Hardnutのブログ -77ページ目

マーケッティングのこと

日本政府が関わるある援助プロジェクトの記事に目がとまり読んでみた。農業技術指導員を養成する施設をアフリカ某所に設立して近隣諸国も含めそのなりの人材を募り、一般農民に農業技術指導できる人材に育成するということを目標としていたとのことだったが、成果はどうなんだろう。

このようなプロジェクト以外にも、かつて、ケニアのパッション・フルーツの品質向上のために日本人の専門家が送り込まれたりと云うのを身近に見る機会などもあったが、とても無駄なことをやっているという思いで彼らを見ていた。パッション・フルーツの場合は、品種の問題ではなく、いかに農民が作った作物を買い取って市場で売ってやるかということが素人眼にもはっきりしていたからだ。

アフリカ人の農民だって、農民は農民で、ベストではないかも知れないがそれぞれにいろいろな作物栽培のノウハウはそれなりに持っている。しかし、換金作物の場合はいかに市場へ持って行ってそれなりの価格で売るかというマーケッティングの問題である場合が多いのに、相変わらず品種改良や収量増ばかり強調されているように思う。


いま、いろいろな係わりがあって国内の「道の駅」とのコンタクトがあり、各地の「道の駅」の農産物の直売所も含めた活動に注目しているが、各地の農民が自分で生産した作物を自分で直接マーケッティングできるということで、嬉々として近場の「道の駅」に作物を持ち込んで自分で商品を棚に並べてというのを見ていると、マーケッティングに直接関われると云うことがそのまま生産意欲向上に繋がるということ明白で、日本・アフリカ関係なく、ポイントはマーケッティングということだろう。

現在手掛けているプロジェクトもうちょっとでBreak throughして市場にデビューなのに、ここでモタついているのが歯がゆい。


水曜日はクラブ・ナイト

以前「ケニアのゴルフ事情」として彼の地のゴルフのことを何度かアップした。


大蔵官僚から天下りしてNTTへ入り、その後、駐ケニア大使として2005年頃に赴任したM氏が実に立派な(嫌味もこめて)ブログを毎日書いていて、ケニアあたりだと大使としての公務もたいしてなくヒマだったのか、写真もふんだんに取り入れ、いろいろなところへ行って遊びまくっていましたと云う様子が実によく分かる。それを本にまとめて出版しているが、そのタイトルが『貧しくも魅力あふれるアフリカの大地から』というので、なんともムズ痒くなりそうだ。

そのブログにも「ケニアのゴルフ事情」というのがあり、さすがに元キャリアだけに分かりやすい施設案内にまとまっている。


ケニアのゴルフクラブの施設としてレベルの高さは日本のそれなりに名の知れたクラブと比較しても遜色ないが、それらケニアのゴルフクラブの魅力はM氏の賞賛する施設もさることながら、やはり集まってくる人とその人たちが醸し出す雰囲気につきる。

仕事が終わってふらりと立ち寄れば気楽な連中がバーを中心にあちこちにいて、談笑しながら飲み物を1-2杯飲んで家路に着くということを日課にしているひとも多い。

週末はクラブのゴルフコンペなどの催しが毎週のようにあって多くのメンバーが集まるが、週の真ん中の水曜日には「Club Night」と言って午後からの参加費がボール1個というゴルフのミニ・コンペを開き、夕刻からゴルフ・キャプテンが週末のイベントの案内やクラブからの通知その他を伝達して、その後にミニ・コンペの表彰式として優勝者はボール10個、準優勝はボール7個、、、というようなことがあり、その後はミニ・コンペに参加した・しないに関係なく気の合った同士で歓談が続く。

だから、水曜日の晩にクラブへ行けば、週末の行事予定などを確認して、それから歓談の輪に加わることができる。もちろんその輪に入り込めるようになるまではちょっと時間もかかるが、一旦受け入れられるとなんとも居心地のいい居場所となる。

「水曜日はClub Night」というのが刷り込まれていて抜けない。

アフリカでも和食ブーム

アフリカ、特にケニアに深く関わっていていたものだから、そう言った関連のテレビ番組や新聞・雑誌記事などがあると知人・友人から「xxx見た?」という連絡がある。

NHKラジオの海外居住の邦人からのリポートを取り入れている番組があるらしく、最近その中でNairobiのWestlandsで夫婦で幼稚園を経営するIさんの奥さんが「ナイロビには10軒以上の日本食レストランがあるが日本人所有・経営は一軒だけで他はほとんどが韓国人の経営で、、」という話があって、最後は「最近は欧米人だけではなく、アフリカ人の家族ずれなども多く見かける」というリポートで〆ていたということだった。

確かにそうで、日本人経営の日本食レストランは少数派だし、多くのアフリカ人が日本食レストランをおとずれるようになった。


先月9日でベルリンの壁崩壊から満20年となったが、壁崩壊前の西ベルリンには2軒の日本食レストランがあり、いずれも日本人経営だった。5-6年前にドイツに住んでいたときにベルリンへ行く機会があり日本食レストランの話になったが、その時点で200店ほどの日本食レストランがあり、そのほとんどは韓国人・中国人・ベトナム人・フィリピン人などの経営で調理もかれらがやっているということだった。事実、ブレーメンで時々通っていたレストラン「さくら」はベトナム人所有で、ミュンヘンの日本人所有の食堂で日本人に仕込まれたベトナム人のオーナー・シェフは、店に入ると「いらっしゃいませぇー!」だけは日本語だった。

健康イメージがあり集客が容易で客単価を上げられるので「日本食」「日式」を志向するのは当然だろう。

ジョークを。

日本人文化人類学者や欧米の言語学者などのグループがアフリカ奥地へ調査に入ったところ、全員人食い土人に捕らえられてしまった。酋長が誰を食べようかと吟味の上、小柄で貧弱な体つきの日本人を指さし、「こいつを食べたい」と云った。ご指名を受けた日本人は「な、なんでオレなんだ? ほかに立派で美味しそうな体格の人たちがいるじゃないか?」と酋長に問い返したら、酋長「ここらでも最近は日本食ブームでね。」と。