竜頭蛇尾支離滅裂
現在の中学校のカリキュラムは知らないが、昭和40年代には「技術家庭」というのがあって、男子生徒は園芸・木工・金属加工とラジオを作ったりする電気・電子の実習というのがあって、校庭の隅の花壇の手入れをさせられた記憶がある。農業はその園芸実習と、中学の理科の植物必須の三要素、窒素・りん・カリというのを学んだ程度の全くの素人なのに、約30年前にケニアで仕事を始めたら、いきなり接ぎ木した苗木を生産する育苗場の管理を任され、そこで接ぎ木され生産された苗木を農園へどんどん植えつけて圃場をウン百ヘクタールという単位で開発することになってしまった。
日本人は何でも知っていると思われていたかどうかは知らないけれど、現地スタッフの手前、専門家のような顔をして、実際には近くに住んでいたJICAの農業専門家にいろいろ教わりながら急場をしのぐということもした。
その延長で、いまでも日本に住んで日本からアフリカの農産物加工品の国際的なマーケッティングをしているので、アフリカの農業はもちろん、日本の農業にも関心を持って日々のニュースや情報収集は欠かせない。
二週間ほど前に、書店で「地球を救う新世紀農業」吉田太郎著・ちくまプリマー新書というのを偶然見つけ購入した。副題に「アグロエコロジー計画」、帯に「20xx年、食料危機? 人類飢餓ふせげるか」とスゴイことを言っている。
普通の人が何を言ってもそれにイチャモンをつける筋合いではないが、この著者は長野県農業大学校の教授で、若い農業後継者を教育する立場の人のようなので、イチャモンというよりは、気づいたことを2-3言いたくなった。
この著者は、インターネットでいろいろな情報収集ができて素晴らしいことになっているけれど、情報の取捨選択には気をつけるようにと言い、論理の組み立て方を指南し、一般に用いられる演繹法も帰納法の完全ではないから注意するようにと真っ当なことを云う。そして、演繹法と帰納法の限界を超えるには「KJ法」だという主張を展開し、それを使えば、「有機農業で100%自給するキューバ」は真実ではないことが分かるのだと説明する。この見解も真っ当。
ところが、その辺から論理が飛躍し始める。有機農業には限界があるから化学肥料を使った近代農業への移行を肯定するのだけれど、化学肥料・農薬の生産には枯渇が予想される石油資源が使われなければならず、また、ある程度の規模をを前提として機械類を導入している農業も石油資源に頼るから将来ヤバイんじゃないの? そうしたら進むべき道は、アグロエコロジーではないかということで、
■甦る古代インカ農法-化学肥料を使わず収量を10倍に
■ケニアのゴキブリホイホイ農法
■マダガスカルの怪奇農法
などが続く。
米国のモンサント、デュポンやカーギル、欧州のBayerなどのアグロビジネス・種子会社・化学会社などを問題視する視点は同意するが、それが「社会的、環境的な破局を避けるには、近代農業の企業農業モデルからの根本的に脱却しなければなりません(P.157)」と言い、「日本ではあまり知られていないだけで(アグロエコロジーが回答だP.160)」となり、「欧米を中心に安全・安心農産物を求める消費者が増え(P.181)」、「農薬・化学肥料漬けの日本農業(P.181)」は、「有機農業もいまだに普及していませんから、欧米より二段階遅れていることになります(P.182)」ということになってしまい、「やはり、日本で流布している農業情報にはズレがある(P.182)」と結論づける。
著者は、ちくま書房の編集者に「誰もがルポライターや環境活動家のようには全世界を飛びまわれません。サラリーマンをしながら世界農業を見ている点が吉田さんのユニークなところです」と言われてこの本の出版となったようだが、出典・引用は正確でも、論理の組み立てには無理があり、だいいち、インターネットで世界じゅうから情報収集ができると冒頭でいっているのは不正解ではないとしても、情報の取捨選択と裏付けがいかがわしい。
そして、最も重要なポイントは、日本の農業技術を正しく公正に認識しているようには思われず、自虐的に「欧米では」などと云う見識は教育者の資質としてはどうなんだろうということだ。
日本の農業のすごさをつくづく感じ、なんとか日本農業がアフリカの人たちの食糧増産・生活向上を助けてくれるのではないかと大袈裟なことを日々思う者としては、この著者の言い分は相容れない。
国産、有機、食糧自給率、、、農水省の思惑
米をつかった菓子類や食品の原料米の原産地表示が来年7月から義務付けられる。
煎餅やオカキは単に「原材料:米粉」では不十分で、どこ産の米から作った米粉かの表記が義務付けられるということで、これまで「国産=安全」のキャンペーンはもぉ何年もやっているからお煎餅屋さんは「タイ米」や「アメリカ米」と記載すればバカな消費者は手を出さなくなるから、どうしても国産の原料米を使うように仕向けられている。
今回の米農家への戸別所得保障制度も、食糧米は減反はしても飼料米や原料米を力づくで作らせるようにする。もちろん、食糧自給率向上のキャンペーンも並行して強烈に進めて国民を洗脳しつつつある。
関連しているけど別の話。アフリカでの農業を間近に見ていたので、安易に有機農業を推奨するのがいかに無責任な行為であるかを知った上で、必要最小量の農薬をきちんとコントロールして有効に使って生産を上げるのは人類の英知であるという考えに辿りつつある。
この話を続ける前に、2-3のウェブサイトを紹介したい。
農水省のWeb Site で、2年前にエチオピアのコーヒーが残留農薬の問題で輸入中止になった際の通知
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/05/h0509-6.html
このページの下の方にある「注6」というところを見てほしい。
「摂取を続けたとしても、許容一日摂取量をこえることはなく、健康に及ぼす影響はありません」。では、なんで輸入禁止になるのだ? エチオピアにとって日本は重要なお客さんなのに、日本の都合で簡単に輸入停止になってしまった。
もうひとつ。農業工業会というところのサイト。
なんでもかんでも無農薬、有機に云う前に、もうちょっとキチンと農薬のことを学んだ方がいいと思う。
つまらない、どうでもいい話
ジンバブエのムガベが10年前に白人農場主に対して農地を明け渡すようにという通知をして、実際に2002年から白人所有の農地の接収が行われ、それがジンバブエの終わりの始まりとなった。
この土地明け渡し要求を「Land Claim」とよんでいるが、実は、これはジンバブエだけの話ではなく、南アフリカの、特にジンバブエに近い北東部、現在のLimpopo州でも時を同じくして始まっており、随分多くの南ア白人農場主が土地を明け渡している。
以前にも述べたけれど、南アの黒人はアパルトヘイト時代ホームランドという居住区閉じ込められて食料は白人が安価に供給していたので、黒人の「農民」というのが存在しなかった。つまり、農業を知らない黒人が農地を要求して白人の農場が分割されて小分けされた農地が黒人に分け与えられた。これはジンバブエの話ではなく、南アフリカ北東部の過去7-8年前から現在に至るまでの話だ。
今回、香港で南アからのオジサンたちに聞いたら、そう云う経過で土地を与えられた黒人の95%は農業を知らないので農地は荒れ放題になっいてるとのことだった。
やっぱりと云うか、別に驚きもしなかったが、そう云うことになっているらしい。
日本に戻り、留守中にたまった新聞をパラパラとめくった。
今日の朝日新聞の記事に「ライオンのためにシマウマ捕獲-ケニア」というのがあり、紙面のほぼ半分を使った記事になっていた。
インターネットの発達で、アフリカの政治経済その他のニュースは英語が理解できればオン・タイムで知ることができる。つまり、新聞社は特派員を派遣しなくてもアフリカのニュースは日本にいて記事にできる訳だ。
では、なぜ特派員を派遣しているのかという意味を知らしめたいだけなのか、こんなニュースは天下の朝日新聞がこのサイズで扱うほどの記事なのか、朝日新聞を編集している人たちの頭の程度を疑い、認識に疑問を持つ。
ケニアでずっとトップ記事になっているのは憲法改正の話題で、これはかれこれ20年近く続いている長い長い話で日本人が聞いたって面白くもなんともないからニュースバリューはなさそうだけれど、だからと言ってライオンのエサになるシマウマが減ったから別のところから移住させるというのがニュースなのか?