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第八章 【自己愛の末に】 その2

住宅街の路地を歩くボブ。少し遅れて歩く涼子。

「さっき堀渕さんに言ったこと、本心じゃないですよね?」


ボブは涼子の声が聞こえないかのように歩き続ける。


ボブは自分が堀渕に対してあれ程過剰反応すると考えてもいなかった。


今思えば劣等感、嫉妬、猜疑心……そんな醜い感情に駆りたてられた気がする。


この期に及んでもボブが考えるのは自分の事だけで、涼子の気持ちさえ手に入れば醜い感情から解放されるという錯覚を抱いていた。


「あの彼氏と……別れる気ないの?」

「はい?」


立ち止まり涼子を振り返るボブ。

「昨日の……安西って言ったっけ? あの男とは別れた方が良いよ」

「どうしてですか?」


「アイツは涼ちゃんを幸せには出来ない。 足首掴んで闇の中に引きずり込む類の男だよ」


涼子は立ち止まり少し考えたあと、しっかりとした口調で話しだした。

「さっき堀渕さんに教わった事なんですけど、幸せは誰かにして貰うものじゃなくて自分でなるものなんですよね。私、恋人には幸せにしてくれる人じゃなくて、幸せにしたい人を選びます。 あの人の手を取って引き上げる存在になりたいんです」


ボブは心の中で叫んだ『やっぱり世の中は不公平だ』


自分は殴らないし決して恋人を風俗なんかで働かせない。


好き勝手振舞っている安西が愛され、 自分が拒まれる事がどうしても納得出来なかった。



人はどんな金言よりも自分の考えが正しいという錯覚に陥る傾向がある。

『世の中は公正である』という真実を受け入れる事が出来たら自分の見落としに気付き、また自らを客観視して、いち早く成長に結びついた筈だった。


「アイツの代わり……俺じゃ駄目かな?」

「ボブさんが駄目な訳じゃなくて……」

「俺には何が足りない? 変わる必要があるなら何だってするよ。身長は無理だけど……」

「ボブさんに足りないものなんてありません。 だから私の為に変わろうなんて思わないで下さい」

「じゃあ俺はいくら頑張っても無駄だって事?」


涼子は俯き少し考えた後、しっかりとした口調でボブに思いを伝えた。


「私が安西と別れて、ボブさんと付き合う事でしか報われないなら、 ボブさんに何をして貰っても……全て無駄になると思います」


あまりに期待と違う内容で、ボブはすぐにその意味が理解出来なかった。

涼子の言葉の中に拠り所になる部分が見付かるまで、心が理解を拒んでいるかのようだ。ボブは立ち尽くし、子供の頃、無理矢理食べさせられたピーマンを思い出していた。いくら飲み込もうとしても喉を通らず、苦味が嘔吐を催し何度も吐きだしたものだった。


「友達として付き合って貰えるなら、私は誓って100%、ボブさんの気持ちに応えます」

「そんなのいい。あなたは友達、あなたは良い人……そんな在り来たりの口実なんて聞きたくないよ」

「どうして友達だと駄目なんですか?」

「曖昧だからさ。 俺は涼ちゃんの事を真剣に愛してるつもりだから曖昧だとホントつらいんだ。 愛じゃなければいっそ憎しみ方が……楽でいい……」



「私はボブさんを楽にする為に憎んだりしません。 そもそも恋人と友達の違いって、肉体的な関係と優先順位くらいなもんじゃないですか? 愛してるには違いないのに何がボブさんをそんなに辛くさせるんですか?」


執着だ……ある種の衝撃を受けボブは昨夜の堀渕の言葉を思い出した。


自分が涼子に抱いてるのは愛情ではない。


「堀渕さんと話してるみたいだ。 俺なんかと違って涼ちゃんは堀渕さんの優秀な生徒だね」


ボブのその言葉で涼子の表情が一瞬にして穏やかになった。


「ボブさんがお店に通ってくれて、あんなお店なのに何もしないで話をしてくれて…… すごく嬉しかったんです。こんな私でもまだ人として扱ってくれる人がいるんだって……」







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