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第八章 【自己愛の末に】 その3

涼子の携帯がなりはじめたが、気に留める様子もなく話し続ける。

「私はボブさんの事、大好きです」

「ありがとう……嬉しいよ……」


しかしボブが聞きたかったのはそんな答えじゃなかった。

無表情に立ち尽くす二人の間を携帯の着信音だけが鳴り響いている。

「涼ちゃん、電話出なよ」

「後でかけなおします。今の会話の方が大切ですから」

「電話に出て。俺の事、少しそっとしてくれないかな」


涼子は頷き、バッグから携帯を取り出すと安西からの着信だった。

ボブに背を向け耳にあてた。


「えらい待たすじゃない。リョウコさんか?」


聞こえてきたのは安西の声ではなかった。

涼子はその掠れ声に嫌悪感を抱きながら震える声で訊ねた。

「誰ですか?」


「俺か? 篤誠会の木庭ってモンだ」

返り血を浴びた手で安西の携帯を耳にあてる木庭。
「あんたの彼氏、くたばりかけてっから代わりに電話したんだ。 別れの言葉聞いてやんなよ」


そう言い木庭は自分の下で血達磨になっている安西の耳に携帯をあてた。


「……涼子か?……」



「義弘さんどうしたの? 何があったの?」


片耳をおさえ電話口の声に集中する涼子。

「起こって当然の事が起きたって訳だ……虫けらが一匹くたばるだけさ」

「何いってんの? ねぇどういう事か説明して」

「俺なんかに逢わなけりゃ……つらい思いしなくてすんだのにな……。 涼子……今日限り俺の事は忘れて、幸せになってくれ……」



「いい加減にして」


涼子は低い声で呻いた。

「自分だけカッコつけないでよ!  貴方は私の為に泣きごとひとつ言わずに傷ついてさぞ気持ちが良いでしょうよ!」


涼子はいつの間にか涙を流し叫びに近い声を上げていた。

「あなたは良いわよ、自己満足に浸って死ねるんだから!残される私の身になってよ!好きな人を犠牲にして幸せになんかなれる筈ないじゃない!!」


涼子の声を電話越しに聞く安西の右目から涙が零れおちた。

「覚えておいて義弘さん。私は誰よりもあなたを愛してる」


ボブは想いの全てを安西にぶつける涼子の姿を呆然と見詰めていた。

「あなたが傷つけば、私はそれより深い傷を自分に刻む。あなたが涙を流すなら、 私はそれより多くの苦い涙を流す……だから私の為に死なないで」



「どうしたんだ涼子」 薄笑みを浮かべる安西。

「泣き虫のお前が……カッコ良過ぎんじゃねぇか」


携帯を自分の耳にあてる木庭。

「リョウコさん、どうだ? こいつ助けたいのか?」

「勿論です。どうしたら良いですか?」

「こいつは俺に500万の借りがある。 あんたが保証人になるなら生かしといてやらない事もない」


「篤誠会の木庭さんですね。これからすぐ向かいます」

「じゃあ待ってっから。こいつの事思うなら間違っても警察なんか行かないようにね」

「約束します。保証人でも何でもなりますから、私が行くまで義弘さんに指一本触れないで下さい」

「解った、俺も約束するよ」 そう言って電話を切る木庭。

「アンタが来るまでは何もしねえ」



「篤誠会?」 ボブは動揺して涼子に声を掛けた。


「ホントに行くのか涼ちゃん」


頷く涼子。

「木庭っていやぁ最近出所してきた極悪人だ。行っちゃ駄目だよ。絶対無事帰ってこれないって」

「いいんです」 微笑む涼子。 「例え無事帰れなくても後悔はありませんから」


ボブはどれだけ説得しても涼子が思い留まる事はないと感じていながら ただ言い訳のように引き留める役を演じているに過ぎなかった。


そして内心は行動で愛を体現する涼子にその愛を口先で語っていた自分を恥ずかしく感じていた。


「ボブさんと堀渕さんに逢えて本当に良かったと思います」


後退りながら涼子は言った。


「今なら生かされてるんじゃなくて自分で生きてるって実感が持てます」


「涼ちゃん、行っちゃ駄目だ。警察に連絡すりゃなんとかなるって」


「私がなんとかします……さよならボブさん」


涼子は背を向け走りだした。




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