「不幸だ」という自分に暗示をかけている
「私は不幸だ」と言うと安心する
封印していた幸せな気持ち
見ないようにしていた幸せな気持ち
きっとあのしんどかった頃も幸せな部分はたくさんあったんだろうな・・・
でもそれを認めてはいけなかった
認めるのが怖かった・・・
だってその不幸が私を支えていたから
それにしがみ付くしかなかったんです
だって何も知らなかったから・・・
相手の行動が自分を不幸にも幸せにもしていると思いこんでいたから
私を不幸にしているのは相手だと思いたかったから
誰かのせいにすることで
しょうがないのだとあきらめたり
壊れそうな自分の気持ちを人のせいにして守ろうと
自分で支えていたつもりだった・・・
あの時はあれが精一杯だったんです
しんどい自分ばかりを見て、自分は不幸だと暗示をかけて
不幸を演じていたのかもしれない
本当は不幸を手放すのが怖かった
自分で幸せになる事に責任を持たないといけなかったから
不幸でいることが「私、不幸だから何とかして」と
相手へアピールしていることなんだと
でもそのアピールは、相手に何も与えないし
相手は逃げて、避けていくばかりだと・・・
それは子育てでも同じですよね
親が関わってくると、親のせいにできる
自分の責任ではないと・・・
私、子供と同じことをしていたな・・・
自分で幸せになる事に責任をもとう!!
そして今、声を出してゲラゲラと笑えるのは
私幸せだよぉ~と思えているから
自分で幸せになる事に向きあっっているからかな
あなたもあなたの幸せに向き合いませんか