*あくまでも個人の体験に基づいた感想です。
*本稿は、2023年12月に書いた限定記事を再編集したものです。



週刊ダイヤモンド2023年12月9日号で、理系教育の特集をやっていました。

前半は「まあ、いつもの週刊ダイヤモンド」で、どうでもいいデータやランキングなどがグダグダ書かれています。個人的には、学業にコスパとかレバレッジを持ちだす人間はあまり好きではなくて、「そんなことを気にしているから中途半端なことしかできんのよ」と思って見ています。

特集の後半(p58-61)に、理工系のいわゆる「学歴ロンダリング」の方法が書いてあります。書かれている内容は、よく取材をしているな、と自分は思いました。学歴ロンダリングを実施する為の、結構具体的な方法論が述べられています。
週刊ダイヤモンドの記事では学歴ロンダリングを肯定的に書いていますが、自分は肯定しません。もし「大学院から東大・京大に行く」とかぬかす中高生がいたら、ひっぱたいてでも「大学から」入学できるように勉強しろ、と言ってやるべきだと自分は思います。その理由となっている、自分の見聞した「実態」を書いておこうと思います。

「学歴ロンダリング」という言葉をご存知ない方は、下記リンク先をご参照ください。



自分はこれまで、「学歴ロンダリング」と揶揄されても仕方のない人間を少なからず見てきました。
20世紀の世紀末に、大学院重点化で定員が大学院>大学になってしまった理系学部が多く、特に内部生(大学学部生)があまり進学しない、または学部組織を持たない大学院の研究科の入学試験(院試)は、完全にザルになっています。この為、その大学の入学試験では決して合格できない学力の他大学卒業(予定)の学生でも、大学院から極めて簡単に入学することができます。

他大学出身の学生(外部生)の院試の成績が内部生より悪いのは「仕様」としても、大学院入学後、ろくに学校に来ない、研究活動をやらない、それでも指導教授の温情と研究室スタッフの献身で「修士論文」の体裁を整えてもらい、「〇〇大修士卒」の肩書で社会に出ていく学生もいます。もちろん、ちゃんと研究活動に勤しむ学生の方が多数派であることは明記しておきます。

彼ら・彼女らを見ていて、「学歴」だけで人を採用したらいけないと自分は思うのですが、採用する側にも切実な問題があります。
大企業の新卒採用だと、東大・京大、その他旧帝大、神戸大や東工大、のように大学をランク分けして、それぞれ〇人以上採用しましょう、という目標が掲げられていたりします。

この時に重要なのは「卒業した大学・大学院」であり、大学院に至る経歴はあまり問いません。ここに、実力・実績はともかく「〇〇大の大学院に在籍中」の学生と、「〇〇大から〇人採用した」という新卒採用実績が欲しい採用担当者の利害が一致し、「理系人材として入社後にどうなっても知らんぞ」レベルの学生でも、名前の知れた大企業に採用されることになります。
採用した側は、入社後に問題になっても「〇〇大卒だから採用した」と言い訳ができるし、新卒定着率が良くない昨今では、そこまで問題にならないのかもしれません。

結論1
学歴ロンダリングは、大企業への就職(新卒)には有効である



「学歴」の持つ「実利」だけを求めて、学歴ロンダリングをする人間は以上のような利益があるのでハッピーだと思います。しかし、学歴ロンダリングの目的に「学歴に対するコンプレックスの解消」があると、それでOKとはならないのが面倒なところです。

世の中には「大学に入るまでより、大学に入ってからの勉強が重要」ということを言う人がいます。言っていることは間違っていないと思うのですが、大学に入ってからの勉強量は、大学に入るまでの勉強量と正の相関があります。難易度の高い大学ほど、入学してから周りの学生のレベルが高いので、多くの学生は周囲の学生に負けないように勉強します。特に、東大生は進振り(入学後1年半の成績の良い順に、3年以降の学部・学科を選べる制度)があるので、日本の大学生の中で最も勉強しているのではないか、と思います。

そこに他大学から入ってきた外部生は、ずっと大学の中で揉まれてきた内部生と、いきなり同じ土俵に乗せられます。外部生は出身大学ではそれなりに勉強してきたと推定されますが、ロンダリング先の大学院で、内部生と「才能」と「努力」のレベルが違うことを思い知らされ、更にコンプレックスをこじらせる面倒な人も出てきます。

その後の人生でも、実力が足りないのを自覚しているのに「〇〇大卒」という肩書が付いてきて、社会人になって実務能力が足りないと容赦なく「学歴ロンダリング」と陰口を叩かれます。(さすがに本人に直接言う社会人はいないですよ)

また、転職の際、第二新卒でない、中堅以上の経験者採用であっても、入学した大学と卒業した大学院が違う理由は、面接で聞かれます。場合によっては、書類審査で落ちます。経験者採用でも「大学入学歴」を問うのは何故でしょうね?と、転職業界の人に聞いたことがありますが、こういう答えが返ってきました。

・チームで仕事をする場合、周りに比べて頭を使うレベルが低い(地頭で劣る)人間がいると、チームの足を引っ張ることになる。
・地頭の評価方法として、大学(大学院)の卒業歴は役に立たないが、大学の入学歴はそこそこあてになる。

新卒に比べて中途採用は「外れ」を引いた時のダメージが大きいので、実務能力が必要な会社だと、こういう考えになるようです(新卒の外れは、いろんな部門をたらい回しにすることで、被害を組織全体に広く薄く頒布することが可能)学歴ロンダリングの従業員を雇ってみて、その経験から組織が学習した成果とも言えるかもしれません。「学歴ロンダリング」は、生涯に渡って「入学した大学と卒業した大学院が違うこと」を、オフィシャルに問われる覚悟が必要です。

結論2
学歴ロンダリングで「実力の差、地頭の差」がなくなるわけではなく、コンプレックスの解消にならない場合がある。


上記は、大学院に限った「学歴ロンダリング」の話ですが、もうかれこれ20年以上言われている話です。
昨今、私立大学は言うまでもなく、国公立大学も大学入試で「非学力入試」を拡充してきたので、大卒(学部卒)の経歴でも、中途採用での学歴ロンダリング同様に厳しく「学歴の内実」を見られている可能性もあります。そうしたくなるくらい、非学力入試で大学に入学した学生には、学歴(学校歴)と実務能力の乖離が激しい人間が混じっています。

見方を変えれば、「学歴なんて意味がない」と叫んでいた人たちの理想社会に近づいているとも言えます。でもその代わりに到来するのは、能力の低さを学歴でごまかせない「地頭と実力が問われる社会」です。
未来がある学生にアドバイスするとすれば「社会で通用する学力・情報処理能力・実行能力を鍛えましょう」と言うのが、大人のすべきことだと自分は思います。大学入試で安易に内部進学、総合選抜、推薦入試など非学力入試を勧めるのは、学生をスポイルして後々当人が困ることに繋がる、と考えます。