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第七章 【軋轢】 その3

「涼ちゃん、昨日はホントにごめんな」



ボブは俺の横で素直に頭を下げ、俺のマグカップを手に取りコーヒーを一口飲んだ……なに勝手に人のコーヒー飲んでんだコイツ。


「私のほうこそ……彼を止めれなくて……ごめんなさい」

『彼』ってフレーズの部分、明らかにボブの顔が紅潮したのが解った。

「昨日は体が竦んで動けなかったけど…… 晩飯UFOだけだったから、それが原因だと思うんだ。 今度あんな事があったら絶対俺……涼ちゃん護るから」


「ありがとうボブさん」




「もしさ……俺が大学辞めて、良い仕事見つけて稼げるようになったら……今の仕事辞めてくれる?」


「違うんだボブ……」

「何が違うんだよ!  ちょっと話しただけで涼ちゃんの事、解ったような口きかないでくれよ!」

「声でけぇよお前。なに一人でマイストーリーすすめてんだよ。 今のお前は自分の考え伝えるより涼子さんの気持ち知る方が大切なんじゃないの?」


「涼ちゃんの気持ちってなんだよ」

「とにかく黙って聞いてろっつってんの」


「彼が……安西がボブさんに昨日のこと謝りたいって…… 今私からの連絡待ってるんです。会ってもらえませんか?」


「嫌だね」

「あんな事して虫がいい話だとは思います。でも……どうしても嫌ですか?」

「アイツは最低だ。謝って貰っても許す気もないし、会う価値ないよ」

「ボブさん、それは誤解なんです」

「どこが誤解なんだよ!」 少しヒステリックにボブは叫んだ。


「俺には良いよ、俺に掴み掛かった事は良いとしてもアイツ涼ちゃん殴ったんだよ。 最低だよな堀渕さん。あいつ女の子に手をあげたんだぜ。最低だよな」


「あぁ、最低だな」

昨夜砕かれたボブの自尊心は涼子の彼氏を責める事でやっと機能しはじめたのだろう。

でもそれは相手を否定する事でしか成り立たない自己欺瞞に満ちた不健全な自尊心だ。

「でもなボブ、それはひとつの行為に過ぎないし彼は反省してるんだ。 俺は人格まで否定するような問題じゃないと思う」


「だったら何? 反省すればなんでも許されんの?」

「誰もそんなコト言ってねえだろ。お前さっきから許すとか許さないとか何様なんだよ。俺に言わせりゃ殴った方も黙って見てた方もたいして変わりゃしねえよ」

「……」

「涼子さんの為にとか言ってっけどお前が拘ってるのは傷ついた自分の安っぽいプライドだろ。 お前は当事者の一人なんだからお前の思考や行動が違えば違う結果もあった筈だ。 お前が目を向けるべき事は人の非じゃない。自分の非を認めてその克服に全力を尽くす事じゃねえのかよ。そうすりゃ人の行為に目くじら立てるコトもなくなるよ」

「堀渕さん、ボブさん責めるのはやめて下さい。悪いのは私達なんですから」

「いんだ涼ちゃん……」 虚ろな視線を漂わせながらボブは何かを考えているようだった。

「いんだ。いつもこうなんだよ。慣れてっから俺……。堀渕さんていつもそうだ。 訳の解んねぇ理屈ならべて人を追い詰めて、結局この人が周りに伝えたい事は自分の事だ」


「なに言ってんだボブ」 俺はわが耳を疑った。

「俺は賢い。俺は正しい。俺は優しい。俺は人に愛される価値がある…… 人の悩みをネタにして、自分はそこに座って裁判官気どり。 出来る事は六法全書の代わりに自己啓発書の受け売りでお説教する程度。
誰がアンタの言う綺麗事なんか信用するかよ!」



「今度は俺の所為か?」

俺はボブのその思いもよらない反応に怒りではなく脱力感を覚えた。


立ち上がりドアに向かって歩き出すボブ。

「涼ちゃん行こ。送ってくよ」


涼子は俺とボブの様子を伺いながら戸惑っている。

「外で待ってるから」 ボブはそう言うと俺に目もくれず事務所から出て行った。



「私が来たばっかりに迷惑掛けて……本当にごめんなさい」

「なに言ってんの、それこそ俺の所為だ。気にしなくていいよ。 良かれと思ってやってんだけど……どうも上手く伝わんなくてさ」


「私……ボブさんが言った事、本心じゃないと思います」

「そう願いたいね」

「私は救われました、堀渕さんの言葉に。本当に有難う御座いました」 そう言って涼子は深々と頭を下げた。

「コーヒーご馳走様でした」

「インスタントだけどね。あっカップそのままで良いよ。ボブ待ってるし」

「そうですか?」


涼子は片付けかけたカップを置いた。

「堀渕さん、またお邪魔しても良いですか?」

「勿論。いつでもおいで。今度は彼氏も連れて来るといい」

「はい。そうします。有難う御座いました」


ドアの前でもう一度頭を下げて涼子は出ていった。
ボブの姿がドアの向こうに一瞬見え同時にさっきの言葉が頭を過った。


「……なんじゃそら……」







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