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第十一章 【神のプログラム】 その4

静まり返った事務所の中、倒れた小便まみれのボブは一定の間隔で痙攣を繰り返す。


居合わせた全員が長い時間に感じた一瞬の静寂を、木庭の笑い声が破った。

「お前等の英雄はションベンまみれで気絶したぜ。ザマァねえな」


他の5人の構成員たちも一緒に笑いだす。


「何が可笑しんだよ!」


安西の憤りに任せた叫び声で笑い声が収まった。


続けて唸るように言葉を吐きだす安西。

「確かにそいつは馬鹿だよ。馬鹿だけど臆病者じゃない」


木庭は言い放つ。

「いや、馬鹿で臆病だ」


安西は木庭にというより自分を含めた全員に訴えた。

「臆病者は、自分の背負い込むリスクを怖れて本気で人の為に動く事はない。 俺やアンタみたいに自分の力は自分の為以外に使おうとしない」


木庭は安西に聞き返した。

「俺が臆病者だって?」

「あぁ。ここにいる全員、そいつと涼子以外はどうしょうもないヘタレだ」

「精神論かよ、馬鹿馬鹿しい。そんなもん力で何とでもなるさ。 どんな心構えだろうが弱者が結局は臆病者なんだよ」



「ボブさんは最後まで許しを乞わなかった」


嗚咽の中で涼子が木庭に言った。

「木庭さん、あなたの負けじゃないんですか?」


木庭は腰のシースから再びナイフを抜いた……。

「まだ最期じゃねえ。こいつが臆病者だって事、証明してやるよ」

「やめて下さい! これ以上何をするんですかっ!」


涼子は木庭を煽るような言動をした自分を責めたが、もう遅かった。


木庭は気を失ったボブの眼鏡を外し、床に落とした。


「許しを乞うまで切り刻むんだよ……まずは耳からだ」


ナイフが触れた耳の根元から血が滲む。


次の瞬間に予想される惨状が木庭以外の者の目をそこから逸らした。




「耳無かったら眼鏡掛けれねえだろ」


その状況に不釣り合いな軽い声に木庭の手が止まった。


そして声の主、くわえ煙草の人影がゆっくり事務所に入って来る。

「そいつキャラ変わったら俺が困んだよ。やめてくんねえかな」


西日があたり人影に堀渕の顔が浮かび上がった。


「堀渕さん」 思わず声を漏らす涼子。

「堀渕?」 木庭は立ち上がり眉間に皺をよせた。


「ひとつ言っとくがな、ボブは馬鹿じゃねえぞ。 お前等の言う利口ってのは狡賢い世渡り上手の事かもしんねえが、そんな奴は糞だ」



「なんだテメェは!」



声を荒げた構成員が二人、堀渕に駆け寄る。

「待てっ!」


木庭の声で構成員は足を止めた。

「その人に近付くな……殺されるぞ」


両手をポケットに突っこみ、くわえ煙草のまま堀渕は微動だにしていない。


異様な雰囲気に構成員は思わず青ざめた。

「心から人の為に動ける人間が利口なんだ。 それが唯一、豊かになれる方法だからな。 その為に命落としたり人格貶めたりってのは感心しねえが、俺は嫌いじゃねえ」


堀渕は涼子と目が合い微笑んだ。


涼子の堀渕を見詰め返す目から、大粒の涙が零れた……。



そして堀渕は木庭に向き直る。


「久し振りだな、木庭。5、6年ってとこか」

「くたばったって聞いてましたよ。堀渕さん……」


篤誠会の5人の構成員は勿論、安西と武藤ですらその名には聞き覚えがある。


『剋友会の堀渕』の悪名は木庭のそれすら遥かに凌いでいた。


事務所の空気は張りつめ、誰もが堀渕と木庭のやり取りを固唾を飲んで見護っていた。



「生憎だが俺はすこぶる健康だ。残念だったな」


「残念?」 木庭は鼻で笑う。


「俺は昔とは違げんだ。アンタの事なんか眼中にねえよ」



「そうか……」 堀渕は煙草を捨て、床の上で踏み潰した。


木庭はその動きを目で追う事もなく堀渕の瞳を凝視している。


「そう怯えんなよ木庭。俺も昔とは違うんだ。何もしやしねえよ」


「怯える? 俺が? 勘弁して下さいよ」 パーラメントをくわる木庭。


「俺も今はペーペーじゃねえ。勘違いしてると痛い目みますよ、元剋友会の堀渕さん」



火を点けようとパーラメントに近付けたジッポを持つ木庭の手が激しく震えている。


抑えようとすればする程、震えは激しくなり火を点ける事が出来ない。


左手で手首を掴み震えと格闘している木庭の前に、堀渕が火の点いたジッポを差し出した……


パーラメントの先を焼くと堀渕は手際よくジッポをしまう。



動揺を抑えるために大きく煙を吸い込む木庭。



「だから言ってんだろ。そんなにビビんなって」



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