男を見たら「襲われる」と思え、とまでは言いませんが、ピンクレディーの「S・O・S」の冒頭でも「男は狼なのよ」と警句を発していた。古い例えで申し訳無い。今回紹介するのは、若い女性の無防備さが悲劇を招く、そんな内容の『ハイティーン襲撃』( 『 Midnight Blue 』 1979年 イタリア )です。原題のミッドナイトブルーとは色の事。物凄く暗い濃紺を指す様です。恐らく、星明りすら無い真夜中のイメージでしょう。
原題として『 Ritiro Collegiale 』と紹介されている事が有るのですが、このタイトルはどこから来たのでしょうか?今回本稿を書くに当たって、本作の事を調べてみましたが、海外のサイトではこのタイトルは見当たりませんでした。謎です。因みに『 Ritiro Collegiale 』を日本語に直訳すると、「大学のトレーニング期間」となります。要するに「大学生アスリートがシーズンオフにあちこち遠征したり強化合宿をしたりしている」って事になるんだけど、何か上手い日本語無かったかしら?他にも「Ritiro」には「引退」の意味も有ります。意味深。
邦題で「ハイティーン」と謳っているので、何となく「女子高生」と勝手に思い込んでいて、「外国の女子高生は大人だなぁ」なんて事を思ってましたが、「大学生」だと言うのならば色々と納得出来る物が有るのであった。
陸上部の遠征の為、バス移動をしている女子大生一行。海沿いの道を走っている途中で一休み。全員ビキニ姿になって海に向かう。海に入った途端、何故か全員ブラを外しトップレス姿に。オープニングからコレ。この必然性の全く無いヌードシーンで物語を始める辺り、実に正しいエクスプロイテーション映画である。この海岸の近くに、主人公三人組の内の一人の別荘が有る様で「強化合宿まで一週間も有るんだから、別荘に泊まりたい」などと言い出すのである。規律も何も有ったモンじゃないが、金持ち娘の我儘を面倒臭く思ったのか、引率のキャプテン(かな?)は、この我儘を許すのであった。
と、言う訳でこの金持ちの金髪娘フランチェスカ、黒髪ショートのエレナ、黒髪セミロングのリタの三人が、陸上部一行と別行動を取る事になるのである。
早速「泳ぎたーい」とか言って海岸へ向かう三人。その頃、同じ海岸へ向かう一台の車が有った。乗っているのは、リーダー格のヒゲのピエル、小太りのマリオ、マッチョのブルーノの三人である。海岸では、三人娘が当然の如くトップレスで日光浴をしている。「一休みして行こうぜ」って事で海岸に下りて来るヒゲ達。「プライベートビーチなんだから出て行ってよ」と言われてもお構いなし。この時点では「気を許しちゃダメよ」なんて事を言っております。全くその通りです。
金髪娘が浜で槍投げの練習を始めると、「どっちが上手いか競争しようぜ」なんて事を言い出し、大き目の飛び出しナイフを取り出すヒゲ。これには流石に若干眉根を寄せる金髪娘。しかし、砂浜に書いた円に向かって槍とナイフを投げ合ったりしている内に、全員すっかり意気投合。別荘にまで招き入れている。思いっきり気を許しているではないですか。
別荘に入るや、早速ヒゲと黒髪ショートがシャワールームでコトに及ぶ。気どころか簡単に体も許してます。しかも、泊まって行く事まで提案する始末。やれやれ。
翌朝、三人分の食糧しか用意していないって事で、ヒゲと金髪娘で買い出しに。その時買った新聞には、ヒゲ達三人の写真が大きく載っていた。男達は、有罪判決を受けるも逃亡した凶悪犯だったのだ。正体がバレた事を知った男達の態度は一変し、三人娘は軟禁状態に。ここでお馴染みの展開、警官の巡回である。この手の映画にしては珍しく、異変に気が付いたかと思われたが、やっぱりお約束通りのボンクラで、後で様子を見に来るなんて事はしないのであった。
そしてその晩「もう我慢出来ねぇ」とか言って、小太りとマッチョは三人娘に襲い掛かるのだった。
別荘泊まりは週末だけなので、翌日にはバスが迎えに来る手筈になってるんだけど、これまたお約束で、タイヤがパンクして修理に手間取っていたりするのだった。屋根伝いに逃げ出した娘達をそれぞれ追いかける男達。ここで陸上部の設定が活きて来る。走るのには自信が有るから、そう簡単には追い付かれない。金髪娘フランチェスカは得意の槍投げで敵を迎え撃つ。ここ迄余り出番の無かった黒髪セミロングのリタにも漸く見せ場が訪れる。
悪党共に鉄槌を下しチャンチャン。と、普通ならそうなりそうなモンであるが、本作はココでは終わらないのであります。この娘らは「バレたら刑務所行きよ」と、三人の死体を砂浜に穴掘って埋めてしまうのである。凶悪な逃亡犯に襲われて返り討ちにしたんだったら、正当防衛にならんかねぇ?
別荘に戻り、バスの到着を待っていると、予期せぬ客が現れる。初日の夜、ヒゲが仲間に迎えに来てくれる様に電話をしていたのである。この場は何とか追い返し、迎えのバスに乗り込んだ三人だったが、この仲間の存在に危険を感じ、バスを降り電車移動する事に決める。今度は無許可。ほんの小休憩で立ち寄った街道沿いの店に残り、バスに戻らない三人。人員点呼など不要とばかりにあっさりと立ち去るバス。引率者もほとほと面倒臭くなったのかも知れない。
と、ココからが真のエンディング。完全にオチまで書いちゃいますぜ。知りたくない人は…、と言いたいけども、本稿に於いては重要な部分になるので読んでみて下さい。
後ろから声を掛けられ振り向くと、そこには数人の人相の悪い男達。すると、画面はセピア調となり、殺した三人の男達の顔、三人娘の姿、閉まって行くシャッターとを、それぞれアップで交互に映し、シャッターが閉まりきった所で「THE END」。
このエンディングはなかなか印象的である。単なるヌル目のエロ系バイオレンス映画かと思っていたら、最後にコレ。まず最初にこのオチを思い付いて、そこに持っていく為に話を作って行ったのではないか、そんな気がする。
このオチにするには、ヒゲ達は仲間に迎えに来て貰わなければいけないのだが、ヒゲ達が乗って来た車は故障している訳では無いのである。自分で運転して行けば良いのだ。新聞で大々的に報じられているのを知るまでは、堂々と混雑した市場にも車で乗り付けている位である。その前日から迎えを寄越して貰う算段を付けるのは不自然ではなかろうか。まぁ、ツッコミはこの辺で止めておこう。
本作、エンディング以外に、音楽も結構印象的である。担当したステルヴィオ・チプリアーニと言う人を少しばかり紹介致しましょう。1960年代半ばから作曲家として活躍するチプリアーニの手掛けた作品は、マカロニウエスタン、ホラー、アクションと言ったジャンル映画ばかりではなく、『ベニスの愛』( 『 Anonimo veneziano 』 1970年 イタリア )、『ラストコンサート』( 『 Dedicato A Una Stella 』 1976年 イタリア、日本合作 )と言う様な感動作には「泣き」のメロディーで、観る物の涙腺を大いに緩ませる手助けをすると言う器用さである。その他の代表作は書き出すと文字数が大変な事になるので、『テンタクルズ』( 『 Tentacoli 』 1977年 イタリア )だけ挙げておきます。あのクライマックスでの、画面上では何が行われているのかサッパリ分からないと言うアンチクライマックスを、勇壮な音楽で盛り上げてくれた人が、このチプリアーニ氏である。
では、本作の原案、監督のライモンド・デル・バルツォとはどの様な人物だったのか、余り詳しい事は分かりませんが、ざっと紹介して行きましょう。
映画業界との関わりは、1967年の『捜査網せばまる』( 『 Qualcuno ha tradito 』 イタリア、フランス合作 )の脚本に協力した事に始まる。因みにこの作品には、『サスペリア』( 『 Suspiria 』1977年 )の監督、ダリオ・アルジェントも脚本協力として名を連ねている。
『白昼の暴行魔』( 『 La settima donna 』( 1978年 イタリア )の監督、 フランコ・プロスペリがフランク・シャノン名義で監督したこの作品に、どの様な経緯で関わる事となったのかは分からない。『捜査網せばまる』が、金庫破りのプロを主人公とした犯罪映画である事を考えると、ジャーナリストだったと言うデル・バルツォが、その手の犯罪に詳しいと言う事で、協力を求められたのかも知れない。この作品、なかなか評判が良い。筆者は未見なので、是非日本でのソフト化を希望します。
そして1973年に『メリーゴーランド』( 『 L'ultima neve di primavera 』 イタリア )で監督デヴュー。誰かの弟子となり下積みをして監督になる、と言うのがイタリア映画界のしきたりの様だが、その辺りの経歴は不明である。この監督デヴュー作から最後となった作品までで、全六作品と数は決して多いとは言えないものの、全ての監督作品で脚本や原案(本作だけは原案のみ。脚本はプロデューサーのカンディド・シメノーネ)を手掛けているので、脚本の修行でもしていたのだろうか?
『メリーゴーランド』は、不治の病に罹った少年が、その短い生涯を閉じる迄を描いた、所謂「お涙頂戴」モノである。途中ダレる部分も有るが、泣きのメロディーと共に年端も行かない子供が死んでいくのは、分かってはいても涙腺が緩みます。この映画は、イタリア本国のみならず海外でもヒットした。その事で主役を演じたレナート・チェスティは、ラストでは死んでしまう様な役柄の映画にばかり立て続けに出る事になってしまった。そして、本家(?)デル・バルツォも何匹目かのドジョウをすくいに行くのだった。それが二本目の監督作『星空の神話』( 『 Bianchi cavalli d'Agosto 』 1975年 イタリア )である。
『星空の神話』では、不仲な両親の為に振り回される事となった少年が、最後は、崖上で強風に飛ばされた母のストール(かな?)に手を伸ばしたところ、バランスを崩し転落死してしまうと言う、なんか強引に泣かせようとした様な作品。アメリカ人夫婦が子連れで休暇旅行にやって来るも、母親は地元青年と浮気して、父親はアメリカに帰っちゃったりなどと言う筋立ては、前作よりも観客の年齢層を高めに設定していたフシも有るが、チェスティ少年で泣かせようとした為に全体的に中途半端な感じとなってしまった感じがする。
母親役は、ゴダール監督の『勝手にしやがれ』( 『 À bout de souffle 』 1960年 フランス )で、ジャン=ポール・ベルモンドと共に鮮烈な印象を残した、ジーン・セバーグ。前作のヒットに気を良くし、最初から海外マーケットを狙って作ったのかも知れないが、結果は興行成績も評価も余り芳しくはなかった様である。ドジョウだっていつ迄も柳の下には居ないのである。因みに、海外版ではチェスティ少年は、無事手術に成功し生き延びると言うオチになっている。流石にワンパターンだと思ったのだろうか。
その次に三話から成るテレビドラマを監督、そして本作。劇場用作品として「感動」モノを二作品撮った後、エロ主体の「暴漢」モノ。この手の事はイタリアの大衆娯楽映画専門の監督には珍しくも無いが、この人の場合何かが違う気がするのである。
元々、犯罪絡みの映画を撮りたかったのではないだろうか?それが、どう言う訳かお涙頂戴モノの企画を持ち込まれ監督デヴュー。ヒットしたからもう一本、同じ子役を使ってメロドラマを、と言われて作ったのが二作目。案外本作は、本人としては念願の企画だったのかも知れない。
そう考えると、ラストの気合いの入り方(?)は、「単なるエロと暴力を売りにした映画にはしないぜ。世の中の娘らに警鐘を鳴らすのだ」と言うメッセージだったのだと筆者は勝手に受け止めました。当の娘らはこの様な映画は決して観ないであろうが。
監督作品以外に脚本や原案のみの作品も在るデル・バルツォ。その生涯で十作品にしか携わる事は無かったが(1995年に59歳で亡くなっている)、この他にも二作品が日本に輸入されている。『パガニーニ・ホラー 呪いの旋律』( 『 Paganini Horror 』 1988年 イタリア )と、『コップ・ターゲット 狼たちの牙』( 『 Cop Target 』 1990年 イタリア、アメリカ合作 )がそうである。前者が原案のみ、後者は原案と脚本を手掛けている。
人は軽はずみな言動をしてしまいがちである。日常生活に於いて、厳しく自身の言動を律する事は、なかなか難しいだろう。しかし、その時はあまり深く考えずにとった言動で、人生を棒に振る事も在るのである。
その言動は果たして問題は無いのか、何かする前に一度冷静になって考えてみるのが大事なのではないでしょうか?筆者も慎重さに欠けるタイプなので充分気を付けたいと思います。