マッドハウス ~友情は永遠には続かないのであろうか?~ | つれづれ映画ぐさ

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忘れ去られそうな映画を忘れ去る前に

1930年代初頭、アメリカのユニヴァーサル・ピクチャーズの『魔人ドラキュラ』 『フランケンシュタイン』 『ミイラ再生』 の連続ヒットは、以後およそ十年程モンスターホラーのブームを生み出した。短期間に量産されたのですっかり飽きられ、1950年代半ばまでモンスター映画は鳴りを潜めていた。

 

それを復活させたのが、イギリスのハマー・フィルムズである。『フランケンシュタインの逆襲』 『吸血鬼ドラキュラ』 のヒットは、検閲が厳しく、直ぐに成人指定とされてしまう事が多いイギリスに於いて、ホラー映画を根付かせる切っ掛けとなった。売れる商品に飛び付くのが商売人。イギリスでも様々な会社がホラー映画を制作した。売り上げではハマーには敵わなかったものの、唯一のライバル会社だったと言えるのが、今回紹介する 『マッドハウス』 (『Madhouse』 1974年  イギリス・アメリカ合作 )を制作したアミカス・プロダクションズである。

 

アメリカで映画制作に携わっていた、ミルトン・サボツキーとマックス・J・ローゼンバーグが渡英し、ヴァルカン・フィルム・プロダクションズを立ち上げ制作したのが、『死霊の町』 (1960年) である。同年のヒッチコック監督作 『サイコ』 と似た所の有る映画だが、こちらの方が少しばかり先に撮影に入っている。

 

その二年後の1962年にアミカス・プロを設立。二本のミュージカルコメディを制作した後、ホラー映画に参入。何故、ミュージカルだったのか?好きだったんでしょうな。アミカス以前にもサボツキーとローゼンバーグは、アメリカ時代の1956年に 『Rock Rock Rock!』 と言う映画を作っている位ですので。そして、今一つ売れなかったのだろう。より売れそうなジャンルに方針転換を図ったと言う事だろう。

 

ハマーホラーの特徴は、ゴシックなモンスターホラー。方やアミカスは現代を舞台にしたオムニバスホラーが特徴である。サボツキー曰く「観客の興味を九十分引き付けるのは大変だが、オムニバスなら一本のエピソードが短くなるから良い。云々」だそうである。前述の『サイコ』の原作者ロバート・ブロックは、アミカスの為に原作原案の提供だけではなく、脚本家としても協力し、アミカスカラーの形成に貢献した。

 

本作の主演はヴィンセント・プライス。1950年代から1970年代に掛けて、アメリカの低予算娯楽映画を牽引したAIP(アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ)の看板、と言うかこの時代のアメリカを代表するホラースターである。共演はピーター・カッシング。こちらは、クリストファー・リーと並びイギリスを代表するホラースター。米英二大スターの共演である。もう一人、当時 『吸血鬼ヨーガ伯爵』 で売り出し中だったロバート・クォーリー。こちらは残念ながら、「スター」と呼ばれるほどには売れなかった。

 

本作の監督はジム・クラーク。本業は編集。『シャレード』 『マラソンマン』 『コピーキャット』 等々で活躍。1984年の 『キリング・フィールド』 ではアカデミー賞を受賞している大物。何故、本作の監督に抜擢されたのかは謎である。

 

人気役者のポール(ヴィンセント・プライス)は、自身の代表作「ドクターデス」シリーズの最新作を撮り終えたばかり。脚本を書いた親友ハーバート(ピーター・カッシング)や、以前の共演者フェイなど関係者を集めて、婚約発表も兼ねたパーティを開いていた。オリヴァー(ロバート・クォーリー)と名乗る、見知らぬ男から挨拶をされるポール。このポルノ映画のプロデューサーを連れてきたのはフェイと思われる。ポールの婚約者エレンは、過去にポルノ映画に出演していて、しかもオリヴァーと肉体関係が有ったのである。めでたいパーティの場で、そんな爆弾発言をするオリヴァーってヤな奴である。そんな奴を連れて来るフェイも性悪である。そんな話は寝耳に水のポールは憤慨。二階の自室に駆けこむエレン。酒飲んで別室でふて寝するポール。一階では主役不在にも関わらず大盛り上がり。この無神経さが業界人、って事なんでしょうか?ちょっと筆者には理解し兼ねます。目覚めて反省するポール。謝ろうと、ドレッサーの前に座っているエレンを振り向かせようとしたら、生首がゴロン。ポール大絶叫。結構派手な殺人シーンなのに、血が全然出ないけど、血を出せばイイってモンでも無いのでね。

 

それから十二年。事件後精神病院に入院していたポールだったが退院し、旧友ハーバートの招きでイギリスに向かう。どこから乗ったのかは分からないけど、船旅ですよ。飛行機でひとっ飛びじゃないってトコが優雅ですね。テレビ放映で人気が復活した「ドクターデス」を、イギリスのBBC放送がテレビシリーズ化したいと言うのである。プロデューサーは、あのポルノ野郎オリヴァーである。既に前途多難な予感である。イギリスでポールを待ち受けていたのは、「ドクターデス」風のマントを羽織った仮面の人物による連続殺人だった。スタッフ、キャスト、纏わりつく人物など、自身の身の回りの人達が殺されて行く内に、ポールは、自身の精神状態に疑問を感じ始める。無意識のうちに「ドクターデス」に変身し、殺人を重ねているのではないか?十二年前の時も自分が殺したのではないか?果たして真相は…。

 

しかし、この「ドクターデス」。かつて発売されていたビデオの字幕だと「死神博士」なの。筆者世代は、天本英世が演じた、仮面ライダーのショッカー幹部を思い出してしまうんですけど。イカデビルですよ。

 

閑話休題。と、まぁこんな感じの内容です。映画全体として見れば、雰囲気も上々で良いと思います。正直な所、脚本は首をかしげる出来ではあるけれども、それでも良いのだ。本作は、ヴィンセント・プライスを愉しむ映画なのだ。その証拠(?)に、エンディングテーマを歌っているのはヴィンセント・プライス本人である。上手いのかどうかは置いといて、味の有る歌声である。AIPとの競作なので、AIPで出演した過去の作品が、「ポール」の出演作として劇中でたびたび上映されるのも実に嬉しい限りである。

 

本作が制作、公開された1970年代の半ばは、ちょうどホラー映画の転換期に当たる時期である。ポルノ映画のプロデューサーがテレビドラマのプロデューサーに転身している様に、時代は変化していた。かつてのAIP、ハマー、アミカスの様な作風は過去の物になって来ていたのである。本作も、その事を意識していたと思われ、イタリアのジャーロ(猟奇犯罪物のホラー映画のジャンルの事)の様な雰囲気を感じさせる作りとも言える。アメリカでは、前年に 『エクソシスト』 が、同年には 『悪魔のいけにえ』 が公開され、大ヒットを記録している。確実に時代は変わりつつあったのである。

 

AIPは、本作の前後から、製作する映画をアクション映画主体に変化させていく。そして、この頃から徐々に大作志向となり、『メテオ』 等をヒットさせるも、赤字は回収できず、1979年に会社は売却される。

 

イギリスの老舗ハマーも、本作と同年 『フランケンシュタインと地獄の怪物 (モンスター) 』 を、制作から二年遅れで公開するも、時代遅れな作品なのは明らかで、この後のホラー作品は 『ドラゴン VS 7人の吸血鬼』 と言う、強引に流行り物のカンフー映画にお家芸の吸血鬼を組み合わせたイロモノ路線。それとナスターシャ・キンスキー主演の 『悪魔の性キャサリン』 の二本のみ。そして、1979年の 『レディ・バニッシュ/暗号を歌う女』 を最後に映画制作を終える。

 

アミカスも、ホラー映画は、本作と同年の 『スリラー・ゲーム/人狼伝説』 の二本を残すのみ。その後は、エドガー・ライス・バローズが原作の 『恐竜の島』 『地底王国』 『続・恐竜の島』 の三本を制作。しかし、『続・恐竜の島』 の制作途中で資金切れ。結果として、共同で制作していたAIPの単独作とクレジットされる事となってしまう。

 

元々ファミリー映画志向だったサボツキーとしては、最後に、子供が楽しめる様な映画が作れて本望だったかも知れない。

 

本作から、ローゼンバーグが引き入れたジョン・ダークをプロデューサーに迎えるも、ジョン・ダークの遣り方が気に入らなかったサボツキーは、ローゼンバーグと袂を分かつ事になる。と、以前読んだ本に書いてあったのだが、今回本稿を書くに当たってちょっとネットで調べてみたけど、その様に言及されている資料が見つかりませんでした。ただ、二人の仲が悪くなっていたのは事実の様である。社名の「アミカス」とはラテン語で「仲良し」とか「友情」なんて意味になるらしい。それが最後は喧嘩別れでは寂しい限りである。