久能靖さんトークショー『あさま山荘事件の真実』、大盛況! | 原元美紀 オフィシャルブログ 「原元美紀のミキペディア」 Powered by Ameba

久能靖さんトークショー『あさま山荘事件の真実』、大盛況!

ジャーナリスト久能靖さんのトークショー
「激動の昭和シリーズ 第一弾 『あさま山荘事件の真実』」
開催しました。
 
 
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私と久能さんとの出会いは2011年のことです。
 
当時、久能さんは
「おもいっきりテレビ」、「皇室日記」キャスターとして活躍されていて、
一方、私は日本テレビで「ニュース朝いち430」や
NNN24(現:日テレNEWS24)のキャスターを担当していました。
 
空き時間に、ニュース読みや
キャスターとしての心得などを指導いただき、いわば師弟関係。
 
というより、
ダジャレばかりの久能さんと
容赦ない私のツッコミの会話を聞いている周りの人からは、
「親子?」と言われます(笑)

そんな『お父様』は、本当に素晴らしいジャーナリストなんです。

日本テレビのアナウンサー・記者・キャスターとして、
昭和の歴史的事件の数々を取材し、伝えてこられました。
 
その取材のこぼれ話が、普段、私たちとの雑談でも、
ボロボロと出てくるんです。
 
もったいない!
 
これはぜひ広く知っていただいた方が良いのではないかと
「トークショーやりましょうよ!」と持ちかけたら、
「うーん、じゃあ、僕の冥途の土産に」
「トークっていうより、『遺言』ね~」
とまたまた笑っておっしゃっていました。
 
 
そして、第一弾は、
「あさま山荘事件の真実」をテーマに取り上げることが決定。
 
久能さんはちょうど40年前の1972年2月28日、
雪深い現場から9時間もの生中継を担当したのです。
 
それから一か月、今日の本番のために準備をしてきました。
 
とにかく久能さんが個人的に持っている映像・写真・書籍だけでも
膨大な量なんです!
 
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自分が産まれた頃の事件ということで、
私もリアルタイムでは知りません。
 
その時代の空気感のようなものも含めて
久能さんに解説をしていただくことになりました。
 
 
ナビゲーターは、
講談師の神田きらりさん と私。
 
そもそも神田さんが
偶然連合赤軍リーダーの永田洋子の本を読んで
「あさま山荘事件について久能さんに直接話を聞いてみたい!」
というところからスタートした企画でした。
 
異色コンビですが、私たちが久能さんに
それぞれ質問をしながら進行するという段取りになりました。
 
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ちょっと重いテーマなので
お客さんが集まってくださるか心配だったのですが、
なんと会場は満席!

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口コミということもあり、お客さんのほとんどが業界人でした。
 
アナウンサーやナレーター、
報道カメラマンや広告代理店、
また北海道から鹿児島まで地方局の方たちが駆けつけてくださり
その中には、
「当時長野の局ので報道記者として現場に入っていました」
なんていう方もいらっしゃいました。
 
また、講談社「イブニング」で「レッド」という
連合赤軍をテーマにした作品を連載されている漫画家の山本直樹先生、
小学館「スピリッツ」で「電波の城」という
放送局を舞台とした作品を連載中の細野不二彦先生、
テレビ朝日「モーニングバード!」でコメンテーターをされている
タレントの松尾貴史さんもいらしてくださいました。
 
「報道人として初めて語られる『あさま山荘事件』」
みなさんにはどのように受け止められるのか
少々緊張しました。
 
 

写真、地図、表、そして当時の映像をスクリーンに映し出しながら、

スタート。

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Ⅰ部のトークテーマは、

 

 

 

・連合赤軍とは?

・連合赤軍があさま山荘に入るまでの動き

・あさま山荘10日間の攻防

・突入~人質救出~立てこもり犯逮捕

 
 
始まってから15分、会場は静まり返っていました。

ライブハウスなのに、誰も飲み物にも手を付けず、
シーンとしています。

「あちゃー、みんなつまらないのかな?」
 
もしや企画が失敗したのではないかと内心ドキドキしていました。
 
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ところが、途中から歓声が上がり、
ああ、みなさん集中して聴いていてくださっていたのかと判り、
ほっとしました。
 
Ⅱ部は、「久能さんだけが知る秘話」。

・その時の報道態勢は?
・鉄球が停止した本当の理由は?
・人質となった牟田さん夫妻のその後は?
・なぜ立てこもり犯を生け捕りにする命令が出されたのか?
・立てこもり犯は一体何を要求していたのか?
・なぜ人質を解放しなかったのか?
・リンチが発覚したきっかけは?
・彼らはなぜあれほど凄惨なリンチ殺人を行ったのか?
・世論は?
・この事件をきっかけにテレビはどう変わったか!?
 
久能さんはこのあさま山荘事件を40年調べ続けてこられた
唯一のジャーナリストです。
 
トークショーの準備中、ふと判らないことが出てくると、
赤軍メンバー、警察関係者、NHK・各民放の報道関係者
そして、マスコミとは接触を絶った人質の牟田泰子さんにまで、
その場で直接電話をかけて聞いてしまうんです。
 
「あ、もしもし、久能ですけど…」
と私たちの目の前で親しげに話すその様子に
どれだけの信頼を得ているのだろうと驚かされました。
 
 
最後は会場からの質問も受け付けました。
「今のあさま山荘は?」
「当時、警察とマスコミとの関係は?」
など、なかなか白熱した展開。
 
すべての質問に、
自らの取材で得た確かな情報と
ジャーナリストとしての信念で答える久能さんは
静かな気迫に満ちて圧倒的でした。
 
出演者もお客さんも、とにかく頭を使った濃密な2時間半でした。
 
余談ですが、
久能さんはこのあさま山荘事件を機に日テレのアナウンサーを辞め、
報道記者に転身しました。
 
それは、与えられた原稿を読むだけや、
目の前の出来事をただ描写するだけのアナウンサーの役割に
自ら限界を感じたからなのだそうです。
 
 
「事前に事件背景を取材していたなら、
もっと深い伝え方ができたはずなのに」という悔しい思い。
 
そして、「今回のように事件をリアルタイムで映し出すテレビ報道時代が
来るはずだから、
現場を自分の足で踏んでリポートできる記者が求められるだろう」
と、アナウンサーと記者の両方を兼ね備えた人が台頭する時代の
到来を確信し、報道部への配転願いを提出したのだそうです。
 
果たして、時代は久能さんの予想通りとなりました。
 
アナウンサーは現場取材に出かけ、
記者はテレビカメラの前で自らリポート、
アナ・記者問わず、取材経験の豊富な人物が番組キャスター席に
座るのが当たり前の時代を迎えました。
 

そして、このような現場主義の報道は
久能さんのような先人が切り開いてくださったものです。
 
これからの放送界をしょって立つ後輩たちにも
こんな素晴らしい先達がいることを知ってもらえたらと思います。
 
 
さ、「久能靖が語る激動の昭和シリーズ」、第二弾も企画しますよっ!
 
 
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当日のトークショーを会場となった

アート・カフェ・フレンズさんがUstream配信してくださいました。

 

ご興味ある方はぜひこちらの録画をご覧ください。

 

トークショー前半(あさま山荘事件の概要)
http://www.ustream.tv/recorded/23078306

 

トークショ後半(久能さんだけが知る秘話)

http://www.ustream.tv/recorded/23079047