前々回の記事で、高橋大輔さん主演のアイスショー「十字星のキセキ」の千秋楽公演を観に行って、うちに帰ってからそのショーのモチーフになった「銀河鉄道の夜」の古い文庫本を見つけたので、久しぶりに読み返したくなったとも書きました。

 

けれど他にも色々することがあったりして、まだ読み返せていないのですが、先に読みかけていて最近読み終えた「限りなき幸福へ」という本のことを、先ずはお伝えすることにしました。

 

というのは、その本にはショーの中で語られたセリフで特に印象的だった「ほんとうのさいわい」つまり「本当の幸せ」について詳しく論じられていたからです。

 

ちなみにその本の著者は、それ以前にこちらの記事に書いたあの「青い鳥」の著者と同じメーテルリンクです↓

 

そういうわけで読んでみたその本には、歴史上の有名な人物達の「運命」についても論じられていました。

 

例えば、あのマリーアントワネットの夫ルイ十六世とか、イエスキリストやソクラテス、ローマ皇帝、プラトンやニュートン、あの「嵐が丘」の著者エミリー・ブロンテなどの「運命」です。

 

彼らに起きた出来事によって彼らの「運命」が不幸に見える(思える)ものだったとしても、彼らが不幸だったとは言えない。むしろ「ほんとうのさいわい」つまり「本当の幸せ」を得ていたのではないかと。

 

著者のメーテルリンクいわく「幸せな運命とは、どんな出来事にせよ、その喜びや悲しみに関わりなく、出来事を通して人が深く考えることができるようになり、魂の活動領域を拡大し、やすらぎを得て人生をおおらかに受け容れられるようになることなのだ」と。

 

「だから運命は、実際に愛を奪ったり、勝利へ導いたり、あるいは人を王位につけたりする偶然性の中にではなく、むしろ夜、星が無心にまたたく空や、身近な人や恋人を、あるいは心に湧いてくる数知れぬ想念を、われわれなりにどのように受け容れるか、その受け容れ方にあるといえるだろう」と。

 

「人間の欲望が求めるもの、富と健康と若さと名声と力と愛のすべてを手に入れて、人もうらやむほどすばらしい幸福に恵まれたから幸せなのではない。そうした幸運を授かったおかげで、それより高い所を見られるようになったから幸せなのだ。

 

豪華ですばらしい旅や数々の世間的成功や自身の恋や権勢の中に、探し続けていたやすらぎやよろこびを見出すとするなら、それは真実のやすらぎやよろこびが、そうしたものの中にはないということを、それらが私に教えてくれるからなのだ。

 

やすらぎやよろこびは世間的な成功のどれよりも以前に私自身の中にしかない。ー(中略)ーもうこんな世間的幸福は必要ないとやっとわかったのだから、昨日より今日の私の方が幸せなのだ」と。

 

「賢者はこのような並外れた世間的幸福に恵まれなくても真の幸福を知っている」と。

 

そしてその「賢者がいるだけで、悪意や誤った考えから生じる大部分の悲劇は起きなくなる。

彼は自らの悲劇ばかりでなく、周囲の悲劇をも阻止できる。ー(中略)ー正しい者の周りには大きな平和の環が広がり、悪の矢はしだいに力を失い、地に落ちてしまうだろう。彼をさいなむ苦しみの矢は、もう周りの人々からはやってこなくなる」と。

 

「実は人の悪意がわれわれに悲しみを与えるのは、相手にそれを与えたいと思う気持ちがこちらにあるからにほかならない。

またねたみの矢がわれわれの心を傷つけるのは、こちらにも同じ矢を相手に向かって放とうとする気持ちがあるからなのだ。

裏切られて悲嘆に暮れるのは、こちらの心にも裏切ろうとする気持ちが常にあるからなのだ。

人が人の魂を傷つけるのは、まだ攻撃の武器を愛の大きな炎の中に投げ捨てていないからなのだ」と。

 

「粗暴な言葉や行為がもはや自分の中になくなれば、他者の中にあるそうしたものも気にならなくなる。

他者の悪に寛容でいられないのは、われわれの中にも同じ悪があるからだ」と。

 

そして最後に「より幸福なのは、より多く愛した者だ」と。

 

「どれほど天分に乏しい者でも、悪意や、ねたみや、恨みや、無益な悲しみなど少しもない、澄んだ目で人や物を見ることはできるようになる。

ー(中略)ーどれほど無分別の者でも、無礼を赦し、過誤を大目に見、人間的な行為や言葉に感銘を受けるほどの分別はある。

どれほど愛されない者も、愛を愛し、大切にすることはできる。」と。

 

「愛はこうした一つ一つの光をいっそう輝かせる。

愛には穏やかで優しい、あの名状し難い真実に目を開かせてくれる偉大な力がある。

愛にはまた、われわれが数知れぬさまざまな人々の中に愛することも賛美することもできず、そうすることを思いつきもしなかった美しさを、ただ一人の人の中で愛し、賛美する機会を与え、未来へと人の心を押し広げる偉大な力がある。

 

ー(中略)ーもし己の心のとげを少し和らげ、いらだちを抑え、少し明るく、少し快活に生きようとするなら、たとえ不運な人生でも善なる心は、悲しみの底でこの愛の「キセキ」をきっと体験できるだろう」と。

 

ちなみに本では漢字の「奇跡」でしたが、書き写す時に冒頭に書いた高橋大輔さん主演のアイスショー「十字星のキセキ」のことが思い浮かんだので「キセキ」に置き換えました。

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

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