久々更新!してみました。ヽ(´ー`)ノ
居留守
昨秋、賃貸アパートに別れを告げ、分譲マンションに引っ越した。
非常に標準的な、ファミリータイプ3LDK、今どきのマンションなのに収納が少ない!のが地元の土建屋の設計らしいつくり。
まぁそれでもオートロックはありがたい。
引っ越したばかりの時はわからなかったが、押し売りまがいの業者がやってくる時間帯というのがあって、そういう時は居留守を使う今日この頃。
その時間帯というのは…
①管理人が帰ったあと
②管理人がいない土曜午後と日曜日
要は、やましいから管理人が見ている前ではピンポンしないのだ。
本当に用事があるなら、書置きなり、事前に来ることを連絡してくるはずだから、まず問題はない。
知らずに出ていた頃、そういう時間帯に訪問してくる人は、十中八九、セールス(新聞勧誘も多い)だった。
モニターで確認できるので、ある程度推測が利くし。
居留守は罪ではないしね。
ちなみに最新の居留守は、おそらく不動産仲介会社の人。
最近ポストに「このマンションの物件求む!」というビラが頻繁に入っているのだ。
スーツにネクタイ、それも趣味があまりよくなくて(失礼)、連休中に働いてるなんてそれくらいかなと。
口車に乗せられやすい、うっかり話を聞いてあげてしまう、などの自覚がある人には有効です!
ワタシ、ためるほうなんです…。
ためた方がいいものがある。
無難な怒り。 お金。 非常用食糧・水。
ためない方がいいものがある。
無難でない怒り。 埃。 ウンコ。
そして、取引先に提出する経費請求伝票!(うぅっ)
今、まさにこの伝票処理に苦しんでいる。
去年の夏の終わりからやっていなかった。
急に結婚が決まったり、近しい人が突然亡くなったり、引越し、新婚旅行、その間にも仕事は継続していて、今年になったらなったで、クソ忙しいのにややこしい、金にならない仕事を頼まれたりと、目の回るような日々を一年以上送った。
その間にたまった伝票、領収書だけでも楽に100枚超え。
思い出すのも一苦労。
領収書の裏にメモるようにしよう、といつも思うが忙しくなるとついつい忘れて、記憶を掘り起こすのに難儀している毎度のパターン。
領収書と格闘する日が昨日から続いている。
明日中にはなんとかしたい…。
まめな人が、人生無駄に過ごさないのだろうなと、伝票処理をやるたびに思う。
天丼が食べたくなって。
「天一 西銀座deux」で平日限定二色丼1,280円食べた。
http://www.tenichi.co.jp/deux/index.html
天一は銀座のてんぷら高級店。
本店にはもちろん行ったことはないけど、常に食事の時間が人よりずれてるワタシ・午後3時腹ペコタイム、たまたま通りかかった西銀座deuxに入った。
庶民のランチには高いけど、すごいお得感![]()
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昭和5年創業で、長い歴史があるそうで。
http://www.tenichi.co.jp/history/index.html
野菜天丼、エビ天丼、サラダと小鉢にお味噌汁、香の物までついて1,280円![]()
満腹です。
命の軽さ
「闇の子供たち」(http://www.yami-kodomo.jp/ )を遅ればせながら観た。
子供たちが売られ、虐待陵辱され、生きたまま臓器をとられる。
子どもを買春する日本人を含む外国人と、病気の子どもに臓器を与えようとする日本人の親の姿が描かれている。
命の「尊さ」と「はかなさ」と「軽さ」と「重さ」が、境遇によってまったく違うレベルで存在するという、あたりまえの現実を見せる。
ほとんどの人が、人としてあるべき理性をもって生きている国でも、浮浪者はいるし捨てられた人間はいる。
そういったいわゆる「民度の高い」国でも、その人たちを救う術の決定打はない。
それなのに、子どもがゴミ拾いなどで働いて家計を支えていたり、口減らしに売春斡旋だとわかっていて売ってしまう親がいる、読み書きもまともにできない人が多い、などおそらく「民度の低い」国で生きていくためには、我々が想像を絶する困難があり、非情すぎる現実もあるはずで、声高に責めることなどできるはずもない。
日本の感覚で「おかしい」と責めるだけなら誰でもできる。
この映画で宮﨑あおい演じるNGOスタッフは、甚だはた迷惑な「正義感」振り回し、うーん、いかにも世間知らずな感じ。
「だってそれは間違ってるでしょう!正しいこと以外は許さない!」と体中でほえていて、まさにその誰でもできることをやってる役。
信念通り動いて、ある成果をあげるが、その過程で仲間の一人を殺されてしまう。
だからこそ成果をあげなければ自分で自分を許せなかったのだろうが、結局は直接的な解決にはならない。
彼女の役どころは、日本人そのものを表現しているなー、と思った。
医療が発達して、運命や短すぎる寿命に抗うのが普通となった我が国。
医療の範囲でやれるとこまでやることに、他人がどうこう言う筋合いはないが、他人様の臓器を「盗って」くるのはいけない。
それは買春する男たちと同列の行為だ。
この映画には、子どもを買う白人たちも複数出てくるが、彼らもいわゆる「民度の高い」国から来ている。
民度の高さとモラルの高さは比例しないのだと、人間の欲望というのは際限ないのだと、あらためて思い知らされるのだ。


