デリーでの友人達 | Kanchiの日常

Kanchiの日常

Muna-ko-mami(通称Kanchi)の日常を綴った日記。仕事から娘の学校、たわいない日々の出来事等。ストレス発散はこのブログのもう一つの目的かも。

デリーに住んで1年半以上経つが、今もってインド人で親しい友達と呼べる人はきわめて少ない。今まで日本をはじめいくつかの国で暮らしたが、そこそこ親しい友人を持つ事が出来ていた。私の場合、親しいと言えるかどうかはお互いの家を行き来したり、そこで一緒に食事をするというのが一つの指標となっているが、これまでそういう付き合いに至ったのは3名のみ。いずれも北東部の出身だ。実はこの インドに北東部(ノースイーストと呼ばれている)の地域が存在する事すら私はインドに来るまで知らなかったのだ。

地図で見るとバングラデシュの向こう側にぶら下がったようなこの北東部があるのだが、マニプール、ナガランド、ミゾーラムの3州はもうほとんどミャンマーという位置にある。

で、自分のアパートはデリーでも特にこの北東部出身者が多いとされる一角にあるので最初来た時は、なんだかインドにいながらインドでない別のアジアの国を歩いているような気分になったものだ。それに加えてここにはネパール人も多いのでなおさらだ。


そのマニプールの友人なのだが、一人は同じアパートの住人で娘と同い年の女の子のお母さんのT。娘達の学校も同じだし、最初に親しくなったのは彼女だ。Tはとてもざっくばらんで話しやすい人である。正直で飾り気がなく、信頼できる。その上親切である。まだインドに慣れない頃、いろんな事で大変お世話になった。子供同士が遊んでいる間、いろんな話をした。特にお互いの夫に関する話題ですごく盛り上がった。Tのご主人は彼女とは対照的でとても内気で寡黙な人のようで、聞いていていつもうちとは真反対だと笑わずにいられなかった。


それなのにTは去年のクリスマスにマニプールに帰ったまま、戻って来ないのである。淋しく思う。

もう一人のマニプールの友人、Rちゃんは25歳の学生である。私の働くオフィスにインターンとして半年間やって来ていた。今日が最後の日で、あさってRちゃんは大学へ帰ってしまう。私とは親子ほどの年齢差なのだがほんとうに違和感なく話せるのには自分でも驚いていた。先週から時々うちに来て夕食を一緒にしたり、映画のDVDを観たりしているのだが、娘もとてもRちゃんが気に入っていて下宿へ帰る時もついて行くと言ったりする。

その彼女とももうあまり会えなくなるので残念。


もう一人、ちょっと気になるアッサム出身で最初うちのアパートの隣の部屋の住人だったP君というのがいる。彼は30歳で、以前結婚していたのだが、まだ新婚時に奥さんが他の男性の元に走ってしまったという気の毒な経験を持つ人だ。地味だが努力家で、とてもやさしいし、女性に対する気配りも忘れないタイプだし、彼がどうしてそんな目に会うことになったのかは私の知る由も無いが、とにかくわが家にとって、はずして語る事は出来ないP君である。彼は一度他の州へ引っ越したのだが、娘をとても可愛がってくれていたので、P君と会えなくなるのはいやだと娘は大泣きした。なんとその時P君も隣の部屋で泣いていたというではないか(同居していた彼の友人の証言)。P君は仕事がうまくいかず、期せずして4ヵ月後に再びデリーに戻ってきたので今は近所の別のアパートに住んでいる。時々訪ねてくれるので彼の好きなポークカレー等を作って一緒に食べたりする。

アッサムの田舎に彼をとても慕っている娘さんがいるそうなのだが、最初の結婚がああいう形で終わっているので、女性に対してどうしても臆病になってしまうみたいである。P君が良い伴侶にめぐり合える事を祈っている。