くじ運にも恵まれ無事2回戦突破!

ああ~よかった!!これで春の大会 本戦出場決定です。


秋の高校野球というのは夏とは違い、開会式があるわけでもなく、会場となっているいくつかの高校のグラウンドでひっそりといつのまにか始まっています。


今回息子たちの試合は世田谷区は成城にある高校のグラウンド。大学かと見まごうばかりの広~い敷地の学校でした。

ちょうど去年の今頃訪れた同じく世田谷にある国○舘大学より全然広かったね。


この成城という所。都内でも指折りの超高級住宅街であります。

今から30年ほど前、ちょいと野暮用で一度だけ訪れた事がありますが、ほとんど初めてというか、私のこれまでの人生になんら関係のない場所でした。


駅降り立った瞬間からよそ者を寄せ付けない佇まいというか、気取ってるというか、エラソーというか・・。

ちょっとした小道まで並木道になっていて、閑静そのもの。だからなんなのさ!


ど庶民の集まりである我々父兄はバスの車窓からどでかい家が目に飛び込んでくるたんびに「おぉ~~っ!」と声を上げてしまう有様。


戦前にはおそらくほとんど畑 農村だったはずのこのあたりは、家一戸一戸もでかいし、街並みもゆったりとしています。

ウチの近所にもD調布というこれまたエラソーな住宅街があるにはありますが、なんかスケールが違うのよね。

D調布は範囲が狭いですからね。


このあたりにたまたま社宅があったんで住んでます、みたいな人たちはさぞかし肩身が狭いだろうなあと同情を禁じえません。


で、明日もここ成城にて試合です。もうめんどくさいから住んじゃうぞ!



「何とかなる!」 「何とかなる!」 「何とかなる!」


お彼岸なので家族でお墓参りの後 新宿に出て、プリンスホテルのランチブッフェに行ってきました。

25階なので景色も良く、食事もおいし~!ご先祖様ありがとうございます。


で、そのあとは全員バラバラの行動となり、私は高島屋で開催されている「YOSHIKI JEWELRY展」に行きました。

写真は実際にYOSHIKIが使用しているクリスタルのピアノ。こちらは展示品。


で、ミニドラムセットは販売品でお値段「20,000,000円」。一番高いのはなんかネックレスみたいなので「30,000,000円」ですって!!


・・・・ちょっと手が出ませんわ。でもお安いラインもちゃんと用意されてて、30万円台からありました。


30,000,000円を見た後だと、「やっだ~~!激安じゃん!!」と思ってしまう私は単純明快ばか。


でもこんな値段を平気でつけるYOSHIKIもかなりのお○カ。あら、私ったらつい本音が・・。おーほほほ!


でも売れてるんだって!ほんとかねえ・・。世の中不景気っていってもリッチな人が多いんだねえ・・。


http://www.sanspo.com/geino/news/090920/gnj0909200505009-n1.htm

幕張メッセで来月開催されるVーROCK FESのチケットが届きました。

今活躍中のヴィジュアル系バンドが一堂に会する大規模なフェスです。

私は24日に行きます。


hideちゃんとも仲良しで、あんなことがなければあの年一緒にツアーを回るはずだったマリリンマンソンなど海外からもアーティストがやってきます。


あと私の注目はこの日再結成されるラクリマクリスティ。

Xに加入する前のインディーズ時代、「サーベルタイガー」でhideちゃんの仲間だったkyoちゃん、TETSUがいるデランジェ等々。


もちろん若い子たちも♪ぶふふ♪


実はフェスは初めて。いくつかのステージが同時進行らしいので、うまく立ち回らないと・・。


ヴェルサイユは25日なのが残念だけど、今度の連休にジャスミンの献花式があるようなので、そっちに行ってきます。


今からすごく楽しみです。


http://v-rockfes.com/content2/?category=3

シカゴ(85年頃 日本武道館)

これはもう勉強不足が敗因のコンサート。

シカゴってやたらラジオやTVで流れるのですごく聴いているような気がしていたのだけど、実際は「サタデーインザパーク」「素直になれなくて」「愛ある別れ」の3曲しか知らなかったことが判明。

シカゴ好きの友達の彼氏に誘われて4人で行ったのだけど、彼ともう一人の女友達がノリノリだったのに比べ、私と彼女は頭の上にいくつも「?」が飛んでいた。

アリーナの結構いい席だった為に周りはスタンディング状態。座ることもできず私たちの所だけ空気が違ってた、みたいな。

ヴォーカルがピーターセテラじゃなくなっていたのも痛かった。


マドンナ(87年 後楽園球場)

デビュー以降飛ぶ鳥落とす勢いだったマドンナ待望の来日公演。後楽園3DAYSだったか4DAYSだったか。

期待に胸ふくらませて行ったら「体調不良のため本日の公演中止」の張り紙が!!

その前後はちゃんとやったのに、その日だけいきなり中止。

「やって~やって~」の大合唱だったが、そんな声本人に届くはずもなく、家路につく以外なかった。

後日TV放映されたコンサートの様子は超素晴らしくて余計腹が立った。


ピンクフロイド(88年頃 日本武道館)

これは私の知ったかぶりが敗因のコンサート。飲み会でピンクフロイドの「狂気」と「炎」のどっちがいいかという話題になり、「狂気」の方が有名だったから「やっぱ狂気じゃない?」などと口をはさんだばっかりに詳しいと勘違いした男友達が「来るんだよ。行こうぜ」と言い出し、引っ込みがつかなくなった。

案の定私には理解不能。さっぱりわからなかった。ただ、レーザー光線を多用した視覚的要素は素晴らしかったけど。ちょうど「2001年宇宙の旅」を無理やりガン見させられてたようなカンジ。


ポールマッカートニー(90年頃 東京ドーム)

法務局のお許しが降りて10年越しやっと実現した来日公演。この時はもうちけぴ電話予約でOKだった。

あのビートルズのポールが生で見れるのだ!とわくわくどきどきで行ったのだが・・。

目の前に居たのはただの外人のおっさん。サービス精神だったのだろうけど

「ボクノカミサン リンダデス」とか「オオキニ」「マイド」なんて言ってたような気がする。

ビートルズナンバーやウィングス時代のヒット曲など満載だったのだけど、どうにもこうにもイマイチだった。

ほぼ時を同じくして初来日したローリングストーンズが涙ちょちょぎれの感動モノだっただけに、その差は歴然というか、この人はコンポーザーであって、観るアーティストじゃないな・・と思い知らされた。


マドンナ(90年頃 千葉マリンスタジアム)

こちらも3年前のリベンジ。今でこそ真のエンターテイナーとなった感があるマドンナだが、この頃ちょうどそれまでの人気に陰りというか、下降線の時だった。はっきり言って都落ち。なのに本人は

「サンキュー トーキョー」と何度も叫んでいた。東京じゃないのに・・。ディズニーランドなんて問題じゃないくらい千葉なのに。本人は東京だと思ってたのかなあ。海外から見たらおんなじようなもんだもんね。

小雨降りしきる中空席もかなり目立ち、やっぱり3年前に観たかったという思いだけが残った。


ざっとこんなだろうか。もっとあるような気もするけど。

なんだかんだ言っても残念なコンサートより素晴らしかったもの、めっけもんだったものの方がはるかに多く、やっぱりライブは楽しい。

文字通り「生きてる!」っていう感じがするし。私にとってはいつまでも大きな楽しみのひとつ。

行ける回数は限られるけど、これからも大小有名無名に拘わらず果敢にチャレンジ!!

結構つらかったGLAYのコンサート。でもそれはGLAYのせいでもなんでもなく、ただ私の趣味じゃなかったというだけのおはなし。

思い起こせば今までも何度となくつらいコンサートは経験している。

年々低下する記憶力にカツを入れる意味でもここらで一気に振り返ってみたい。


ポールマッカトニー(79年頃 日本武道館)

実際には成田でマリファナ所持のためとっつかまり、幻となった日本初公演。

何がつらかったってチケットゲットまでの道のり。私はまだ高校生。時は12月。

その頃はちけぴやらイーチケットなんてものはこの世に存在しなかった。プレイガイドにて一斉発売。

学校のビートルズファン仲間7~8人で銀座ソニービルに夕方から並んだ。徹夜したのだ。

比較的暖かかったとはいえ、夜の冷え込みはハンパではなく、何も持たずに厚手のコートのみというおバカな集団の我々は凍死しそうになった。もちろん一睡もできなかった。

すぐ後ろの男子高校生グループは慣れていたらしく、レジャーシート、ボードゲーム、ラジカセ、寝袋と万全の態勢だった。

地下鉄もしまってしまい、暖をとることもできなくなった私たちはその辺に捨ててあった新聞紙にくるまった。新聞紙があんなに暖かいものだとこの時初めて知った。

その列は新橋付近まで続いていたと思う。お祭りみたいで今思えば楽しかったけどね。

こんな思いをしたにもかかわらず、あっさり払い戻しとなったのは言うまでもない。


オフコース(81年頃 日本武道館)

これはニッポン放送に並んで取ったと記憶している。コンサート自体はすごくよかった。

ただ、一緒に行く約束をしていた当時の彼と直前けんか別れしてしまい、友達を誘っていったというのがほろ苦い。


さだまさし(81年頃 横浜球場)

その日私は何かの用事で横浜を一人で歩いていた。多分元町のミハマとかキタムラあたりを見に行ったんだと思う。ハマトラ女子大生だったからね。

夜は東京で約束があったため、スタジアム横をを関内方面に向かい歩いていたんだと思う、確か。

そしたら少し年上位の男性が声を掛けてきた。

「あの~すいません。友達がこれなくなったもんで、よかったら聴きませんか?」といってチケットを差し出してきた。

「あ、お金ないので」と当然断った。ところが

「いえ、そんなのいりません。もったいないので、もしよかったら是非いらしてください」といってかなりしつこく誘われた。

いい人そうだったし、なんか気の毒だったので、最後までは居られないことを話し、結局一緒に見ることになった。

「レコードいりますか」「プログラム買ってあげましょうか」「オレンジジュースでいいですか」とかなりサービス精神旺盛な人だった。もちろん丁重にお断りしたけど。飲み物はもらったんだっけかなあ。

出だしはさだ妹の「白鳥座」というグループで、あくび噛みしめるのに苦労した。

やっと本人が出てきたと思ったらやたらしゃべりばかりで(今でいうところのMC)、結局1~2曲歌ったところで逃げるように退散した。

その人はしゃべりの時は大笑い。歌の時は目をつむり腕を組み体をゆすって浸りきっていた。本当に好きだったのだ。

尊敬するさだまさしのコンサートに空席作るのが許せなかったのか、それともナンパだったのか未だにナゾ。

名前もお互い名乗らずお別れしました。


レイパーカーJr.(82年頃 中野サンプラザ)

当時流行った「ウーマンニーズラヴ」がいいよね~なんて話をクラスでしていたところ、それを聞きつけた大して親しいとは言えないクラスメートから「今度来日するから一緒に行こうよ。チケは私が取るから」と言われ、行くことにした。

代金だけ払ってチケは当日待ち合わせたときに渡すからと言われ、私は中野駅前で待っていた。ところが彼女は現れなかったのだ。

自宅に電話したり、会場まで行ってみたりしたけどとうとう会えなかった。そう、私はコンサートに行けなかったのだ。目の前まで来ていたのに。

その夜遅く「どうしたの~」という能天気な電話が掛ってきたけれど、間違いなく彼女はこなかった。もちろんお金は返ってこなかった。悲しいけれど、だまされたんだと思う。あまり評判のいい子じゃなかったし。

すごくショックだったけど、もしかしたら私の勘違いという可能性もあるわけだから泣き寝入り。


                                                       つづく