<要約>

・以前より医療関係者の間では二日酔い症状の緩和にロキソニンが効くという都市伝説があった

・そこで二日酔いの症状緩和に対するロキソニンの有効性を検証するために、ランダム化二重盲検プラセボ対照試験(Randomized Controlled Trial:RCT)という超ガチンコな臨床試験を医師を被験者として行った

・その結果、ロキソニンが頭痛症状(secondary endpoint)を緩和する一方で、全身倦怠感(primary endpoint)と吐き気(secondary endpoint)は改善しないことが判明した。

・医師を被験者として薬の効果をRCTで確認した臨床試験(Physician’s Study)は、恐らく本試験が日本で初めてであると思われる。

・折角なので論文投稿過程における苦労話を本ブログにまとめて経験を共有する

・論文はOpen Accessにしているので詳細は是非原著論文(リンクはコチラ)をご参照頂きたい。

 

図1. 試験イメージ

 

※重要

本研究及びブログ記事には過度の飲酒や薬の使用を推奨する意図はありません。ロキソニンを過度に服薬すると消化性潰瘍等の副作用の危険が増えますので、必ず添付文書や医師、薬剤師の指示に従った服薬を行うようにして下さい。

 

<本文>

医療関係者の間では「二日酔いの症状緩和にロキソニンという痛み止めが効く!!」という噂がまことしやかに囁かれており、日経メディカルが行った医師2,739名からのアンケートでは20代の医師の27.0 %、30代の25.7 %、全体でも実に17.1 %の医師が、実際に二日酔いの症状緩和を目的としてロキソニンを服薬したことがあると回答しています(※日経メディカルの関連記事はコチラ)。

 

そこで、私が代表理事として主宰する日本臨床研究学会において医師の教育目的(臨床研究の体験)もかねて、本研究に協力してくれた医師をランダムに二群に分け、それぞれに本物の薬かプラセボと呼ばれる偽薬のどちらかを判別できない形で渡して二日酔いになった際に服薬してもらい、ロキソニンが二日酔いの症状緩和に効果があるのかどうかを検証する臨床試験を行いました。このようなスタイルの研究は、ランダム化二重盲検プラセボ対照試験Randomized, double-blind, placebo-controlled clinical trialと呼ばれ(※単純にRCTとも呼ばれます)、臨床試験の中では最もエビデンスレベルの高い試験と評価される研究方法です。

医師を被験者にして薬の効果をRCTで確認した臨床試験(Physician’s Study)としては、恐らく日本で初めてのものであると思われます。

 

試験名は二日酔い(Hangover)を克服する(Overcome)ということで、Hangovercome(ハングオーバーカム)試験と名付けました。

 

2017年7月にスタートした本試験には229名の医師がエントリーし、2018年5月5日までに計150名の被験者が二日酔い後の服薬を行い試験を終了しました。試験自体は非常にスムーズに進みました。解析結果としては、多くの参加医師が予想した通り、頭痛(secondary endpoint)には効果があったものの、全身倦怠感(primary endpoint)と吐き気(secondary endpoint)には明確な効果が確認できないという結果になりました。また、副作用の頻度はロキソニン群で2.7%、プラセボ群で3.9%と群間差は認めませんでした(p=0.25)。

 

図2. 試験結果(※Hara et al. Alcohol 2020より改変引用)

 

本試験は計画当初からBritish Medical Journal(BMJ)と呼ばれる四大医学雑誌のクリスマス特集Christmas Issueでの掲載を目指しており、試験終了2か月後の七夕の日に(7月7日)にBMJにChristmas Issue用の原著論文として投稿しましたが、なんと査読にすら回らないRapid Rejectionを喰らいました。世の中厳しいです(汗)。

図3. BMJ Christmas Issueに投稿するも4日でRapid Rejectionを喰らった図

 

ここから我々の苦難の日々が始まりました(笑)。

その後いくつかの有名な医学雑誌に投稿を行うも、二日酔いを専門とする査読者が見つからないという理由(今考えれば当たり前のような気もしますが)により、投稿後3-4か月たっても査読が行われず、痺れを切らして論文を取り下げ(withdraw)するということが何度か続き、これはアルコール関連の専門誌でないと査読されないのではないかということで、アルコール専門誌の中でも臨床系の論文の掲載が比較的多いALCOHOLという雑誌に投稿したのが2019年4月13日のことでした。

 

しかし、なんとアルコール専門誌ですら査読者が見つからず、結局何度もEditorial Officeに催促する等して、何とか10月15日に初回投稿から6ヵ月もの期間を経て無事に査読が完了し、判定はなんとかMajor Revisionという結果が得られました。この間、何度も別の雑誌への投稿に切り替えるということも考えましたが、最終的には耐え忍んでよかったという結果になりました。その後10月25日に修正版を投稿して10月28日に論文が正式に受理されました。アルコール専門誌ですらここまで査読者が見つからないというのは、さすがに我々の想定の範囲外でした・・・(汗)

 

ということで数々の苦難を経て、やっとのことでHangovercome試験の結果が公開となりました。2019年11月2日にPre-proofがオンラインで公開され、2020年3月3日に正式版が公開となりました。論文はOpen Accessにしておりますので是非お読み頂ければ幸いです。

Hara M, Hayashi K, Kitamura T, Honda M, Tamaki M. A nationwide randomised, double-blind, placebo-controlled physicians’ trial of loxoprofen for the treatment of fatigue, headache, and nausea after hangovers. Alcohol 2020;84:21-25.

 

なお、試験途中に数名の被験者の先生から「自分の試験薬は味(又は見た目)から判断して間違いなくロキソニン(又はプラセボ)では?」的なコメントが寄せられました。被験者が医師だとこんな反応が返ってくるのかと面白く思うとともに、二重盲検試験の為、試験中は試験実施者である私達ですらその先生にどちらの試験薬が割り振られたのか分かりませんでした。何れにしても、少数ではありますが被験者の方から「渡された試験薬の中身が実薬かプラセボかが事前にわかってしまう」という意見が出たことからキーブレークの可能性も懸念していました。しかし試験終了後に被験者がどちらの群に割り当てられたのかを確認するキーオープン作業をしてみると、試験薬の同定確率にも群間差を認めず(要するにこれプラセボでしょうと言ってきた先生が、実は実薬群だったということがまずまずあったということです)、ホッとしたということもありました(笑)。

 

ということで、今回は雑談記事としてHangovercome試験の論文受理までの苦労話をブログにまとめました。

 

ちなみに、本研究は試験に必要な研究経費をFanfareと呼ばれるメディカ出版のクラウドファンディングサイトを利用して集めるところから始まって(※特定の企業からの資金提供に頼らないため利益相反が発生しません)、被験者の募集、登録や同意取得、データ管理、研究者間のミーティング等を全て一貫してインターネットを利用して運用したという点でもこれまでに類を見ない試験であり、リモートワークの時代っぽい新しい研究の進め方ではないかと考えています。

 

最後になりましたが、本試験の被験者となってご協力頂きました先生方には、この場を借りて篤く御礼申し上げます。被験者の先生方にはHangovercome試験の参加証明書と共に、どちらの試験薬に割り振られたのかキーオープンをする予定ですので、関係者の方にはもう少し楽しんで頂けるものと思います。

 

※本試験に関するお問い合わせや日本臨床研究学会の活動に関する御支援のお申し出等は学会ホームページお問合せフォームよりお願い致します。

 

<公式サポーター>

薬剤師国家試験予備校メディセレ

 

<参考書籍>

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<参考ページ>

・日本臨床研究学会のHangovercome試験開始に関するアナウンスページはコチラ

・試験開始時点における日経メディカルCadette.jpの記事はコチラ

・試験開始時点におけるYahoo!ニュースでの掲載記事はコチラ