<要約>
・オンライン診療(遠隔診療)は日本医師会の反対等で2018年の3月から規制が強化されメリットが骨抜きにされた
・オンライン診療の規制緩和は国の医療費増大問題を始めとした多くの社会問題を解決する鍵であり、民間企業にとっては巨大な商機となり得るものと考えている
・具体的には「テキストベースの都市型オンライン診療モデル」の構築がビジネス視点から極めて魅力的だと考えている(一方でプラットフォーム型のビジネスモデルの商機は限定的であろう)
・このような背景から我々のチームは高血圧症、脂質異常症、軽症糖尿病に対してオンライン診療を導入した場合の疾患コントロール状況について臨床試験による検討を行った
・結論としては生活習慣病の疾患コントロールにオンライン診療は有用な選択肢の一つとなり得ると考えた
・論文は日本循環器学会の査読英文誌Circulation Reportsに掲載されているので詳細は原著論文をご参照頂きたい

 

図1. 生活習慣病に対するオンライン診療普及への期待

<本文>
2020年4月10日に厚生労働省から「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的特例的な取扱について」という事務連絡が行われ、時限的・特例的な対応ではあるもののオンライン診療(遠隔診療)に関する規制が大幅に緩和されました。

この事務連絡以前は、日本医師会等の反対により2018年3月に通知された「オンライン診療の適切な実施に関する指針(平成30年3月、厚生労働省)」において規制が強化され、「6ヵ月間毎月(又は12ヵ月で6回)対面診療をした実績のある主治医のみ、医療機関においてリアルタイムのビデオツールを用いてオンライン診療が行える」という条件がつけられたことから、時間及び場所に縛られないというオンライン診療の利点が完全に失われた状態となっていました。

筆者は以前から生活習慣病を対象としたテキストベースの都市型オンライン診療が普及するとビジネス的視点からも医療政策的な視点からも有益であると考えており、これまでその実現に向かって臨床試験などを通して色々と知見を蓄積してきました。本ブログ記事ではそのビジネス的な可能性の大きさ、並びにそれによって国の抱える様々な問題を解決することができるという理論根拠について、筆者の考えを述べつつ我々が臨床試験によって得たこれまでの知見を簡単にご紹介したいと思います。

なお、本ブログ執筆時点ではテキストベースのオンライン診療は法的に認められておりません。オンライン診療に関する細かい規制等に関しては説明を割愛しますので、詳細を知りたい方は厚生労働省 オンライン診療に関する通知等一覧のページ等をご確認下さい(参考文献1)。


それではまずビジネス視点のお話をさせて頂きます。
厚生労働省の発表によると2018年度の概算医療費は42.6兆円となっており、年々増加傾向にあるためこのままでは医療保険制度が維持できなくなる可能性が大きく、早急に解決しなければならない問題として社会的にも認識されています。

このような背景の中でこれまで社会保障として行われていた医療サービスを民間へシフトすることによって医療費を抑制しようとする政策が取られるであろうことは想像に難くありません。事実、リハビリテーションの分野では自費での保険外サービスがかなり浸透してきています(参考文献2)。

次に医療費を傷病分類別で見てみると循環器系の疾患の構成割合が約2割と最も多くなっており、ビジネス的な視点でいうとこの分野への参入が一番マーケットが大きく、医療政策的な視点からもこの分野への民間企業の参入が最も効率的に医療費を抑制できそうであることが推定されます。

特に、高血圧症、脂質異常症といった循環器疾患のリスク因子である生活習慣病に関しては、健康診断に絡めた対象者の洗い出しが簡便で、自費治療に切り替える際に治療効果を維持したままコストの削減を行いやすいと考えています。例えば厚生労働省の統計データ
によると2018年度の健康診断受診者数は1360万人で、血圧の有所見率が16.1%(約220万人)、血中脂質の有所見率が31.8%(約430万人)ということでした。大企業職員の健康診断受診率はほぼ100%で、有所見者の半数以上が病院を受診しないと推定されており都市部に未治療患者の莫大な潜在マーケットが集まっていると考えることが可能です。

もし皆さんが保険医療機関で高血圧症や脂質異常症の治療を受けると約1万円の費用がかかります(医療機関で基本診療料と疾患指導管理料等を含めて約5千円程度、薬局で薬剤及び調剤等に関連する費用で約4-5千円程度の費用が発生すると想定しています)。そうすると国民皆保険では本人の自己負担割合は3割(※後期高齢者は1割)ですから、窓口で本人が3千円を支払って、残りの7千円は保険制度で賄われます。

病状が安定している場合、高血圧症や脂質異常症の患者であれば「調子はどうですか?」と聞かれて、特に変わりがないことを伝えるとまた1-3ヵ月分の薬が処方されるだけの所謂半日待ち、5分診療で対応されているのが実情だと思います(※これが良いと主張しているわけではありませんので悪しからず)。この5分診療で医師が取得できる程度の情報であればテキストベース又はビデオメッセージ等でも十分に収集できると筆者は考えています。

一方で、このような生活習慣病(高血圧症や脂質異常症)の管理をオンライン診療で自費サービスとして提供する場合にどの程度の費用が必要か想定してみると、それほどコストをかけずに行えることがわかります。

例えば高血圧症の治療によく使われるカルシウム拮抗剤であるアムロジピンであれば5mg錠で薬価は約15円であり、1ヵ月の薬価は実費で500円かかりません。脂質異常症の治療によく使われるアトルバスタチンも10mg錠の薬価は約30円であり、こちらも1ヵ月の薬価は実費で千円かかりません。診療所から患者の自宅へ直接薬を郵送することは現時点でも認められておりますので、例えばクリックポストのようなサービスを利用すれば全国一律198円の郵送料で済みます。単純なアルゴリズムを用いたテキストベースの診療で多くの患者に効率的にサービスを提供できればこれまでの窓口負担金額である3千円を診療報酬として設定するサービスだとしても月に1回3千円のサービス提供で1人当たり年間1万円の粗利を得るモデルは十分に成り立ちそうです。1万人に提供できれば1万円×1万人で1億円の粗利ですので、生活習慣病対象者数が極めて大きいことを考えるとビジネスモデルとしては十分に魅力的です。

そして筆者はこのようなサービスを民間企業が担ってくれることによって、医療費増大問題を始めとする多くの社会問題が解決可能であると考えています。

例えば健康診断で異常を指摘されたにも関わらず受診をしないケースの多くは、病院を受診する時間が取れないことが原因だと考えられますが、テキストベースのオンライン診療であれば時間や場所に縛られずに医療を受けることが可能となります。高血圧症や脂質異常症、糖尿病は脳梗塞や心筋梗塞を含めあらゆる循環器疾患のリスク因子となっているため、生活習慣病のコントールが広く行き届くことによって、結果的に循環器疾患の発症者数が減り、全医療費の2割を消費していた莫大なコストを半分以下にすることも十分可能ではないでしょうか。

さらに日中に病院を受診できない人の中には薬を求めて夜間の救急外来を受診する人もおり、医療機関の疲弊や救急患者に対する医療リソースが削られるといった問題に繋がっていますが、時間に縛られずにこれらの治療を受けられればこの問題も緩和されるかもしれません。

また、声高に叫ばれている医師不足問題の原因の1つとして、過酷な勤務状態のため出産前後の女性医師の活躍の場が極めて限られているということも挙げられます。仮にテキストベースでの診療行為が場所に縛られずに認められるようになれば出産等のライフイベントを機にリタイアせざるを得なかったような医師が在宅でも復職できるという機会にも繋がります。これにより救急対応を担う医療機関の外来負担を軽減できるとともに、医師免許保有者の人材資源を有効活用することで国レベルでの税収を増やすことにも繋がると考えられます。

現在医療行為自体は医師が医療機関、又は患者の自宅に準ずる場所以外で提供することは認められておりませんが、オンライン診療の持つ時間と場所に縛られない利点を今後有効活用できれば、このように①医療費増大問題、②夜間救急外来の不適切受診問題、③医師免許保持者のリタイアによる税収減と、④人的リソースの枯渇問題等の多くの社会問題が解決出来るかもしれません。そのためにはテキストベースでオンライン診療が行えるようになれば理想的です。

このような背景もあり、我々のチームは三井物産株式会社のスポンサーシップの元、現時点の規制下においてオンライン診療で生活習慣病をどの程度管理することが可能であるのかについて臨床試験で検討を行いました。結論としてはオンライン診療を導入してもある程度安全に疾患の管理が出来ると推察できる結果が得られました。

結果は日本循環器学会の査読英文誌Circulation Reportsに報告していますので興味がある方は是非こちらの論文をご覧下さい。
Kadoya Y, Hara M, Takahari K, Ishida Y, Tamaki M. Disease control status and safety of telemedicine in patients with lifestyle diseases: a multicenter prospective observational study in Japan. Circ Rep 2020;7:351-356.
 
図2. 試験結果(※Kadoya et al. Circ Rep 2020より改変引用)

なお、現時点でオンライン診療に関する複数のプラットフォームが利用可能ですが、このサービスには予約決済機能とコミュニケーション機能があれば十分です。システムの作成が比較的簡便であることから今後も新規参入が相次ぐことが予想されるため、電子カルテ市場のように競合過多となり参入メリットは限定的になると考えます。

すなわち、上述のオンライン診療でのビジネスモデルを上手く構築するためには、初診や定期的な対面診察によりオンライン診療の弱点を補填する体制作りが重要で、如何に医療機関と上手く連携してこのようなモデルを構築出来るかが成功のカギであり、逆説的に参入障壁となっていると思われます。そういう意味でも、健康診断での有所見者を対象として産業医と連携したような都市型のオンライン診療モデルが非常に重要になってくると考えています。現時点でこのようなモデルを想定して実務ベースでゴリゴリプロジェクトを進めている唯一の会社がネクストイノベーション株式会社であり、筆者はその動向に常に注目しています。

何れにしてもこのような都市型のテキストベースのオンライン診療が実現すれば、国にとっても患者にとっても非常によい世の中に一歩近づくのではないかと思います。

なお、開業医を中心にこのようなサービスが生まれると自身の集患に悪影響が出ると考える医師は数多く存在し、主に開業医によって構成される日本医師会はオンライン診療にはかなり否定的なスタンスを取っています。

安全性の問題やエビデンスが存在しないこと等をその根拠として主張していますが、患者視点では仮に安全性や効果が対面診療に比べ限定的であったとしても、治療を受けるための選択肢が増えることの方が重要ではないかと考えています。

<医師への注意>
オンライン診療を実施する場合各種規制に沿った形で行う必要があります。
平成27年8月10日の事務連絡では医師法20条における診療の解釈に踏み込んだ記載もあり、規制を理解することなく安易にオンライン診療を行うと医師法20条違反に問われることもあり得ますので十分に注意して参入して下さい。

<参考文献等>
※1 厚生労働省 オンライン診療に関する通知等一覧

 

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