘書に言うとすぐに通される。Dr.Pは忙しそうだったが、私が自己紹介し、N医大で彼の従兄弟Tに会った事を言うと、すぐにフレンドリーな笑顔を見せ、別の部屋で自ら触診し、たぶん悪いものではないと思う、と言った後、自分の部屋へ戻り、レターパッドにDr.IDへ紹介する旨の手紙を書いて、持たせてくれた。


お礼を言い、翌朝、IDの診察室へ向かう。外科の中に特別に設けられた腫瘍外科というところはいわゆる癌とその疑いのある患者が来るところなので内科や一般外科など他の科とは違い、押し合いへしあいというほど患者は来ないようで、その日も全部で20人くらいしか来ておらず、私は5番目だった。受付の男性はとても親切で、Dr.Pが書いてくれた紹介状を見せると、Dr.IDが来るや否や、一番に私を呼んでくれた。


DR.IDは60は過ぎているようで、体格のいい、一目でかなり貫禄のある人物だった。私が座るとすぐに、君はメールをくれたんだね、あの婦人と同一人物なんだね、と念を押し、私がうなづくと、めーるの返事を昨日出したんだが読んでいるか聞かれた。私は、昨日は移動中だったのでメールはまだ見ていないと言った。


別室のベッドに横になる様に指示され、Dr.IDの触診を受ける。診ながらIDは、これは癌ではないと思う。Fibroadenosisだ、と自信を持って言った。あまりに自信ありげに言われるので触っただけでわかるのだろうか?といささか疑問だったが、席に戻り、N医大の超音波のレポートの異常な陰影を示す所見のところに、これはwrong!と言い、大きなバッテンを付けたのだ。驚いて何も言えないでいる私に、Dr.IDは、マンモグラフィを撮ってきて!今すぐ、と言い渡した。


助手の男性と一緒に階下のマンモグラフィ室へ行くと、なんと今機械が壊れていて撮れないと言うではないか。又Dr.IDのところへ戻ると、800ルピー払えますか?ときかれたのでそんな額は問題ではなかった私は即座にうなづくと、外部の画像診断の施設を教えてくれ、そこへ今すぐ言ってマンモグラフィを撮り、結果が出たらすぐ電話をするように彼の携帯番号を持たせてくれた。


マンモグラフィのレポートを待っているが4時になっても私のレポートだけが来ない。受付の人に、マンモグラフィ室へ行って聞いてくるように言われたので行くと、やっとそこで渡されるが、そのレポートを見てまたもやショックに。右はなんともないが、左の乳房の真ん中あたりに異常所見あり、と書かれているのだ。私は気が動転してしまい、あわてて外に出ると、半泣きでDr.IDへ電話をした。彼はすでにKG医大を出て、彼のプライベートクリニックであるN医院の手術室で手術中だったのだが、私にそこへ来るように言った。


私は、その画像診断の施設のマネージャーに、いますぐN医院へ来いとDr.IDが言ってます、でも私はここの地理を知らないのでどうやって行ったら良いかわかりません、と切羽つまった言い方で言ったのだが、その私のただならぬ顔つきを見て、彼は、わかった、うちの救急車を使いなさい、と言ってドライバーを呼んだ。私は、救急車なんて高いのでは?と言うと、100ルピー払えるなら、特別に手配してあげると言う。私は、オートリクシャーで交渉を上手くできなければきっとそれくらい取られるだろうと思ったので、ここは好意に甘えて救急車を使わせてもらう事にした。ありがたいと思った。


N医院へ着くと、受付にはすでにDr.IDが話を通してくれていたらしく、すぐに手術室へ向かうようにひとりの助手を付けてくれ、彼と一緒にOTへ向かう。履物を脱ぎ、スリッパに履き替えてOTの思いドアを開けると、横手の控え室にはすでに手術を終えたばかりのDr.IDがまだ手術帽もとらず、術衣のままでソファに座っていた。朝の外来の時とは違って、IDの顔には、疲労と、手術をやり終えた後の満足したような安堵の表情が入り混じっていた。


Dr.IDの顔を見て少し安心した私は、マンモグラフィのレポートを見せた。彼はちょっと目を通したがすぐにフィルムを見せるように私に言い、窓にフィルムをかざして見た後、すぐに、これはFibroadenosisに間違いない、何も心配するような所見は見当たらない、と言い切ったのであった。またもや驚いて言葉が出せずに居る私の前で、マンモグラフィの異常所見を書いた箇所に、大きくバッテンを付けた。あの超音波のレポートにしたのと同じだった。続いて彼は、画像診断と言うのはこういう過ちを犯す事があるのだ、これは臨床を診ていない者が陥りやすい欠点なのだ、と言った。

そして、心配いらないが、一つ薬を出すのでそれを買ってまず2週間飲み、そこで私に電話しなさい、それから薬を続けるか決めるから、と言う。それと6ヶ月に一度はここへ来て、フォローアップを受けるように、と言われた。


それから横に座っていた、中年のDr.Mに私を紹介し、彼は自分と同じように、腫瘍外科医で、僕の助手なのだ、と説明した。Dr.Mは気さくな人物らしく、二人と私は乳癌や手術の事や、日本の腫瘍外科の話になった。私は安堵したせいで、このさいこの二人のドクターと知り合いになっておこう、と思い、自分からもいくつか質問などをした。そこで私は診察料のことが気になり、Dr.IDに言うと、君が思う金額でいいよ、と言う。私はそれでは私が困るのではっきり言って欲しいと2、3度言ったらやっと、じゃあ私とDr.Mに500ずつ、と言われた。


私が二人に謝礼を払って帰ろうとすると、コーヒーを飲んで行かないか?と言われたので、急いで帰る必要もなかった私は、ご馳走になる事にする。コーヒーを飲んでいると、麻酔医のDr.Pも加わり、たわいのない話などをする。ふと私は、この際、気になっていた婦人科の問題、子宮筋腫についてもDr.IDに相談してみる事にする。よい婦人科医を紹介してもらおうと思ったのだ。


去年、デリーで撮ったエコーの写真を見せると、まず、今回再検して大きさに変化が無いか見てみるように勧められ、エコーの指示を書いてもらい、エコーを撮りに行く。

それが又、思わぬ心配の種を生むことになるとはまだ私は予想していなかったのだが。




4日ブログを更新出来てなかった理由は、自分に余裕がなかったからである。そうなのだ、Dr.Aに撮ってもらった超音波が予想外のものを映し出したからである。軽い気持ちで受けたにもかかわらず、Aの目が画像のある一点に釘付けになってからはわたしの心臓はバクバクしだした。きっとAもプローブを持つ手にそれが聞こえただろうと思われた。


高感度なので4から5センチぐらいに大きく写っているが実際のところはどのくらいかわからないのだが、はっきりと私の目にもダークグレーの平べったい楕円形の物体がわかる。Aは私に起きるように言い、今度は両手を後ろについて座位で撮る。右が終わり、左の胸へ。


右にあんな影が見えたので私はすっかり動転してしまい、あれは何?ガンか?それとものう胞?頭のなかで色々な単語が錯綜する。助手の女性が、いつからしこりに気付いたの?などと言うが、私はしこりなど触れてはいない。ただ胸が大きくなったように感じ、痛みもあったので受診しただけなのだ。余計に不安を増すような事は言わないで!


結果を渡すから廊下で待つように言われ、外に出る。10分ほどして思ったより早く、Dr.Aが結果を持って来た。震える声で、あれは何だったのでしょう?と尋ねてみる。Aは、心配ないよ、たぶんFibroadenomaだと思う。というが、その割には顔が深刻である。いつもにこやかなAには珍しい。きっと私に心配させまいとしてそう言ったのだろう。それとさらに意外だったのは左の胸にも8ミリの小さな同じようなものがあるという。


Dr.Kの外来に超音波の結果を持っていくと思ったとおり、たぶん、悪性のものではないと思うが、念のために穿刺吸引細胞診をしよう、と言う。それはあらかじめ予想していた事なのでそれほど驚かなかったが、痛いのがとても苦手な私にはすぐにハイとは言えずにいた。とりあえず明日の10時半に来る様に言われる。


その夜は大変だった。超音波の画像を見ながら、Fibroadenomaで検索してインターネットで調べまくる。超音波の症例別に画像を載せたサイトがあり、それに照らし合わせて見る感じでは、Fibroadenoma(繊維腺腫)よりむしろCyst(のう胞)に近い気がする。でも、後方エコーの増強が認められず、むしろ減弱しているので悪性腫瘍のうちのいくつかに見られる所見が無いともいえない。


これはやっぱりはっきりさせるのには細胞診をやらなきゃ駄目だろう、と言う結論に達する。

だけどやっぱり怖い。痛いのが。それと、エコーやレントゲンガイド下でなくては正確に穿刺するのは難しいと思うのだが、N医大でそれを出来る技術者がいるかどうか疑問だった。せっかく痛い目に会って、目標のところを穿刺出来ないのでは何にもならないではないか?


結論として私はインドのラクノウのKG医大へ行き、マンモグラフィ及び出来れば超音波の再検を含めて検査をし、そこの腫瘍科の乳腺外来のDr.IDの診察を受けて来よう、と思った。