裸のプリンセス
次女は、2才2ヶ月。
いわゆる、「テリブル2」の年令だ。
2番目だからか?すっごく、はっきりしている。
「イヤ」、「ダメ」、「わたしの」、「あっち行って」...
最近は、お着替えするのが好きだ。
これは長女も同じ。よく、お着替えごっこをしている。
次女はすぐに、「ぬぐ、ぬぐ!」と言って、服を脱ぎたがる。
いつの間にか、ズボンとオムツは、脱いでる。
今日も、真っ裸で、ウロウロしてる。
ビデオを積み上げて、遊んでいる。
すると、「シャーーー」っと、放物線を描いて、おしっこが出た。
思わず見入っていた。次女も、じっと見ていた。
それでも、まだ真っ裸。
今だけだよね、裸でも可愛いのは。
靴も履かないんだよね。って言うか、裸足が好き。
だからいつも、足の裏が真っ黒け。
ワイルドだよね~
でも、たくましくて、好き。
キンダーガーデン
長女は、去年から、公立のキンダーガーデンへ行っている。
隣町トーランスへ、越境入学している。
とは言っても、ウチから歩いて、15分ほど。
ロスは車社会で、歩く機会がないので、いい運動だ。
担任の先生は、日系の年配の先生だ。
日系人が多い地域で、学校には、日系の先生が数人。日本語を話す人もいる。
初日から、宿題が出た。
形...四角、三角、ひし形、円すい、立方形、三角すい...
Triangle、Sqare、Diamond ぐらいなら知ってるけど、あとは知らないよ~
他のクラスの友達は、宿題は出てない。
えっ?クラスによって、宿題が違うの?!
この疑問は、日に日に大きくなっていく。
月曜日― 自分の辞書作り。その週のアルファベットが、頭にく言葉を考える。
火曜日― 絵日記。文章を書く。
水曜日― クイズ。アルファベットが頭についた物の、説明文を書き、発表。
フォニックスの本を読む。
木曜日― 算数。
その他、毎週金曜日には、スペリングテスト、ポエムの暗誦を発表。
毎日本を読み、題名を記入する。
算数は、10の位の、足し算、引き算をやってる。
最後の追い込みか、最近は、単語を記憶してるかのテストを、
毎日家でやって、親がサインする。
Just、Because、They、Why、With、Into...
すごい単語ばかり並ぶ。これを毎日、10個づつ覚える。
...でも確か、「小学校1年生までに覚える単語」は、
I、She、He、Like、And、See、My、Here、Have、Said、Play...など20個だ。
長女のクラスは、今年の始めに、すでに、これらの単語を終えて、
小学校1年生の勉強をしていたのだ。
先生に質問すると、
「1年生に上がってから、苦労しないように、早めに進んでる」との事だった。
でも早すぎる~!進みすぎじゃない?!
長女によると、出来る子供は、先生からもらうワークを、次から次へと、こなす。
出来ない子供は、先生の隣に座らされ、先生が教える。
時には、お昼休みの時間に、呼び出され、出来ない所を、教わるそうだ。
ゲゲゲッーーーーーー!
他の3つのクラスは、キンダーで習得する事だけ、勉強してるみたい。
学力テストは、4、5回やったが、他のクラスは2回。
算数だって、1の位の足し算だけしかやってない。
同じ学校で、同じ学年なのに、こんなに差があって、いいの~?
長女のクラスは、上の学年に兄弟がいる、子供が多い。
きっと、この先生は、教育熱心な親の間で、人気のある先生なんだろう。
アメリカの公立学校は、初めての体験だから、わからない事だらけ。
でも、日本と変らないくらい、勉強が大変そうだ。
いや、今は逆転してるかも?
だって、日本は、「ゆとり教育」で、勉強時間数が減ってる。
アメリカは、大統領の政策で、テスト漬けになるらしいもの。
...どちらにしても、私が子供だった頃とは、まったく違うのねぇ~
大変な世の中になったもんだ。
しわ寄せは...子供達だよね。
ロサンゼルスの空もよう
この所、ロスのお天気は、どんより~~ としてる。
朝、起きても、雲が厚く、風も冷たい。
Tシャツで出かけると、風邪引きそう~
雨が降りそうで、ジメッとしてて、日本の梅雨みたい。
まあそこまで、ジトッとしてないけどさ。
やっと、お昼ごろ、お日様が出てくる。
で夕方、雲が厚く、風が冷たくなる。
うちの子供たちも、ちょっと風邪引きそう。
次女は、お腹がゆるくなってる。
キンダーや、プリスクールでは、ストマックフルーが、流行ってるみたい。
う~、気をつけよう。
英語疲れ
今日は、ラレーチェリーグの、お話会に行ってきた。
ラレーチェリーグは、「母乳育児」を、支援する会で、私は、長女の妊娠中から、お世話になっている。
アメリカ、だけでなく、日本や世界中に広がっている会だ。
今日は土曜日で、レギュラー・ミーティングの日ではないが、
アメリカ人のリーダーを囲み、何でも話しましょう、とゆう事で、参加した。
子供の体の成長と、心の成長。学校での問題。友達の問題...
約3時間近く、英語で聞き、私も少し、英語で話した。
次女が、ぐずり始めたので、一足早く帰った。
家に着いて、お昼を食べ、リラックスしていたら、すっごい眠気が襲ってきた。
もう、たまらなくなって、20分ほどお昼寝。
お昼寝から起きても、すっごい疲れてる。
何で...?
あっ、英語?
そうよね、英語で、あんなに話したり、聞いたりする事って、ないもん。
頭が疲れたんだね。
これで、語学学校なんか行ったら、どうなっちゃうんだろう?
ま、行く予定はないけど...
でも、勉強中の方は、かなり頭使ってるのね。
長女出産
いよいよ、長女出産。
夜、ベッドに入ろうかと思ったら、破水。
ヤバイ、こうゆう場合は...エマージェンシーだ!
荷物の準備をしていると、主人は、「車を出してくる」と、駐車場へ。
なかなか戻ってこない。
と思ったら、赤ちゃんのチャイルドシートを、車に取り付けるのに、四苦八苦してたそう。
まだ生まれてないんだからさ~ と、大笑い。
よっぽど、気が動転してたんだね。アハハハ...
病院のエマージェンシーに着き、車椅子で、分娩室へ。
ベッドに横になると、お腹にペタペタ、装置が付けられる。
側には、コンピューターのモニターがあり、陣痛の強さ、がグラフになってる。
赤ちゃんの心拍音も、聞こえる。
点滴も付けて、あっという間に、身動きが取れない状態。
陣痛が進むにつれて、看護婦が耳元でささやく。
「体に優しい、痛みを和らげる薬があるわよ。」「みんなやってるし、だいぶ違うわよ」
始めは、聞く耳を持たなかったが、陣痛の痛みと、看護婦の誘惑に負けて
優しい薬を、点滴から入れてもらった。
...和らいだか?陣痛が痛くて、よくわかんない~!
朝になって、担当の女医さんが来た。よかった。
子宮口は、まだまだ開ききっていない。
お昼頃になっても、まだまだ。女医から、促進剤を使うとの、説明があった。
これがすっごい痛み!
失神しそう。痛くて、目が開けられない。
それでも、子宮口が開かない。
女医は、もっと促進剤を入れる。麻酔を使うなら、今しかない。と、言う。
思わず、「お願いします~」と、言ってしまった。
麻酔医が来て、麻酔の説明をして、署名をしろと言う。
「陣痛が痛いんだから、早くしてよ~ 英語で説明されたって、わかんないよ~!」
って、心の中で叫んでた。
結局、麻酔を2回も使い、促進剤を強くしたのに、子宮口が開かず。
女医に、「帝王切開になる」と、言われた。
「えっ...!」
頭が真っ白になった。
何で?何が?どうしたらいい?
「赤ちゃんの、心拍が落ちて、危険だ」とゆう理由だ。選択の余地はない。
結局、破水してから、陣痛に耐え、16時間後に、帝王切開で生まれた。
手術室には、ラジオからの音楽が流れ、ドクター達が、世間話をしている。
すっごい気楽だね。まあ、私もリラックスできたけどね。
ぷるん!と、赤ちゃんが生まれた。
主人がへその緒を切り、赤ちゃんは布でグルグル巻かれて、胸元へ来た。
「やっと会えたね」
赤ちゃんは、目は見えないけど、私をじっと見てる。声を聞いてる。感動だ。
主人は、ビデオを片手に、赤ちゃんの後をついて、新生児室へ。
ビデオ、写真を撮りまくっていた...らしい。
その頃私は、手術室横の、回復室で1時間ほど過ごし、病室へ。
生まれてから4時間後、やっと赤ちゃんが、病室へ来た。
初めて、おっぱいをあげてみる。小さな口で、ちょこっと、口に含んだ。
その日は、主人も病室に泊まりこみ。
術後で、動けない私に、赤ちゃんが泣くと、私に手渡してくれた。
病院食は、もちろん、アメ食だが、これが意外と美味しかった。
ボリュームもあって、おやつに、焼きたてのクッキーもあった。
食事と一緒に、リクエストカードも来る。
メイン、主食、デザートなどのメニューを、選ぶ事ができる。
退院する前の日には、「シャンパン・ディナー」が、主人の分も、サーブされる。
実際は、お酒ではなく、子供用シャンパン、なのだが、2人で乾杯した。
2人共、幸せいっぱいだったわ。
この後、子育ての大変さを味わうなんて、想像もしてなかったよ。
あっという間に、6年がたった。本当に、あっという間。
今は、姉妹げんかに、頭を悩ませる日々です。
病院見学
長女の出産の時...もう6年以上前だが
主人と一緒に、日本語の、出産準備クラスを受講した。
他に、6組が参加。アメリカに来て、初めてお友達が出来た。
この友達とは、今での家族ぐるみの、付き合いをしている。
こちらに家族、親戚がいない、私達にとって、かけがえのない人達だ。
出産の方法、専門用語、病院でくれる物、他に必要な物、呼吸法...
初めて聞くことばかりで、思いっきり不安。
しかも、病院は、英語だもんね...
生まれる前に、病院に見学へ行った。
「マタニティー・ツアー」と、呼ばれるもので、
会議室に、病院の資料、お茶とお菓子がセットされていた。
スタッフに付いて、病院内を見て回る。
まず、病院の、エマージェンシーの入り口から、入る。
受付をして、車椅子で、産科フロアーへ。
分娩室は個室。
テレビ、冷蔵庫、洗面所、シャワー室、手洗い所、カウチが付いている。
新生児室。母親と父親しか入れない。
産後の病室は、個室と、2人部屋がある。
思ったより、広くはない。
カフェテリア。日によって、メニューが変る。
が、アメ食だよね、やっぱ。
チャペル。毎日曜日に、礼拝があるそうだ。
最後に、病院に登録をする、ブースへ。
予め、名前、連絡先、予定日、保険の種類、担当医、小児科医などを、登録しておく。
産気づいて、病院へ行っても、この手続きをしておけば、簡単だ。
病院には、日本語のホットラインがあり、日本人のスタッフが、通訳してくれるらしい。
アメリカにいながら、日本人のスタッフがいるなんて!
さすがロスは、日本人が多いのね~
婦人科医探し
アメリカに来て、すぐ妊娠し、右も左も分からない。
ウチのダンナも、どうしていいか、分かっちゃいない。
取り合えず、無料で配布されている、日本語の情報誌、電話帳で、探した。
妊娠当初、ビザの為に、一度日本へ帰っていた。
その時、何回か産院へ行き、検診してもらった。
カーテンで仕切られるので、私の上半身は、見えなくなっている。
女医さんがいい!って思っても、行くたびに、ドクターや看護婦が変って、
妊婦と言えども、ちょっと恥ずかしい。
だから、ロスでは、女医さんを探した。
当時住んでいた、サンタモニカに近い、ウエスト・ロサンゼルスには、いなかった。
フリーウェイで、南に20分ほどの街、トーランスに、見つけた。
日本人や、日系企業が多い街だ。
こちらの医者は、自分のオフィスを持ち、そこで検診をする。
医者だけでなく、受付の人も日本語を話すので、安心だ。
小さな待合室には、ほとんど日本人?と思うほど。
日本の週刊誌が置いてあるので、それを読むのが、楽しみになった。
オフィスは病院ではないので、血液検査や、特別な検査は、専門の検査所で受ける。
改めて予約を取り、検査をし、結果を取りに行くので、ちょっと面倒。
オフィスには、もう一人、男性の医者もいた。
「出産の時、私がいない場合、彼が担当するから、一度見てもらって」
と言うので、一度見てもらった。
でもさ、女医さん希望なんだよ。そんなの聞いてないよ~!
考えてみれば、今、検診を受けてる、この時でも、出産してる人がいるんだよね。
そっか、やっぱ一人の医者が、検診も、出産も、って無理だわ。
...でもさ~。ああ、出産の時は、女医さんでありますように!
アメリカの保険
結婚して、アメリカに来たのは、7年前の4月。
ウチのダンナは、日本人で、永住権を持っていた。
妻となる私も、当然、永住権...と思っていたが、取得するまで、5,6年かかり、日本へ帰れない。
「そんなのヤダ~!」と、私はワーキングビザを取った。籍は、入れられない。
渡米後、すぐに妊娠した。
婦人科医を探した。「どこの保険ですか?」
あっ!
保険に入ってない!
日本は、格安の保険料で、誰でも、国の保険に入れる。
アメリカは、自分の責任で、保険に入る。
つまり、保険会社を探し、プランを比較し、毎月料金を払う。
現在入ってる、ウチの保険は、毎月、4万円近くの支払いで、
病院や、医者にかかる度に、1500円ほど払う。
中には、保険でカバーしない、治療もある。
その上、年間、約55万円までは、自己負担。
ほとんど医者にかからない、私達は、ほとんどが自己負担、って事!
いったい、何のための保険なんだろう?
ホント、日本の福祉は、いいわ~
話を戻して...
当時、保険に入ってなかった私は、愕然とした。
医療費は高いから、大変な事だ。日本で生むか?
いろいろ調べたら、道があった。
保険に入ってない、低所得者向けの、国や州が、補助している保険。
所得に応じて、保険料が決められてるようだが、
私は、無収入だったので、保険料も無料だ!
すっごいね。アメリカって。
弱い者に優しい国だ。
出産は、結局、帝王切開だったので、実費だったら、3百万円ほどが、ほとんど無料だよ。
いい保険に出会えて、ラッキーだったよ。
ま、無料なだけに、手間はかかったけどね。
病院、医者、麻酔医者、血液検査所...全て別々の請求書が、私の手元に届いた。
その度に、保険に入っている証明を出して、何度も電話して、会社まで行って...
全てクリアになるまで、1年以上かかったかな?
それでも、無料にこした事はないさね。
はじめまして
はじめまして。
アメリカ、ロサンゼルスに住んでいます。
6才と2才の、2人の娘と共に、アメリカでの生活を、楽しんでいきたいです。
今は、まだその途中。
だから、「楽しむ」のは、半分、あとの半分は、「迷い、悩む」、毎日です。
こちらに来て、ちょうど7年。早いものだ。
きっと、「英語ペラペラでしょ?」って、思うでしょ?
ところがどっこい!
日本で、仕事してた時の方が、しゃべってたと思う。
だって、7年間、毎日、英語を勉強してたわけじゃないからさ。
おまけに、ここロサンゼルスは、日本人が多く住む街。
スーパー、医者、病院、出産クラス、友達、文化教室...
まるで、日本。
英語を話さなくても、済んじゃうのよ。
で、こうゆう、「アメリカに住む、英語を話さない、日本人」に、なってしまった訳。
これは、私の事。
もちろん、英語ペラペラの人もいるし、主婦でも、勉強してる人も沢山いる。
私は...のほほんと、しちゃって。
って言うか、子育てに忙しいのよ~
(ん?言い訳しちゃった)
こちらに来てから、私が体験した事、不思議に思った事、疑問、悩み...
を、書いていきます。
また来てね~!