キング・オブ・ジプシー ~謎めく民族の大都会での暮らしぶり その1~ | つれづれ映画ぐさ

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忘れ去られそうな映画を忘れ去る前に

「ジプシー」と聞いて思い付くイメージとはどの様なものでしょうか?

 

荷馬車を引いて旅から旅の放浪生活を送る人達。情熱的にフラメンコを踊る女性の姿。はたまた、水晶玉を前に怪しげなムード漂う部屋で占いをする女性の姿。大体こんなトコでしょうか?中森明菜の「ジプシー・クイーン」なんて曲を思い出した人も居るでしょう。も一つ懐かしい所で、小島未散の、タイトルもその物ズバリの「ジプシー」と言う曲で、「謎めいた」と歌われていましたが、実際、この「ジプシー」と呼ばれる人達は「謎めいて」いるのであります。

 

「ジプシー」と言う呼び方って、今は差別用語だから「ロマ」って言わないといけないんじゃないの?と思われた方もいらっしゃると思うので、何故「ロマ」と呼ばれる事となったかの経緯を簡単に説明したいと思います。

 

ではまず、何故「ジプシー」と呼ばれているのかと言う所から。15世紀前半、パリに現れた集団が「エジプト人」だと自称したとか、そう呼ばれたとか言うのが通説となっている。最初の「エ」の部分が省略されたと思って下さい。この呼び名は主にイギリスや日本で使われる名称だが、ヨーロッパからロシアにかけての各国では、それとはまた別に様々な呼ばれ方をしている。

 

その様々な呼称を統一しようと、1971年の第一回世界ロマ会議に於いて「ロマ」の呼称が提唱された。しかし、この会議のメンバーは、世界の非ジプシーとジプシー出身の一部の知識人と言う構成で、世界中のジプシーの代表を集めた訳ではない。「ロマ」の本来の意味は「男」「夫」「人間」の複数形の意味しか持たない。独自の呼称を持つ集団も多く、当事者の間で余り共有されていなかったりするのである。各国政府や国際機関、マスメディアが、ポリティカル・コレクトネスだと言って、「ロマ」が公平な名称だって言っているけど、ヴラフ系ロマと言う一部の集団の自称と言うだけだったりするのである。しかも、ヴラフ系ロマは、自分達以外は「真のロマ」では無いと言って、他の集団には「ロマ」の語は使わないと言う話である。公平じゃ無いじゃん。そんな言葉で一括りにしちゃってイイんですか?って話ですよ。それじゃあ、他の集団はどうすんのよ?って事で、ヴラフ系ロマの、他の集団への偏見が感じられる「ロマ」の語よりも、まだ「ジプシー」の語の方が良いのではないか、とか色々と思う事も有り、本稿では「ジプシー」で通そうと思います。

 

ニューヨークで「キング」と呼ばれるまでになった実在のジプシー一族の長の後継者争いを描いたのが、今回紹介する『キング・オブ・ジプシー』(『 King of the Gypsies 』1978年 アメリカ )であります。「ジプシー・キングス」ではない。それは「ジョビ・ジョバ」の人達である。

 

原作は、ジャーナリストのピーター・マーズが1974年に発表した同題のルポ。チャールズ・ブロンソン主演の『バラキ』、アル・パチーノ主演の『セルピコ』に次いでの出版である。この後、小説も書く様になるのだけど、ここ迄はノンフィクション。実話であります。『バラキ』ではマフィアの世界を、『セルピコ』では警察の腐敗を世間に知らしめたが、本作では、知られざるニューヨークジプシーの世界を垣間見せてくれます。ただし、映画版は完全なノンフィクションと言う訳では無く、ドラマチックに脚色されているけどね。

 

後継者争いとか、跡目相続なんて事を言うとマフィアの様だけど、本作のモデルとなったキング・ティーン・ビンボの写真を見ると、若い頃も晩年も、マフィアと言われても全く違和感の無い面構えだったりする。かのアル・カポネと親交が有ったと言われているが、さもありなんと言った感じである。

 

ニューヨークのみならず全米を股に掛け、ジプシーの間で「キング」と呼ばれたザルコ・ステパノヴィッチは、出来の悪い息子のグロッフォよりも、まだまだ幼いながらも利発な孫のデイブを跡取りにしようと考えていた。

 

しかし、当のデイブは、横柄で暴力的な父や、母に詐欺の片棒を担がされる生活に嫌気が差し、祖父から跡取りの話を聞かされたその日に家を飛び出してしまう。とは言っても、年端の行かない子供。生きていく為には、身に付けたジプシー流の詐欺を駆使する以外にはすべがないのであった。

 

青年となり、死の直前の祖父「キング」ザルコに呼び戻されたデイブは、そこで跡目の証の金の指輪とメダルを手渡される。気に喰わないのは出来の悪い父親のグロッフォである。このロクデナシ親父は、事も有ろうに、殺し屋を雇って息子のデイブを襲わせるのである。ホント、実にどうしようもない親父である。

 

祖父の葬式の場では、まだ十代前半の妹チタの結婚の準備も進んでいる。ジプシーは、親同士の取り決めで、娘は若くして他の一族に売られるのが伝統になっている。他に好きな子が居るチタは、少々ボーっとした結婚相手の少年との結婚を嫌がっていた。デイブも、ジプシーは前時代的な風習を改めるべき、との考えから、結婚には反対である。父親との激しい遣り取りの末、母ローズの手も借り、チタを連れ出す事に成功したデイブ。逃げる車中で、チタにカリフォルニアに行こうと誘うデイブ。兄からの誘いにウットリとデイブの肩に頭を持たれ掛けるチタ。束の間の夢を見た瞬間。良いシーンだと思う。しかし、執念深いロクデナシ親父が間近に迫っていた。

 

この後、デイブと親父の対立は決定的となり、ラストの決着に向けて進んでいくのである。

 

と、この様な感じで、ニューヨークに君臨した実在のジプシー一族のキング・ティーン・ビンボと、息子のカランサ、孫のスティーブの三世代に亘る確執と、知られざる都市部のジプシーの生活様態を映画化したのが本作であります。

 

妹の結婚の件は、原作ルポよりもだいぶドラマチックな話になっては居るものの、結婚式に乗り込んで大揉めに揉めたり、家での大立ち回りの様な事は実際の出来事で、父親から殺し屋を差し向けられ、危うく失明させられそうになったり、なんて事も全て実話。かなり物騒である。

 

と、言う事で今回はここ迄とさせて頂きます。次回は、「ヴラフ系ロマ」と呼ばれる人達の事や、主にヨーロッパで生活をしているジプシーがアメリカに渡った経緯、本作のスタッフ・キャストについて紹介したいと思います。宜しければお付き合い下さい。では「その2」で。