今回紹介する映画は『血に飢えた白い砂浜』(『 Blood Beach 』 1980年 アメリカ・香港合作 )であります。
ビデオ発売時には『ブラッド・ビーチ/謎の巨大生物!ギャルまるかじり』などと言う、スットコドッコイな副題付きで発売されてしまった本作。日本初登場はテレビのゴールデン洋画劇場。「真夏の未公開傑作ホラー三連発」みたいな感じに銘打たれて放映された中の1本だった。砂浜に潜む謎の怪物に人が襲われると言う、モンスター映画であります。この手の映画は、物語が簡潔に説明出来るのが利点ですね。一行で内容説明が済みました。
『ジョーズ』以降に流行った動物パニック物は、既存の生物を巨大化させたり奇形化させたりする事が多かったのだが、本作は動物パニック物の雰囲気を残しつつも、少しばかり目先を変えて、全く正体不明の生物にしてしまいました、って所がポイントだろうか。
この怪生物、砂浜で襲うと先程書きましたが、姿は見せずに蟻地獄の如く、砂の中に犠牲者を引きずり込むのである。この、地中に引っ張り込まれてしまうシーンはなかなかショッキングだと思う。役者さん達は、口とか鼻とか目とか耳とかに砂入らなかったんだろうか?叫んでたと思ったら一気にズボッて行くからなぁ。しかしこの生物、獲物を砂の中に完全に引っ張り込むかと思えば、部分的に食い千切るだけだったりと、手口が一定じゃないのだった。ひょっとしたら二種類いたのではないのか?ナンて事は無いのだろう。全ての犠牲者が引っ張り込まれるだけだと地味だからだろうな。
終盤、学者が「この生物がワームやヒトデの類だった場合は、再生能力を持っているので、バラバラに爆破するとその数だけ増える可能性が有る」とオチを示唆していた。「押すなよ、押すなよ」と言われたら「押す」合図、って言うヤツですね。ヒトデはともかく、ワームの類がそれ程の再生能力を有するかは置いといて、プラナリアやヒドラの類だったら、間違いなく破片の数だけ個体が増える事になる、って事ですね。怖いですね。
この、砂浜に潜む怪生物、クライマックスと言うかほぼラストまでその姿を見せない。その出来をショボい、とか言ってはいけない。何せ、低予算なのである。その割には、全くの新人俳優、無名俳優ではなく、そこそこの人達をキャストに迎えて撮影されているので、予算は主にギャラに使われたのではなかろうか。そこをカバーする為のアイディアが、砂浜で襲われると言う設定だろう。水中生物に襲われるとなると、撮影に予算と手間が掛かるのである。その低予算の中での撮影の割には、砂に被害者が引き込まれるシーンはなかなか良く出来ていたと思う。徹底して低予算でも作れそうな設定だが、ちゃんとした作品にするには、それなりに知名度の有る役者を使おうと言う戦略だったのだろう。
では、その出演者はと言うと、まずは巡査部長ロイコ役にバート・ヤング。『ロッキー』でロッキーの恋人エイドリアンの兄貴を演じ、一躍注目を浴びた人。1970年代初頭から80歳代となる現在まで、途切れることなく出ずっぱり。大したモンです。このロイコ、口が悪いのが災いしているのか、充分キャリアを積んだ顔をしているが出世が遅い。人の話を余り聞こうとしないのも問題と思われる。
地元の警察署長役に我らがジョン・サクソンさん。すいません、個人的に好きな役者さんなモンで、つい「我らが」とか言ってしまいました。このサクソンさん、アクション映画ファンには『燃えよドラゴン』の空手家役で、ホラー映画ファンには『地獄の謝肉祭』の主役の人として有名だと思うんだけど、この人も出てる出てる。相当色んな映画に出演していた。過去形なのは、残念ながら2020年に亡くなってしまったから。ご冥福をお祈り致します。本作では、警察への予算を渋る地元議員のおばちゃんに、「ガタガタ言わずに金寄越せ!」と言って予算の獲得に繋げる剛腕ぶりです。
一応、主人公は地元の海岸パトロール隊員なんだけど、正直な話、オッサン達の方がアクが強くてあまり目立てないのだった。その主人公ハリーを演じたのはデヴィッド・ハフマン。日本ではさほど有名とは言えないが、クリント・イーストウッド監督・主演の『ファイヤーフォックス』では、結構重要な役を演じていた。この人は、まだまだ役者としてのキャリアもこれからと言う1985年に、16歳のメキシコ人不法移民に刺殺されると言う悲劇に見舞われてしまう。享年39歳であった。キャンピングカーで盗みを働こうとしていた少年を見つけたデヴィッド・ハフマン。他人の車であったが、正義感から追い掛けたのは良いが、ドライバーで刺殺されてしまったとか。ドライバーは、車上荒らしの道具らしいのだが、ナイフを用いた強盗の結果としての殺人とかではない辺りに、この少年も根っからのワルではなかったのかも知れない、などと思うと、貧乏故に犯罪を犯してしまったり、犯罪に巻き込まれ犠牲になってしまったり、と言うのは実に悲しい事である、と思います。
本作の監督、脚本はジェフリー・ブルーム。基本的には脚本家が本業だろうか。脚本家としての代表作は、今となっては憶えている人が少なそうな、ロバート・ショー(代表作に『スティング』でカモられるギャングのボス役、『ジョーズ』のサメ狩り名人クイント役等)主演の海賊映画『カリブの嵐』(1976年)。四話オムニバスの『デビルゾーン』(1983年)の最終話の巨大ネズミの話『子を呼ぶ魂』と言った所か。監督(兼脚本)としての代表作は、Ⅴ・C・アンドリュースの原作を映画化した『屋根裏部屋の花たち』(1987年)だろう。何せ、日本での唯一の劇場公開作だし。両親はウクライナ系ユダヤ人。ジェフリー・ブルームの生年が1945年と言う事を考えると、ひょっとするとロシア革命当時の「ポグロム」と呼ばれる、ウクライナでのユダヤ人迫害を逃れた一家の孫だったりするのかも知れない。となると、以前紹介した『鏡の中のマヤ・デレン』の映像作家マヤ・デレンと、両親は同じ位の年齢となり、似た様な境遇だったのかも、などと勝手な想像をしてみました。
本作の出資者の一人に、ショウ・ブラザースのラン・ラン・ショウが居る。当時は落ち目のショウ・ブラザース(この辺りの事情は以前書いた『變臉(へんめん)/この櫂に手をそえて』で軽く触れていますので、宜しければご参照下さい)、海外に活路を見いだそうとしていたんだなぁ。松竹と組んで『北京原人の逆襲』を制作したのは1977年。色々と苦労が偲ばれる。
音楽を担当したのは、B級映画ファンなら押さえておきたい様な作品に曲を提供しまくっている、元ジャズ界の大物ギル・メレさんです。この人の事も以前紹介した『ラスト・カーチェイス』で軽く触れていますので、って今回そんな事ばっかり言ってて申し訳ないです。
本作のアメリカでの最初の公開は1月下旬。真夏のビーチを舞台にしているのに真冬の公開。期待されていない感が実に寂しい。
本作のキャッチコピーは「安全になったと思っても、海まで辿り着く事は出来ない」。『ジョーズ2』のアメリカでのキャッチコピーと前半部分が全く同じだったので、訴えられていたらしい。大会社のメジャー作品が、独立系低予算映画に、そんなに目くじら立てなくても、と思うけどね。
本作は、修復不可能な程に劣化したフィルムしか発見されていないらしいので、今の所、ちゃんとした画質のブルーレイで発売される可能性は低そうである。劇場で掛かる事も無いだろう。今後も作中の怪生物同様、日の当たる場所に出て来るのは難しいかも知れない。でも、ひょっこり日の当たる場所に出て来たら、その時はショボいなどと言わず、温かい目で見守ってあげて下さい。